第3話

私は、好きな人ができると一直線になってしまうタイプだ。

もちろん、彼氏がいるのに浮気をしたことなんて一度もない。

悲しいことに、逆に浮気されてしまうことはあったけど。

でも、親友の真奈美は違っていた。

彼氏がいても他の男の人と関係を持つこともあったし、そもそも初めから自分で『遊び』だと称して誰かと付き合っていたこともある。

そんな話を誇らしげに語る彼女を何度も目にしてきたのだ。

そして、そんな真奈美の『遊び人アピール』は時と場合を選ばなくなっていった。

好きな人ができた私は、ある日、その彼を含めた飲み会の場に真奈美を呼んだ。

『呼んだ』と書いたが、当時彼氏がいた真奈美に飲み会の話をしたところ、真奈美が「私も行きたい、サエの好きな人がどんな人なのか見たい」と言い出した結果のことだった。

そして、まったくの初対面である真奈美は、その飲み会の場でも『遊び人アピール』をしてみせた。

「真奈美ちゃん、彼氏いるの?」

男性陣からそう訊かれた真奈美は、私の隣で一人話し続ける。

「うん、でも彼氏年下だし、私はただの遊びで付き合ってるだけだから」

やめてよ、すぐ目の前に私の好きな人が座ってるのに。

こんなこと思ったら悪いけど、私まで遊び人だと思われかねない。

そんな焦りは、真奈美の次の言葉によってまったく別の意味の嫌な思いへと変わる。

「サエは私と違って、一途で純粋だもんね」

ここまでは褒め言葉として受け取った。

「そのせいで、ちょっと流されやすくて遊ばれやすいけどね」

それは余計だ。

なぜ、わざわざ上げてから落とすのか。

飲み会に真奈美を呼んだことを後悔し始めた頃、すっかりその場は真奈美中心になっていた。

「私って男友達の方が多いから、男の気持ちがよくわかるんだよね!」

そう言って恋愛について盛り上がり始めた酒の席では、とっくに私の好きな人は真奈美の隣の席へと移動し、真奈美のことしか見ていなかった。

私は悪あがきなどするわけもなく、潔く諦めた。

そして、そんな飲み会がやっと終わってお開きになった頃、唐突に真奈美は私に耳打ちをするのだ。

「サエ、あんなの振り向かすのに苦労してるの?私ならあんなの一瞬でオトせる自信あるわ。」

もう落ちてますよ、彼。あなたに。

でも遊び人だと豪語する女の子に惹かれるぐらいの人だったのだから、それに気づかせてくれた彼女にむしろ感謝すべきか。

果たして、この状況が真奈美が意図したものだったのか、まったくそんなつもりはなかったのか。

単に私に意気地がなくて無様に持ってかれただけの話なのか。

でも、こうして今でも記憶に残っているということは、少なくとも彼女という人物を語るうえで必要なエピソードとなっている証なのかもしれない。

当時はマウントなんて言葉すら知らなかった私は、真奈美に翻弄されるがままだった。


男の人の前だとより一層私よりも上に立とうとする真奈美の言動は、尚も留まることを知らずにエスカレートの一途いっとを辿る。

その頃、祐樹ゆうきという彼氏がいた私は、しょっちゅう彼の家に泊まっていた。

祐樹の見た目はぶっちゃけイケメンだった。

私のような優柔不断でだらしない女と真剣に付き合ってくれてただけで実にありがたい話だ。

その祐樹の家に泊まるつもりでいたある日、真奈美から電話が掛かってきた。

「ねえ、今夜クラブ行かない?どうしても行きたいイベントがあるの!」

(最近、真奈美となかなか会えてないし、行こうかな)

私は快くOKの返事をし、その夜祐樹に待ち合わせ場所まで送ってもらうことにした。

その道中、車の中で今度は母からの電話。

嫌な予感がしつつ出てみると、やはり母は怒り狂っていた。

「あんた!今日も彼氏の家泊まるつもり?!いい加減にしなさい!!今日という今日は帰ってきなさい!!でないと、お母さんあんたの彼氏の家突き止めて乗り込むわよ!!」

何度か謝って説得を試みたが母の怒りはおさまらず、観念した私は帰宅を余儀なくされた。

問題は真奈美との約束だ。

母と電話をしているうちに、待ち合わせ場所に着いてしまったのだ。

ドタキャンほど迷惑なものはない。

でも、きちんと事情を話して謝ればわかってもらえるだろう。

そう信じて私は真奈美が来るのを待った。

まもなく現れた真奈美は、私が座る助手席を窓の外から覗き込んだ。

とりあえず窓を開けた時に、運転席の祐樹が真奈美に向かって挨拶をした。

「あ、どうもこんばんは!」

それに対して真奈美はまともな返事をしなかった。

「真奈美…ごめん、実は…」

顔を合わせてすぐに私は状況を説明し、もちろん謝罪した。

この埋め合わせも必ずするから、と。

すると、真奈美から返ってきたものは予想を上回るどころか…常軌を逸したものだったのだ。

「あんた…何言ってんの?」

明らかにいつもと違う口調は、怒涛のごとく私を責め始めた。

「男の家に泊まってばっかで、お母さんが怒ってるから帰らなくちゃーって…ふざけてんの?」

とりあえず、今回のことはドタキャンをした私が悪いので謝る以外にない。

「本当にごめん、悪いと思ってるよ。でも、お母さんが…」

そんな私の弁解を聞く耳すら持たない真奈美は、巻き舌で声を荒げ始めた。

「こっちはそのつもりで段取りだって組んでんのに、そんなバカみたいな理由でドタキャンされたらたまったもんじゃねぇよ!!」

何が起きているのかわからなかった。

口調も、声も、目つきも、明らかに普通じゃないのだ。

確かに迷惑をかけてしまったのは私だが、その怒り狂いっぷりには返す言葉すら失ってしまうのだった。

そして、そんなやり取りを運転席の方から見ていただけの祐樹が咄嗟に仲裁に入ってきた。

「あ、あの…サエも謝ってることだし、何もそこまで目クジラ立てて怒らなくてもいいんじゃない?」

そんな部外者の一言は、真奈美によって無惨に斬り捨てられる。

「…は?あんたには関係ないだろ?」

それ以上、祐樹は口を挟むことをやめた。

そして、ここで出てきた真奈美の言葉。

「サエ!私はね、ここまで言ってあげてるんだよ!!どうでもよかったらここまで言ってないし!!わかるよね?!」

そう舌を巻きながら、真奈美は指の骨を車の窓にゴンゴンゴンゴン!と叩きつけた。

まさにドン引きだった。

初対面の人の車にした扱いはもちろん、友人の彼氏の前で暴言を吐きながら怒鳴り散らす姿ももちろん、何より、そのすべてが『私のため』だという真奈美の言い分に。

(この子は一体何を言っているのだろうか)

それが私の率直な疑問だった。

しかし、これこそがフレネミーの特徴なのだ。

真奈美の言動がまったく解せなかった私は、のちに祐樹から言われたことで初めて真奈美という人物を理解し始めた。

年上でそれなりにいろいろな人間を見てきた祐樹の分析によれば、真奈美の人間性はこう表現された。


①私のことを同性として自分より格下だと認識しているため、その私の恋愛が充実していたりするととにかく気に入らない

②私の優しさに甘えてストレスの吐け口にしている

③『あなたのため』だと言って自分の立ち位置を高く置いておき、ただ見下していたいだけ

④私のことはもちろん、その周りを取り巻く人間すらすべて軽視し、見下している

⑤シンプルに性格が悪い


そして最後に言われたのは、「付き合う友達を選んだ方がいい」という言葉だった。

私はここまできて、ようやく認めてしまったのだ。

真奈美から親友としては想ってもらえていなかったことを───。




























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