第25話 楽しいこと
三者会談が終わった翌日。
吾子はいつもの時間、暁の終わる頃に目を覚ます。
その気配に小虎は体を起こすと、ゆっくりと吾子の元に近づく。
「おはよう、吾子」
吾子は少し驚いたが、布団の中から手をのばし小虎の頭を撫でながら、
「ことら、おはよう」
と声を掛けると、布団から上半身を起こし大きくのびをした。
「びゃっこさまのいえ、なにしたらいいのかな?」
吾子の疑問に小虎は、
「これから、狛様が来ます。そして、畑仕事をして、食事の準備をして、掃除をして、反物を作ったり、私と遊んで、また食事の準備をして眠るのです」
小虎の説明に目を丸くした吾子は指をおりながら、
「はたけさぎょう、しょくじのじゅんび、そうじ、たんものをつくる、ことらとあそぶ、しょくじのじゅんび……」
と反芻している。
「たくさん、やることある」
吾子が呟いた時、障子の向こうから狛の声が聞こえてくる。
「はく、おはよう!」
吾子の声に狛は障子を開けて、
「おはようございます。作業着に着替えて、畑作業を始めましょうか?」
「はい!」
元気のいい声で返事をした吾子をほっとした様子で見ながら、
「1人で畑にこられますか?」
と聞くと、首を傾げたので、
「では、着替え終わったら、僕の部屋にきてくれますか?」
吾子が頷いたのを見て、狛は障子を閉めた。
吾子は布団から出ると、部屋の隅に置いておいた作業着を見ると、昨日狛に着せてもらった時のことを思い出しながら着替える。
「きがえた!」
吾子は満足気に頷くと、小虎を見て、
「ことら、いっしょにはたけにいく」
と言うと、小虎と一緒に狛の部屋に向かった。
「はく、じゅんびできました!」
と部屋の前から声を掛けると、すぐに狛が出てくる。
「ちゃんと着替えられましたね。では、畑に行きましょう」
「はい!」
狛は家の玄関に向かい歩きながら、
「今日から、あこにはたくさんの仕事をお願いします」
「えと、はたけさぎょう、しょくじのじゅんび、そうじ、たんものつくる、ことらとあそぶ、しょくじのじゅんび!」
吾子の答えに狛は目を丸くしていると、
「ことらからおしえてもらいました!」
と言ったので、吾子の後ろを歩いている小虎を見ると、自慢げな顔をしている。
(なぜ、自慢げな顔をするかな……)
狛は目を細めて小虎を見た後、吾子に視線を戻すと、
「はい。今日から、それがあこの仕事になります。最初は僕と一緒に作業をして、慣れてきたら1人でやってみましょう」
「はい」
話しているうちに玄関に到着し、草履をはいて外に出る。
空は東雲を迎えたことを知らせてくれていた。
家の裏手にある畑までは踏み固められた雪道の上を歩いて行く。
「如月になると、この道に梅が咲き始めます」
「きさらぎ?」
「ええと、月の呼び名です。1年は12月あり、今月は睦月、来月は如月、と言います」
吾子は頷きながら聞いている。
「例えば今日なら、睦月の24日、と言うように月日をいいます」
「こんげつはむつき……」
吾子が反芻しながら覚えている様子を見て、
「あこ、疑問に思ったことはすぐに聞いてください。僕だけではなく、小虎や白虎様でもいいですから」
「はい!」
話していると畑に出てきた。
「では、今日は大根を掘りましょう」
狛は雪をよけている一画に足を運ぶと、持ってきた鍬で大根を土から掘り起こす。
「あこはまだ、掘り起こすのは難しいから、僕が掘ったのを厨(くりや)に持っていってください」
「はい!」
今日の吾子の畑作業は見学で終わった。
畑作業で掘り起こした大根を持って、狛と一緒に厨に向かい、手と顔を洗うと食事の準備を始める。
小虎は厨の入口からのぞいている。
食事の準備はいつもしていたことなので、狛は何も言わず、吾子の作業を見守っている。
準備ができれば、大きな茶碗にかゆをいれて、吾子が作った大根の葉の塩もみを皿に盛り付ければあとは白虎様の部屋に持っていくだけなのだが、厨の入口で小虎が何か言いたげに狛を見ていたので、声を掛けると、何か手伝いたい、とのことだったので、布に吾子と狛の使う茶碗を包み、小虎にくわえさせる。
吾子は白虎様と小虎の皿に上に大根の葉を塩もみしたものを重ねると匙と一緒に両手で持つと、狛と一緒に白虎様の部屋へと向かった。
白虎の部屋に到着すると、狛が声を掛けて中にはいる。
「びゃっこさま、おはようございます!」
吾子の元気な挨拶に目を細めると嬉しそうに、
「おはよう、あこ。今日もみなで食事をしよう」
と声を掛ける。
狛は吾子を呼ぶと、大きな茶碗からそれぞれの皿にかゆを入れるようにお願いする。
吾子は頷くと、慎重に白虎様の皿、小虎の皿、と入れていく。
狛はよそい終わった皿を白虎様と小虎の前に置いていく。
全員分がよそい終わり、白虎を中心にして、車座になり食事を始める。
食事中には、狛の過去の話しや白虎様の話しなどを聞きながら食べるが、吾子は食事中に誰かと話しをしながら食べたことがなかった。
かかさまとの食事は吾子が食べさせたり、かかさまが食べ終わるのを待っていたりと静かに食事をしていたので、たくさんの人に囲まれて話しをしながら食べる食事は楽しかった。
食事が終わると白虎は、
「あこ、このあと、小虎と狛で庭に行き遊ぶか?」
吾子はどういうことなのかわからないので首を傾げる。
「雪が積もっているからな。雪で何かを作って遊ぼうか?」
吾子は想像ができなかったけど、頷いた。
「よし。それなら、片付けが終わったら玄関前に集まろう」
その一言で狛は皿と茶碗を重ね、かゆの入っていた大きな茶碗に匙を入れると、
「あこ、皿と茶碗を持って厨に行きましょう」
と声を掛ける。吾子は頷き皿と茶碗を持ち、狛の後を追って厨に向かう。
皿と茶碗を水でゆすぎ、片付けると、2人は急いで玄関に向かう。
すでに白虎と小虎は玄関にいたので、一緒に外に出る。
「さて、なにをするかの」
白虎様の言葉に狛は慌てる。
「白虎様、雪の遊びといえば、雪合戦、かまくらなどがありますが……」
白虎はふむ、と考えると、
「雪の上を走るぞ」
と言った。
「我と小虎は雪を固めることはできないからな」
胸を張って言うことですか、白虎様……。
狛は遠い目になりながらも、白虎様をみる。
「よし、あこ、狛。我と小虎は雪の上を走るから、捕まえてみろ」
そういうと、白虎と小虎は雪の上をゆっくりと走り始める。
吾子は狛の顔を見ながら戸惑っているので、
「あこ、走って白虎様と小虎を追いかけますよ。僕についてきてくださいね」
吾子が頷くのを見て、いつもより少しだけ早く歩きながら白虎様たちの後を吾子と一緒に追う。
白虎も小虎もゆっくりと走っているため、すぐに吾子に追い付かれる。
「あこ、疲れていないか?大丈夫ならもう少し追いかけっこをしようか?」
吾子は息が切れているけど、疲れていなかったので、大きく頷くと、白虎と小虎が走り始めたが、先程よりは早く走っている。
吾子は初めての遊びに夢中になっていった。
食事を終えて、一刻(2時間)経ったころ、吾子が眠そうな仕草を見せたので、追いかけっこを終わりにして、体についた雪をはらって家の中にはいる。
案の定、部屋に入ると布団に潜り込むとすぐに眠りに落ちる。
小虎は子守歌を歌いながら、しっぽで吾子の体をあやしていた。
吾子が目を覚ますと、小虎がすぐに近くにくる。
「元気になりましたか?」
その言葉に吾子は大きく頷く。
「そうじする」
「そうですね。狛様のところに行きましょうか?」
小虎の言葉に頷くと布団から出て、狛の部屋に向かった。
「あこ、おはよう。掃除は終わっているから、糸を使って反物を作ってみましょうか?」
初めて聞く作業で、どういったことをするのかわからなかったけど、吾子は頷いた。
「では、準備をするので、吾子の部屋で待っていてください」
狛の言葉に頷くと、吾子は部屋に戻る。
しばらくすると、狛が障子の向こうから声を掛けるので、返事をする。
狛は手に四角い何かと糸を持ってきていて、それを吾子の前に置く。
「では、これから始めますね。この糸の中から好きな色を選んでください」
狛は糸の束を吾子に見せる。いろんな色の糸があり、悩んで、白と黄の糸を選ぶ。
選んだ糸を狛に渡すと、四角い何かに糸を巻き付けていく。
作業が終わると狛は吾子の前に四角い何かを置く。
「これは織機と言って反物を作る時に必要なものです。ここに糸を巻き付けていますので、これを交互に右から左におくるのです」
そう言って狛は数度、実演をしてみせる。
吾子はその動きをじっと見る。
「では、やってみましょうか?」
狛は吾子に織機を渡す。吾子は受け取ると、さっき狛がやっていた動きを真似して交互に糸を左右におくる。
「上手ですね!うまくできていますよ!」
吾子は狛の言葉が嬉しくて、頑張って糸を動かす。
「では、ごはんの支度まで時間があるので、この作業をしばらくやりましょうか?」
「はい!」
吾子は織機から顔を上げずにそのまま糸を動かし続けた。
しばらく糸を動かしていると狛に、
「そろそろ、食事の準備を始めましょうか?」
と声を掛けられる。
吾子はもっと続けたいと思ったけど、次の仕事をしないといけない、と思って織機を置く。
狛は残念そうな表情を浮かべる吾子を見て、
「また明日、続きをやりましょう。織機はこの部屋に置いておきますね」
吾子はその言葉が嬉しくて大きく頷いた。
食事の準備が終わると、また白虎様の部屋で食事を始める。
狛が白虎に吾子に反物の作り方を教えたと話したら、吾子を見ると、
「反物を作り始めたのか?難しくなかったか?」
吾子はその言葉に首を横に振ると、
「すこしずつ、たんものができるのがうれしかった!つづき、はやくおりたい!」
と伝えた。白虎はその言葉に目を細めると、
「そうか、そうか。じゃあ、明日は我と遊ばずに反物を織るか?」
と吾子に聞いてきたので首を横に振り、
「びゃっこさまとあそびたいです!たんものもつくりたいです!」
と伝えた。
その言葉に白虎は笑うと、
「欲張りになってきたな。いいことだ。では明日も遊んで、反物を作ろう」
吾子は大きく頷いた。
狛も小虎も吾子の様子を微笑ましく思いながら見ていた。
食事も終わり、片付けも終わると、狛に反物を織りたいと伝えると、部屋に灯りを持ってきてくれた。
吾子は狛にお礼を言うとすぐに織機を持ち、糸を動かし始める。
だが、糸を動かしているうちに眠くなってしまい、織機を横に置くとそのまま眠ってしまった。
見守っていた小虎は、狛の部屋に行き、吾子の様子を伝えた。
それを聞いた狛は自分の部屋を出て、吾子の部屋に入ると布団に横たわらせ、織機を近くに置くと、小虎に目配せをする。
小虎は頷くと、吾子の横に体を横たえて眠る姿勢に入る。
そこまで確認すると狛は灯りを消して、静かに障子を閉めて自分の部屋に戻ると、眠りについた。
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