第30話 吾子の思い、狛の後押し
吾子は泣きじゃくりながら、狛と一緒に厨(くりや)に入ると、食事の時に使った皿を水でゆすいでいく。
狛は片付けが終わった頃合いを見計らって、吾子に声を掛ける。
「あこ、僕の部屋で少し話しましょうか?」
その言葉に吾子は頷くと、厨の入口近くで待っている小虎と一緒に3人で狛の部屋に向かった。
狛は吾子と小虎を部屋の中に招き入れ、障子を閉めると部屋の真ん中に座る。
少しの沈黙があってから狛は口を開き、
「あこはなぜ、巫女になりたい、と言ったのですか?」
と尋ねる。
「はい、あの、昨日の夜、寝る前に考えたのです」
吾子は考えながら狛の問いに答えていく。
「私はここではみんなに守られて生きているのだと知りました」
狛は言葉を挟まずに吾子の話すことに耳を傾ける。
「そして、たくさん、嬉しいこと、楽しいことがあるのだと教えてもらいました」
吾子は一度俯くと、少ししてから顔を上げて、狛の顔を見ながら話しを続ける。
「村人も、嬉しいこと、楽しいことがあるはずです。でも、私のせいで、村人が死んでしまったら私はその村人達から、嬉しいこと、楽しいことを無くしてしまうということに気付きました」
狛は話が途切れたことを確認すると、
「あこに暴力をふるった村人でも、嬉しいこと、楽しいことを無くしたくないと思いますか?」
吾子は迷いの色を顔に浮かべながら、
「……はい」
と答える。
「それはなぜ?」
吾子は沈黙してしまう。狛は表情を少し和らげてから、
「あこ、巫女は白虎様が異変を感じて、村人に伝える役割があると言いましたね。その時、村全体に異変が伝わります。その中には悪い村人もいるでしょう。その人達も助けることになるのです。それでも、あこは巫女になると言えますか?」
狛の言葉に吾子は黙り込んでしまう。
狛は目の前で黙り込む吾子をみて、成長したな、と思っていた。
毎日の生活を送るだけだったのに、巫女という選択肢を目の前に差し出され、自分はどうしたいのか、考え始めたのだ。
狛は、今でも巫女になどならなくてもいいし、穏やかに生きていてくれればいい、と思っているが、ふいに吾子の背中を押したくなった。
白虎様に怒られるだろうな、とぼそ、と呟くと、
「あこ」
名前を呼ばれた吾子は、顔を上げると、狛の顔を見る。
「僕がここにきた時の話しをしましょう」
吾子は首を傾げて、
「狛はここにずっといなかったの?」
「はい。僕は10年前、8つになった時にここにきました」
「私と同じ年の頃?」
「はい。僕は、かかさまが住んでいたのとは違う村で生活していました。ところが、悪い村人に嘘をつかれ、村の掟を破ったとして、両親と僕、妹の4人は村を追われました」
吾子は真剣な顔をして狛の話しを聞いている。
「村の掟、というのは、村で暮らしていくために守らないといけない決まりのことです。僕たち家族は、掟を破った覚えなどない、と村長(むらおさ)に何度も言ったのですが、聞いてくれませんでした。そのうちにだんだんと村に居づらくなったので、僕たちは村を出ました」
狛はその当時を思い出しながら話しを続ける。
「村を出て、小さな畑を作ってなんとか生活をしていたのですが、ある年の冬に妹は流行り病に罹りました。村に住んでいると薬を貰えるのですが、村を出ている僕たちはもらうことができません。なにも手立てがないまま、妹は亡くなりました。まだ、3つでした……」
狛が泣いているのを吾子はじっと見る。
「妹が亡くなったあと、両親も流行り病にかかり、僕は一生懸命看病しましたが、暖かくなってきた弥生月に2人とも亡くなりました」
狛は一息つくと、話しを続ける。
「両親を家の近くに埋めたあと、なぜか村長がやってきて、僕に詫びたのです。なぜかと尋ねると、村の掟を破ったのは別の者だと話したのです。僕は力を振り絞って村長を殴りました。何度も何度も殴りました。なぜ、今知らせたのか、早く言えば家族が助かったかもしれないのにと言いながら」
吾子は苦悩の表情を浮かべている狛をじっと見ながら話しを聞いている。
「村長に村の掟を破った者の名前を聞いた僕は、その日、村人が眠っている夜に、その者の家に行き、家を燃やしたのです」
狛は一息つくと、
「火はあっという間に別の家に燃え移り、そのまま、村の半分以上が燃えました。だけど、それを見ていた僕は虚しくなりました。嘘をついた村人が死んだからといって、両親や妹が生き返るわけではありませんから」
狛は涙を流しながら話す。
「焼け落ちた村を見てから、山の中に入ると、白い動物が歩いているのが見えて驚きましたが、相手も驚いたようで、お互い固まっていました。しばらくして先に話したのは、白い動物で、“我が見えるのか”と聞かれた時はその場に座り込みました。それが白虎様との出会いです」
狛は一息つくと、
「白虎様は村の異変を察知して、山から降りてきていたのです。僕は座りこんだまま、焼けた村を見ていると、白虎様はふいに、あれをやったのは貴様か?と聞かれたので、頷きました」
狛は当時を思い出す。
「なぜ貴様が村を燃やすのだ?」
「なぜって、あそこに住んでる人が嘘をつかなければ、家族を失うことなかったからな」
狛は投げやりな口調で白虎に答える。
「なぜ、その村人は嘘をついて、貴様の家族を失ったのだ?」
その問いかけに、狛は言葉に詰まる。
「なぜ村人が嘘をついたなんか知らない。ただ、その嘘がなければ、僕たちは村にいて、妹や両親が流行り病に罹った時に薬を貰えていたはずだ」
「ほう。では貴様はなぜ嘘をついたのか確認もせずに村を燃やした、ということか?」
「そうだな」
白虎ははぁ、とため息をつくと
「もう、起こしてしまったことを責めても仕方がない。だがな、貴様がやったことは、嘘をついた村人と同じことだぞ」
狛はかっとなって、
「そんなことない!」
「人間は嘘をつく。一方的に伝え聞いた話しだけで、相手を責めているのではないか?」
狛ははっとする。村長が話したことを信じて、村に火をつけたが、村長が言ったことは本当の事なのだろうか?
「誰が本当のことを言っているのか、今となってはわからないだろう」
狛は焼けた村を見て呆然とした。
「貴様は帰る家があるのか?」
狛は力なく首を振ると、
「ならば、我が屋敷にくればいい。我は白虎、この国を守るものだ」
狛はその言葉に目を見開く。村で育てば白虎について、小さな頃から教えてもらっている。
「ま、まさか、白虎様が見えるなんて……」
「我の姿を見て、声が聞こえる者などいないのだ。貴様は我が見えていて話もできる。屋敷で我の話し相手でもしてくれないだろうか」
狛は呆然としたまま白虎を見ている。
「ふむ。固まってしまったかの?そうだ、貴様の名前はなんというのだ?」
「は、狛といいます……」
「そうか、狛。よい名だな。いくつになったのだ?」
「8つになりました」
「まだまだ手のかかる時期だな。まあ、よい。ならば我が屋敷で畑を耕しながら行く先のことを考えればよかろう」
白虎は狛に近づくと、
「立てるか?背に乗せたくないので、歩いてくれると助かるのだが」
と狛に話しかける。狛は白虎の体を借りて立ち上がる。
「よし、では我が屋敷に帰るとするか」
白虎様との出会いを語り終え吾子を見て、
「人間は嘘をつきます。悪い村人も何か事情があって嘘をついたのでしょう。白虎様はそういう人達と向き合い理解することが必要だ、と言ってくれました」
「向き合い理解する……」
吾子は呟く。
「ただ、暴力を平気でする人間など、理解したくはありませんが……」
狛は付け加えたあとに吾子を見ると何かを考えているようだった。
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