第8話

長男の嫁と、次男の嫁。


それは、夫が兄弟同士というだけで本来は同じ『嫁』という立場の関係。

私は、無条件に仲良くやっていけるものだと思い込んでいた。


…が、しかし。


義兄と結婚し、『義兄嫁』となった義兄嫁はそんな関係を崩し始めたのだ。

義母を手玉に取りながら…。



私が出産し、退院したその足で生まれたばかりの長男を連れて義実家に行った時に義兄嫁も来てくれた。

しかし、義両親や夫の兄弟たちが長男を囲む中、ただ一人義兄嫁だけは長男の顔を一目のぞき見ることすらなかった。

普通の感覚ならばこんな些細なことにいちいち気がつかないだろうが、当初から義兄嫁に良く思われていないことを察していた私にはひしひしと伝わってくるものがあったのだ。

これがもし、義妹の子供となると甲高い声を上げながら喜んでいたに違いないだろう。(事実、義妹がのちに出産した時はそうだった)


無機質な態度で出産祝いのベビー服を手渡され、私はお礼を言った。

この時は、義兄嫁に対して嫌な感情なんてなかった。

ただ、嫁同士という立場で打ち解けて仲良くしてもらえないことが…寂しかったのだ。


義兄嫁は、まさに義母の言いなりの『年中いい嫁キャンペーン中』。

私には真似できないぐらいに、義兄嫁は義母に取り入るのが抜群に上手かった。

『どうすれば気に入ってもらえるのか』という方法を心得ているのだ。

私とは真逆の、世渡り上手でしたたかな人。

とにかく私が義実家を訪ねた日には、必ず義兄嫁が台所に立って家事をしている。

そして、私の方から話しかけないと会話も生まれない。

私は次第に居心地の悪さを見過ごせなくなっていった。


そんな義兄嫁もすぐに第一子を妊娠した。


そして、義兄嫁は妊娠中に着る服や食べる物などもすべて義母からの言いつけに従い、出産した病院も義母が5人の子供を産んだ病院と同じ病院だった。

出産後も赤ちゃんをミルクで育てながら義母に預けっぱなしにし、子育てに関しても何もかも義母の言いなりだったのだ。

もちろん、そのすべては悪いことではない。

単純に『いきすぎている』のだ。



「この子はお義母さんに育ててもらってるようなもんですから〜」と、義兄嫁は笑っていた。


──私は、ここまで義母の言いなりにはなれなかった。


アドバイスはありがたく受け取って参考にできても、結局大事なことを決めるのは自分の意思だ。


そんな信念みたいなものをどうしても曲げられなかった私の行動は、徐々に義両親の顔を曇らせていった。

義母も次第に、何でも自分の思い通りに動いてくれる義兄嫁とそうではない私に対しての扱いの差が浮き彫りになっていった。

そしてそんな顕著な扱いの差は、私だけではなく子供たちにまで表れていく。


「お義母さんはいつも、うちの子が一番ですもんねー!」


私の目の前で言い放つ義兄嫁のそんな言葉も、あながち間違いではなかった。

そして、それは私が義両親の言うことを聞けずに自分の意思を優先させた結果でもあるのだ。


(本当は何もかも私が招いたことなんじゃないのか?)


そんな思いとずっと長い間、葛藤していたような気がする。


そしてある日、義兄嫁の口から唐突にこんなことを聞かれた。


「サエちゃん、こないだ家に寄ってくれたお義父さんとお義母さんをないがしろにしたんだって?」


一瞬なんのことかわからなかったが、すぐにピンときた。

一週間ほど前の夕方5時頃。

偶然私の友人が自宅に遊びに来ていた時にアポ無しで義両親がやって来たのだ。

義実家にした私の忘れ物をわざわざ届けに、近くに来ていたついでに寄ったとのことだった。

しかし、ちょうど仕事中の夫から『今から帰る』と連絡があった後だったので、インターホンが鳴った時に料理中だった私は夫だと思い込み、夫とも仲が良い友人に玄関先に出てもらってしまったのだ。

それが夫ではなく義両親だと気づいてからすぐ玄関に出て、無礼を謝罪した。

少し話してから、義両親はそそくさと帰って行った。

そのことを後日、義母に改めてお詫びしたのだった。


なぜそのことを義兄嫁が知っているのか。

それは聞かずともご丁寧に本人の口から教えてもらえた。


「お義母さん、怒ってたよ?『あんな時間まで友達と遊んで、敦(夫)のご飯の用意も何もしてない』って。それと、『義両親が訪ねてきたっていうのに、普通は友達を帰らせて義両親を中に入れるのが常識』だって。私ならそうするけどなぁ」


なぜアポ無しで突然やって来るような人たちを優先しなければいけないのか、私にはわからなかった。

緊急事態というなら話は別だけれども。

事前に『夕方お邪魔したいんだけど』っていう連絡一つさえくれていたら、こちらもどうにか対応できたものを。

そして、アポ無し訪問なんてできてしまう自分たちは果たして常識的なのかと訊いてみたい。

しかも、なぜ私がご飯の用意も何もしていないということになっていたのかも謎だ。

どちらにせよ、義兄嫁の口からそんな話を聞かされた私は心底気分が悪かった。


『義母と義兄嫁の間で私の悪口を言っている』


そんな疑いは、義実家に寄り付くことすら拒絶感でいっぱいにしていった。

それでも呼び出しがあれば断ることもできず、長男を連れて義実家を訪ねるうちに居心地の悪さとストレスは溜まっていく一方だった。


そして、一番辛かったのは子育てについていろいろ口出しされ始めたことだ。


まだ1才にもなっていないよちよち歩きの長男に断乳させろと言った義両親。

そもそも、『預かってあげるからミルク育児にしたらどう?』なんて言われていたが、私は母乳が出過ぎていてミルクは必要なかった。


おそらく、その時点で義両親は気に食わなかったのだろう。

私は正直迷った。

母乳育児を優先させてもらったわけだし、一つの子育て方針として義両親の意見を尊重し、その通りにすべきなのか。

しかし、離乳食もしっかり食べながらまだまだ母乳を必要としている長男に無理やり辞めさせることなんて、私にはできなかったのだ。


(卒乳のタイミングなんて義両親じゃなくて、子供とその母親が決めるものなんじゃないの?)


やんわりと断ってもしつこく断乳を勧められるたびに、沸々とストレスが湧き上がっていった。


そして、そんな断乳が原因で私は夫と激しい夫婦喧嘩に発展してしまったのだ。


『1才までに断乳しないと体がフニャフニャになる』

そんな訳のわからない迷信を義両親から聞かされていた夫は、5人も子育て経験のある義母の意見に賛成したのだ。

さすがに夫にまで断乳を勧められた私は、渋々ながらも一旦従うことにした。

しかし、そんな不本意な行動はただただストレスを蓄積していくだけだった。

夜中に何度も母乳を求めて泣き喚く長男を抱っこして寝かしつけ、やっと泣き止んで布団に降ろそうとすればまた泣き喚く。

オッパイはパンパンに痛いほど張っているのに、それを欲しがって泣き続ける子供に与えることもできずに搾乳して捨てる日々。

しばらくそんな日々が続き、精神的にも体力的にも限界だった私は耐えきれずに夜中に授乳をした。

すると、隣で寝ていた夫がそれを見て怒りだしたのだ。


「おい、断乳しろって言われてるだろ?!何してるんだ!」


夫によって私から引き剥がされた長男が泣き喚く中、私の中でプツンと何かが切れた。


「何が断乳やねん……揃いも揃って断乳断乳って、この子を生んで育ててんのは私やろ?!だいたいあんただって一回も夜泣きの対応すらしたこともないくせに、一体どこにそんなこと強制できる権利があんねん!!ふざけんなぁぁぁぁあ!!!」


一度噴火した怒りは、一番気を許せる夫にすべてぶち撒けられた。


「でも、5人も子育てしてきた俺の親がそう言ってるんだよ!!」


「知らんわそんなん!!嫁やからってそこまで義両親の言う通りにせなあかん理由なんかないわ!!義兄嫁ちゃんはそうでも、私は違うねん!!もうほっといてよ!!どいつもこいつももう黙っとけ!!性悪のメスダヌキどもがぁぁぁぁ!!!」


…みたいなことを叫んだと思う。


普段あまり怒らない私の変わりようを目の当たりにした夫は、ただ目を丸くして呆然としていた。

夫に怒鳴り散らしたのはこの時が初めてだった。

いろいろなストレスが積み重なった果ての大爆発。

私は改めて自分の性格を思い知ることとなった。

ひたすら無意識に溜めて溜めて、それが限界を突破した瞬間に大爆発を起こしてしまう、面倒くさい性格。

しかし、それを機に夫は断乳について何も言わなくなり、義実家に私を連れて行くことも減っていった。

そして長男が1才半になる前に、私は無理なく卒乳させてやることができたのだ。



「〇〇くん(私の長男)みたいに体がフニャフニャになっちゃいけないから、〇〇ちゃん(義兄嫁の長女)は1才までに早くミルク辞めましょうねー!」



義母が義兄嫁のそばで言ったそのセリフを私は最後に、義実家への希望を捨てた───。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る