第7話 彼女と彼氏と彼女の親友。
「アッハッハ!さ、さすが村上!」
スピーカーでもないのに、スマホを耳から離しても、はっきり聴こえる快活な声の持ち主は、
ー柴原真央。
私の中学からの親友だ。
あのバスケ部バカップルの片割れでもある。
あの修学旅行の騒ぎの後、みんなの前で、
「なんで村上?つきあうなら絶対に、俺だろ!?」
って、私につめよってきた赤木くんを、文字通り足蹴りにした真央は、
「あんたより、何百倍も村上の方がマシよ!」
と啖呵切って、私に謝りながらも失恋に声を上げて、私の腕の中でわんわん泣いていた。
私にとっては、数少ない親友だ。
そして、事務所をのぞけば、私と春馬くんの関係を知っている唯一の存在。
「で、村上が外泊するのは、阻止できたんでしょ?」
やっと、笑うのを真央がやめて会話にもどる。
「うん。知らない場所にひとりじゃ怖いし、春馬くんと一緒にいたいって、はっきり言ったよ」
「ほー、明日菜にしては、頑張ったじゃない?でも私にこうやって、電話かけてるってことは、近くに村上いないの?」
「うん。ベッドしかないからって、ホームセンターに、寝袋を買いに行った」
「ーはっ?布団じゃなく寝袋?って言うか、明日菜はOKしたの?」
「だって、私からなんて、誘えないよ」
私の頬が熱をもつ。
「この拗らせカップルが!今時、中学生の方が進んどるわ」
呆れたように、真央がため息をつく。
「まあ、あんた達の場合しかたないか。最後にあったのは、うちらは、まだ二十歳だった成人式でしょ?あの時だって、事務所からマネージャーさんがついてきて、明日菜は成人式終わったら、すぐに東京戻っちゃったもんね。私はその後、何回か東京遊びに行くついでに、明日菜と会えたけどさ。村上とは、あれから2年なわけだし。そりゃあ、距離感わからなくなるわよね」
しんみりと真央が言った。
「キスは、したんだよね?」
いきなり、確認してくる。
「うん。上京前に、演技でファーストキスするのが嫌だったから」
ちょうど、野球部の部室をひとりで掃除していた春馬くんを捕まえて、私から触れ合うだけのキスをした。
春馬くんは、思いっきり顔に?マークを浮かべていたけど。
ーまさかキスを知らなかったなんて。
今時、幼稚園児でもしてるよ?
いや、違うか。
春馬くんの場合、キスを自分が体験するとは、思ってなかったんだっけ?
「村上って、ノーマルだよね?大学も共学だし。明日菜と付き合いだしてからは、よく女子とも話してたし、それなりにモテてたし」
「えっ?」
「えっ?」
私と真央の間に、数秒の沈黙が落ちる。
一瞬、ツッコミを身構えた私は、悪くないと思う。
「あれ?明日菜に言ってなかった?高校では、生徒会長に気に入られて、いろいろ雑用に駆り出されてたこてと?」
「それは、本人からもきいてたけど」
「あいつ優しくて、気遣いうまいし、その見返りは求めないじゃない?けっこう、さりげなく、男女関係なく、人を助けるわけよ。おまけに成績よくて、運動神経も悪くなくて、坊主頭じゃなくなって、髪型かえたらカッコよくなったし。まあ、高校、大学とモテてたよね」
「はじめて、きいたんだけど。じゃあ、告白とかされたのかな?」
「バレンタインのチョコは、みんな義理だと思ってたみたいだし、告白もただの好意としか受けとんなかったし、まあ、言っちゃ悪いけど、村上だしね。悪気なくふってたよね。有名だったわ。N高のラブコメ主人公って」
あはは!うけるわ。
なんて真央は、また爆笑してるけど、私は、まったく笑えない。
中2で上京した私は、高校、大学での春馬くんを知らない。
春馬くんは、なにかに夢中になると、しばらく連絡がつかないから、真央経由で色々と情報が入ってきていた。
真央は、春馬くんと同じ高校、大学と進んだから。
なんなら、就職先も。
配属先まで同じなのは、私より春馬くんの恋人に、近いんじゃないだろうか?
「ーなんか、明日菜、また誤解してない?」
「ーしてないとは、いえないかも」
「あのねー、私は村上のことは、なんとも思ってないから。思ってたら、明日菜のいないうちに、とっくに色仕掛けで落としてるよ。私、経験者だし」
「むー!」
「あはは。いいんじゃない?22歳になっても未経験だなんて。清純派女優の鏡じゃん」
「だって、春馬くん以外は、考えられないんだもん」
「村上よりいい男ばっかりなのにね。まあ、あんたらお似合いだわ」
けらけら笑いながら、真央は最後に、頑張れと言って電話を切った。
そりゃあ、私だって、頑張りたい。
でも、こういうのって、私だけが、がんばることなのかなあ?
がんばって、すること、なんだろうか?
まだ開けてない段ボールをみる。
あの中には、明るい家族○画をうたうコンビニでも買えるモノが3箱入ってる。
私の滞在期間にもよるけど、どれくらい必要かわからなかったからだ。
ネットで買ったし。
果たしてアレの出番は、今日あるんだろうか?
そっと、唇にふれてみる、
春馬くんの手入れをしていない、かさついた唇の感触と、触れ合った時のドキドキが胸をみたす。
たぶん、私はもう、春馬くんとキスした数より、他の人とした回数の方が多いし、演技だからこそ、触れ合う時間も多くなる。
とくにラブストーリーなら、疑似恋心だって湧くことも、たぶん、よくある。
事実、私は共演者に、告白されたこともある。
それもひとりやふたりじゃない。
同じ世界で、すぐに会える距離にいる人前たち。
日本中の人気者の彼等。
なのに、私の心は、中2の修学旅行から、春馬くんに囚われたまま。
これは、本当に恋なんだろうか?
最近、考えてしまった悩みは、さっきの軽いキスであっさり解決した。
やっぱり春馬くんが、私は、いい。
ちょっと、疲れるけど、
ー彼が、いい。
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