結婚、そして子育て
第6話
それから数ヶ月後、私は妊娠6ヶ月の体をなんとかウェディングドレスに詰め込んで結婚式を挙げた。
太らないように気をつけていたし、まだそこまでお腹が出ているわけでもなかったので、当初から希望していたドレスを無理なく着られて嬉しかった。
お金に余裕があったわけじゃなかったけど、日々の節約と義両親からの援助のおかげでなんとか結婚式という一つの夢を叶えることができた。
正直なところ、私は真奈美を招待することに躊躇った。
来て欲しくないからじゃなくて、なんとなく…呼んでもいいのか不安だったのだ。
真奈美があんなふうに悪態をついてマウントを取ってきた理由にも私は気づいていたから。
それは、おそらく嫉妬。
多分、自分よりも先に私が結婚するとは思いもしなかったんだろう。
優柔不断な性格で特に立派な職に就いているわけでもなく、『流されやすくて遊ばれやすい』と見下していた私が、どう考えても総合的に自分よりも劣っているはずの私が先に結婚したうえに母親になる。
そんな現実は、真奈美のプライドが許さなかったのだろう。
そこまで悟っていた以上、挙式当日も私は真奈美が気になって仕方なかった。
真奈美がどんな気持ちで参列してくれたのか、どんな気持ちで私のドレス姿を見ているのか…どうしても気がかりだったのだ。
そんな中、神父の前で夫と誓いの言葉を交わし合い、指輪交換をし、誓いのキスをしてから参列席に向き直ると一斉に拍手が上がる。
友達が私に向かって祝福の声を上げてくれた。
「サエちゃん、おめでとう!!」
ムズムズするような照れ臭さと、人生で一番幸せな瞬間…
私は、衝撃的な光景を目の当たりにする。
──あの真奈美が、ボロボロと涙を流して泣いているのだ。
周りの友達が笑顔でいる中、ただ一人。
それは、悔しくて歯を食いしばって泣いている姿なんかじゃない。
もっともっと、深くて濃い複雑な…。
「こういうのって私、すぐ泣いちゃうんだよね」
挙式後にそう言った真奈美。
私は忘れていた。
真奈美は元々、何も冷酷非道な子なんかじゃなかったことを。
むしろ感受性が豊かで、映画やドラマを見て感動するとつい涙が溢れてしまう、そんな子。
真奈美の涙を見た私は、改めて真奈美に告げた。
「真奈美、私の結婚式に来てくれてありがとう」
これでいいんだ。
もう疑ったり、酷い子だと嫌悪したりしたくない。
真奈美だって完璧な人間じゃないんだ、複雑な感情をうまく処理できない時だってあるだろう。
もしかしたら私が先に結婚して、友人として単純に寂しい思いからあんな言葉が出てきてしまったのかもしれないし。
私はそう思い直したのだ──。
──そして、月日は流れて私は第一子の長男を出産した。
41週を過ぎて病院で陣痛促進剤を打っても陣痛が来ず、子宮口も広がらないうえに胎児心拍が下がったので緊急帝王切開となった。
普通に分娩することを当然のように思っていただけに、帝王切開というまさかの事態に正直ショックを受けた。
そして、生まれて初めての外科手術はまさに恐怖の連続。
麻酔が効いていてもお腹の皮や筋肉、子宮などを切られている感触はあるのだ。
恐怖のあまり手術中に脈拍が上がり、鎮静剤みたいなものを打たれた。
それでも、元気に産ぶ声を上げる我が子と対面した瞬間には何もかも吹き飛んでしまったのだ。
手術台の上の無影灯の光に照らされ、眩しそうに目を細めて顔を梅干しのようにクシャクシャにしながら全身で泣く我が子。
『どんな形でも出産は出産。無事に生まれてきてくれてありがとう』
私はそう自信を持って母親になったのだ。
産後はひたすら激痛との闘いだった。
下半身の麻酔が完全に切れていない体は自由に動かず、中途半端に麻酔が切れ始めた頃に襲ってくるお腹の傷の痛みと後陣痛の痛み。
そして、その痛みを逃がすための寝返りすら打てない。
くしゃみや咳なんてしようものなら悶絶だ。
そして術後の翌朝、ドロドロの流動食をやっと口にできた後に即刻歩かされる。
翌朝から歩き始めることで、早めの傷の回復が望めるのだ。
尿道カテーテルを抜かれてから自分で歩いてトイレに行き、排尿できたら邪魔な点滴も外してもらえる。
ちなみに汚い話になってしまうけれど、お腹の傷の痛みのせいでウンチはきばれない。
便を柔らかくする薬を飲んで、きばらずに出すものを出すのだ。
徐々に歩けるようになるが、前屈みでゆっくりしか歩けない。
まるで腰の曲がったお年寄りそのものだ。
そんな中、有無を言わさず始まる授乳。
まだ張ってもいなくて母乳も出ないうちから赤ちゃんに頻回に授乳し、乳腺開通と母乳分泌を促すための助産師さんによる激痛マッサージが始まる。
「痛い痛い痛い!!」
傷の痛みと、乳首の痛みと、それによる急激な子宮収縮の激痛のWパンチに授乳クッションを掴みながら地団駄を踏む。
まさに、鬼畜の所業だ。
そして帝王切開での産後で痛み以外に辛いのは、医師の許可がおりるまでシャワーも浴びれないことだ。
自分の体臭により、女に生まれたことを忘れそうになる。
ホットタオルで清拭はさせてもらえても、根本的な汚れまでは落とせない。
数日ぶりにやっと髪を洗えた時は、そのあまりもの気持ち良さにシャワー室で雄叫びを上げた。
人間にとってお風呂がいかに神がかり的に必要不可欠な存在なのかが身に染みてわかる。
それらを乗り越えて回復し、母乳も出始めて赤ちゃんのお世話ができるようになってやっと一安心できるのだ。
退院し、帰宅してから初めての子育てが始まった。
夫は激務だったので、家事をしながらの慣れない子育てもワンオペ状態だった。
私の分まで外で働いてくれているのだから、致し方ない。
それでも、子供が3人いる現在と比べてみたら随分ゆったりと子育てできていたと思える。
そうして4ヶ月ほどが過ぎ、長男も生後4ヶ月となった頃…
ある日の夕方6時頃、真奈美から突然電話がかかってきた。
「子育てどう?頑張ってる?赤ちゃん産まれてからすぐに会いに行けなくてごめんね!突然なんだけど、今から少しだけ赤ちゃん見に行ってもいい?」
本当に突然だったけれど、特に断る理由もなかったので私はまた、快く承諾した。
そう、また微妙な気持ちになってしまうなんてことはもうないだろうと信じて───。
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