第4話 来訪者
「貴様の謁見を、禁ずる!」
威厳に満ちた声で獰猛な肉食恐竜、ティラノサウルス・レックスの接近を阻む。
これは【
しかし、我輩にはそれで充分。 魔に精通する者にとって、戦闘中に自由な時間を得ることは勝ちを意味する。
動けないレックスの目の前で指先に集中し、宙に魔法陣を描き始める。
円の中に紋様や詠唱文字を描き込むことで、非常に強力な魔術を行使できる魔法陣は、術者にとって頼りになる必殺技のようなものなのだ。
「暴君の王レックスよ。 貴様をダプトア大森林の頂点として認め、千年世話になった礼も含め相手をしてやろう。 我輩の魔術、とくと味わうがいい。 --貴様の相手は、コイツじゃ!」
そう言って描いた魔法陣を地面に叩きつけ、異界へと繋がる扉をこじ開ける。
魔法陣から姿を現したのは巨大な花。
その名をラフレシア・デレアスモスという。
紫色の巨大な花弁が鮮やかな寄生植物で、コイツにはある特殊能力がある。
デレアスモスは四本の太い蔓を器用に操り、レックスにまとわりついた。
まるでレックスを花で着飾ったような可愛らしい見た目とは裏腹に、大きな花弁から強烈な臭いを放つ花粉をレックスの顔を浴びせ始める。
この臭いには様々な状態異常効果があり、最初は抵抗していたレックスだったが、たちまち大人しくなった。
ちなみに魔法陣の中にいる我輩たちには花粉が届かないよう結界が貼られているので影響はない。
こうして無力化されたレックスは、デレアスモスにゆっくりと養分を吸い取られながら寄生され、死ぬまで操られる。
--勝負は決した。
もう一匹のレックスは、デレアスモスを警戒しているのか近くにはいないようだ。
安全だと判断した我輩は、ローランドに近づき話しかけた。
「これでひとまず安心だ。 立てるか?」
「……はい、僕は大丈夫です。 でもラスさんが……」
座り込んでいるローランドの表情が冴えない。 派手に吹き飛ばされたラスが心配なのだろう。
我輩はローランドの肩に手を置き、優しく語りかける。
「安心するのだローランド。 ラスは精霊だ。 屋敷内でも見たと思うが、現世のやつの肉体は我輩の魔力で構築されておる。 たとえ身体をバラバラにされようと、全身丸焦げにされようと、魔力が霧散するだけで本体に影響はない。 そろそろ愚痴のひとつでもいいに戻って来るのではないか?」
などと、冗談をいったつもりだったが、本当に愚痴が聞こえてきた。
「いくら大丈夫だといわれても、バラバラにされたくないですし、丸焦げなんてまっぴらです」
淡々とした口調で茂みの奥から出てきたのは、もちろんラスだ。
ラスの愚痴に聞いて安堵したローランドだったが、その姿を見て「うわぁぁぁ !! 」と大きな悲鳴をあげた。 隣にいた我輩もつられて悲鳴をあげてしまう。
どうしたのかと思い、ラスの姿を見ると原因は一目瞭然だった。
ラスの左横腹と右頭部が無くなっていたからだ。
削り取られたような姿が滑稽に見えるのだが、慣れない者が目にすれば驚くのも無理はない。
よくよく観察するとラスを構築する魔力にはまだ余裕がある。 欠損した身体を元に戻すことが出来る筈なのに、戻さないのはローランドを驚かせるためだろう。
ラスの目論見に気がついたローランドが、半泣きでラスをポコポコ殴りだした。
「驚かせないで下さいよ! 心配したんですからね」
「ハッハッハ。 これは私のねじ曲がった性癖みたいなモノです。 これから長い旅路を共にするのですから、適応出来ないとベリル様のように私の玩具にされますよ?」
「貴様……我輩を玩具にしていたのか……そこになおれ! もう一度、可愛らしい小動物に姿を戻してやる」
まったく、すぐ悪ふざけに興じるな
突然、ダプトア大森林内に強大な魔力を持つなにかが出現したのだ。
その魔力量は我輩に匹敵し、魔力の内側から強烈な思念を感じる。 粘り着くような気味の悪い魔力にますます怖気が走る。
その方向へ振り返ると、信じられないものが目に入った。
--我輩の目に映ったのは、巨大な火球だ。
轟々と唸り声をあげ、こちらに向かってくる。
瞬間的にあらゆる対応策を考えるが、どれも時間が足りない。 一か八かで障壁を出現させようと、両手を素早く動かし魔術を発動させようとしたら、その腕を何者かに掴まれ取り消されてしまった。
火球は近くにいるデレアスモスの花弁に直撃し、大爆発を引き起こした。
続けて凄まじい衝撃と熱風が飛んでくる。
一瞬死を覚悟したが、我輩たちを庇うように障壁を展開された。 術者はラスだ。
ぶつかり合う衝撃と障壁の合間を縫って熱風が襲いかかってくる。
熱さを感じ顔を手で覆ったものの、大したダメージはない。 だが、異常な大気の震えと視界いっぱいに広がる爆炎を見て、火球の凄まじい威力を目の当たりにする。
しかし不安はなかった。 なぜなら、ラスが守ってくれているからだ。
我輩の腕を掴み魔術を取り消したのは、自分の役目だと判断したからだろう。 普段は不真面目だが、こういう時のラスは頼りになる。
それに我輩には、このあとやらなければならないことがある。 そう……この借りを返さなければならならない。
……しばらくして大森林に沈黙が訪れた。
焼き焦げた木々の匂いと異臭が鼻を刺激し、ボヤけていた意識が戻り始める。
……遠くから誰かに呼ばれている気がする。
耳鳴りがしているためか、最初はよく聞こえなかったが、時間とともに治まり、遠くからではなく、近くにいるラスに話しかけられていることに気がつく。
「大丈夫ですか、ベリル様 」
落ち着いたラスの声に答えようと顔をあげると、我輩の身体は強ばり震えた。
何故なら、ラスの全身が真っ黒く炭化していたからだ。
ラスはこれを予期して、我輩の前に立ったのだ。 そして、ラスが身をもって教えてくれた火球の情報を、しっかりと頭の中に叩き込む。
主人の無事を確認したラスは、いつも通りの軽口で話し始めた。
「いやぁ、参りました。 本当に黒焦げになるとは…… これ、大丈夫ですよね? ちゃんと元のイケメンに戻してくださいよ、ベリル様」
「安心せい。 我輩に不可能はない」
「では、後のことはよろしくお願いします。 誰に喧嘩を売ったか、相手に思い知らせて下さい」
「……当たり前だ。 その身に嫌という程、味あわせてやる」
我輩の強い決意を聞いたラスは、笑顔のまま体が崩壊し子豹へと姿を変える。
我輩の腕の中で寝てしまったのか、寝息が聞こえてくる。
ローランドにラスを渡し、ここで待機するよう伝える。
我輩の心は、千年ぶりに怒りに満ち満ちていた。
たしかにラスは無事だ。
人間の身体は犠牲となったが、また魔力で構築すれば問題はない。
だが、 ローランドを悲しませ、ラスを眠らせるほど疲れさせ、我輩たちの命を狙った相手には教えてやらねばならない……この怒りを。
周囲を確認すると、火球の一撃をまともに食らったデレアスモスとレックスは、バラバラに吹き飛び焼け焦げていた。
この二体を同時に仕留めるほどの威力から見て、相当な術者だということがわかる。
遠くに感じる強大な魔力の主を感知すると、魔術を発動し術者の元へ飛んだ。
怒りの矛先である術者は、堂々とした態度で待ち構えていた。
「ごきげんよう。 ベリル・ウル・ブリリアント・アリエル。 ワタクシの魔術、如何だったかしら? ……あら、たいして傷ついてないじゃない。 つまらないわね」
大森林には似つかわしくない、真っ赤なドレスに身を包み、頭のバランスなど考えていないのか、無駄に大きな巻き髪の女が、ゴミでも見るような目で此方を睨んでいる。
だが、我輩とってそんなことはどうでもよかった。
……何故なら、女の耳が尖っていたからだ。
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