帰郷のレギンレイヴ、誓約のダインスレイヴ~千年ぶりに外へ出たらなぜか世界の敵として認定されました~
木天蓼(またたび)虎徹
第1話 二つ名の英雄
かつて
世界中の国を巻き込んだ戦いは年々激化し、多くの弱国は滅び、勢力争いは熾烈を極めたものだ。
最後に生き残ったのは、六つの大国。
北の極寒地帯を治める竜族の国、ドラグニル。
西の大砂漠と共存する獣人たちのオアシス、セリアンスロープ連邦。
世界最大規模の大渓谷には、天使が降臨した国、ドミニオン
南の海洋には、海の覇権を狙う海賊たちが争う、グラスヘイム連合。
大陸最大領土を支配する軍事大国、ヴァーミリオン帝国。 そして……
我輩の故郷、妖精と精霊の楽園である、
強大な個の強さを持つ竜族や魔法に秀でた妖精族、高い身体能力と再生能力を併せ持つ獣人族などは種族としての強さで生き残り。
劣等種の人間は、高度な文明を軍事利用した帝国、天使によって与えられた聖遺物を力に変えた教環国、強力な海獣を味方にした連合など、別の強さで生き残った国もある。
だが、六大国がなによりも強さを発揮したのが英雄たちの存在だ。
戦争という異常な環境下で生き抜いた兵士たちの中で、新たな能力に目覚めた者が現れだす。
確率は全体の一パーセントに満たないが、目覚めた兵士はどれも信じられない力を手にしていた。
その中で、神に匹敵する力を得た能力者を人々は英雄として担ぎあげ、畏敬の念を込めて二つ名で呼んだ。
最強の種族、竜族の頂点である竜王の一体。
【
厄災の枝と呼ばれる意思を持つ魔剣の一振り。
【
他にも【
ここにも世界に名を轟かせた英雄がいる。
【
その名は--
「チェックメイトです。ベリル様」
「いやアアァァァァアアアァァァァ !!!」
容赦ない詰めの一手に、名前ではなくつい絶叫をあげてしまった!
人が気持ちよく話をしているというのに、このバカ執事は空気も読まずチェックメイトだと ……よかろう、暇を持て余した時間を使い、ありとあらゆるボードゲーム本を読み漁った我輩に死角などないのだ。 くらえ!
「待ったアアァァァァアアアァァァァ !!!」
魂の雄叫びが部屋中に響き渡る。 もちろん椅子の上に乗り、ドヤ顔で手のひらを見せつけアピールするのを忘れない。
これこそ我輩の切り札、前回の手まで時を戻す最強の技『待った』だ。
ふっ、決まった……あまりのショックで、アホ面のまま動かなくなりおった。
今のうちに戦略を練り逆転をねらうのだぁ! ……と頭をフル回転させていた我輩の耳に、失笑を添えて信じられない言葉が投げかけられた。
「ベリル様、残念ですがチェスに待ったはありません。 なんの本をお読みになったか知りませんが、勉強不足のようですね。 という事で、そこに置いてあるキングを蹴散らし、勝利させていただきます。 フッ、これで勝敗は千九百九十勝一敗となりました。 えっと、先ほど自慢気に話していた、なんていってましたか……賢明かつ最強? 常勝無敗の絶世の美女? なにかの聞き間違いですかね~。 まぁ、忘れて差し上げましょう。 何故なら、あの絶品スイーツが私のモノになったのですから! ベリル様は私が食べている前で敗北の味でも噛み締めてくだちゃ~い」
変顔で挑発するバカ執事の後ろには、勝者の報酬、絶品スイーツ『しょーとけーき』が皿に乗っておいてある。
ふわっふわのスポンジと濃厚な生クリームが美しい層を積み重ね、頂上には至高の果実すとろべりーが王冠のようにどっしり腰をおろし、我輩に食べられるのを待っていた。
想像してヨダレの波が何度も、何度も口から溢れ出ようとするのをグッと堪える。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、バカ執事を睨みつけた。
主従関係を結んでいるのを忘れ、我輩に盾突く愚か者の名はハウ・ラス。
長年我輩に仕えるベテラン執事だ。 人間の美青年のような見た目をしているが、歴とした精霊である。
こんのドS執事めぇぇーーーーっ! 我輩の魔力がなければ役立たずなクセに、いい度胸だ。
こうなったら、どんな手を使ってでも『しょーとけーき』を手に入れてやる!
「ラスよ、貴様との隠居生活はもうすぐ千年になる。 それだけ長く仕えていれば分かるはずだ……我輩が欲したモノは、必ず手に入れる妖精だとなぁぁーーっ!」
素早く指で魔法陣を描き術式を展開させる我輩を見て、何が起こるか理解したラスは「卑怯ですよ!」と椅子から立ち上がり抗議しているが、もう遅い。 ご主人様のスイーツを奪おうなどと、不埒な考えを起こすから天罰がくだるのだ。 --ざまぁ。
「
魔術が発動するとラスの身体が眩い光を放ち始める。 これはラスの身体を構築している魔術が魔力に変換され我輩に吸い込まれているのだ。
人間の形を成していた身体は徐々に縮み、体長七十センチほどの小型の動物へと姿を変える。
毛色は淡い黄色と特徴的な梅花状の黒い斑紋が目を引く。短い手足と丸い耳がピクピク動き、「にゃあ~ん」と野太い声をあげる。
この世界において、オセロットと呼ばれる小さな豹がラスの真の姿なのだ。
「あーはっはっはっ! 思い知ったか。ご主人様を敬わぬからこうなるのだ。 しばらくはその姿で反省するがいい」
怒り狂ったラスは、我輩に飛びかかり前足でねこ……じゃなく豹パンチを繰りだしてきた。
だが甘いッ! とっさにラスの胴体を両手でキャッチする。 こうすることで前足の短いラスのパンチは我輩には届かないのだ。
「にゃあにゃあ」喚きながら暴れている姿が何とも愛おしくて可愛い。 人間のときの憎たらしいラスと同一人物なのが不思議でならない。
しばらくすると疲れ果てたのか、ぜぇぜえと息を切らしぐったりしてしまった。
完、全、勝、利! こんな状態ではチェスを続けることなど出来まい。
ということは今回の勝負、我輩の不戦勝ということになる。
これで絶品スイーツは我輩のモノ。 スイーツに合う飲み物はなんだろうか……柑橘系ジュース? 紅茶? ミルク? もう全部用意してしまおうか。
そんな勝利の余韻に浸っていた我輩に向かって、信じられない言葉が飛んできた。
「残念ながらスイーツは僕が頂きますね」
ま、まさかこの声は……。
私はグッタリしたラスをソファに放り投げ、声のする方向へ顔を向ける。
そこには見知った顔の男が、しょーとけーきの目の前に立っていた。
焦りからつい声を張り上げる。
「ま、まてローランド! なぜ貴様がしょーとけーきを食すのだ。それは我輩のモノだ、手を出すでない!」
「なにいってるんですか。 そもそもこのケーキは僕の分なのに、断りもなく賭けの報酬にするなんて酷いです。 百歩譲って一口ぐらいあげても良かったんですが、ベリル様が卑怯な手を使うなら、これは僕がいただきます」
そういってローランドは置いてあるフォークを掴むと、けーきのてっぺんに輝く至高の果実へ向かって勢いよく突き刺した。 そして無念にもローランドの口の中へ吸い込まれていく。
こうして、我輩二度目の絶叫が響き渡ったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます