第15話 恐怖と謝罪
白女の家に行く途中、脅されて引き返してきた男は村に戻ると牢屋に向かう。
村の牢屋は馬小屋のような建物の奥に格子状の木組みがあり、表側に鍵が掛けられるようになっている。
そのためなのか、見張り番が立っていないのでいつでも自由に出入りできる。
「以都(いと)様、戻りました」
誰もいないと思うが、小さめの声で牢屋の中にいる以都に話しかける。
「由岐(ゆき)、どうだった?」
由岐と呼ばれた男性は、先ほどのことを思い出し、体を震わせると
「やはり、白虎様は見ているのです!」
顔を青くしながら話す由岐を軽蔑の眼差しで見ると、
「白虎なんか、伝説上の生き物だろう?」
由岐は頭をぶるぶると激しく振ると、
「いえ、本当にいるんです!あの家は、白虎様が守っていると……」
「どういうことだ?」
由岐は先ほど遭遇した人物の事を話す。
それを聞いた以都は侮蔑した目を向けて、
「急に怖気ついて逃げるための言い訳がそれか?」
「違います!」
由岐は大きな声で強く否定する。
由岐にあの家に行かせたのはあの女と子が死んでいないか、確かめてもらうためだった。
食料も底をついてきて、師走の寒さでだいぶ弱ってきているだろう、と俺は考えた。
それなのに、確かめもせずに逃げ帰ってくるなど。
無性に腹が立って、格子窓から手を伸ばし由岐の左頬を殴る。
「……!」
由岐は後ろに飛び、驚いた顔でこちらを見ている。
「由岐、鍵を持ってこい。そして俺をここから出せ」
「で、でも……」
「でも、じゃない。早く持ってこい!」
俺は苛立ってきて、大声で叫ぶ。その声に由岐は怯えてしまい、余計に動けなくなってしまったようで、座り込み怯えた表情でこちらを見るばかりだ。
「早くしろ!」
ぐずぐずしている由岐を怒鳴るが、さらに怯え動けなくなった。
「ちっ」
俺は由岐を無視し、食事の時にここを出ればいいや、と牢屋の中で胡坐をかいてその時を静かに待つことにした。
黙り込んだ俺に怯えた表情のまま由岐は四つん這いになりここから出て行くと、しばらくしてかかの声が聞こえ、食事の時間を知らせる。
かかは牢屋に近づくと鍵を開け、人の出入りができるくらいの隙間を開けると食事を差し入れる。
食事を置いた瞬間にかかの手首の握りそのまま牢屋の中に引き込むと、俺は牢屋の外に出て、鍵をかけた。
かかが何か言っているが、知ったことではない。
そのまま建物を出ると、村の中を走り、出入り口に立っている番人達を殴り倒すと一目散に白女の家に向かって走り続ける。
村からあの女の家までは半刻(1時間)かからないだろうか。
走り続けているうちに、見覚えのある道に出た。
この道を行けば、あの白女の家だ。
あの女と子は死んでいるか、確かめるのが楽しみだ。
知らず口元が緩むのを感じながら、俺は息を弾ませ、ひたすら走った。
ひさしぶりに見た白女の家は少し修繕されていた。
入口の障子は張り替えられ、外側の部分も穴の開いているところは別の板があてがわれ、塞がられている。
(あの女が死んで、別人が住むようになったか?)
その可能性が頭に浮かび、静かにその家に近づいて行く。
入口の障子に近づき、そっと耳をあて、中の声を聞こうとしたその時、何かの唸り声が聞こえた
(獣の声?化け物ではなく獣と契約したのか?)
俺はいい機会だと思い、障子を開けると、とたんに何かがぶつかってきて、よろけてしまった。
そのまま尻餅をつくと、右腕に痛みが走る。すぐにそこに目をやると、黄色い何かが俺の腕を噛んでいるのが目に入った。
「ちくしょ、何やっているんだ!」
左手でそれを掴もうとした瞬間、黄色い何かが腕から離れた。
その獣は歯をむき出しにして、
「ぐるる……」
と俺を威嚇している。
俺は立ち上がろうとした瞬間、めまいを感じ、そのまま意識を失ってしまった。
突然の出来事に吾子と私はびっくりしていた。
朝、白虎様が帰り、吾子と小虎と一緒に食事をとろうとした時、小虎が突然唸り声をあげて入口の障子を睨みつけている。
「小虎?どうしたの?」
声を掛けても、一向に唸り声を止めることがなかった。
宥めようとした瞬間、障子が開き……そこには見たくない人が立っていた。
小虎は以都目掛けて走り出し、体当たりをすると、尻餅をついた以都の右腕を噛んだ。
振り払おうと左手を出した瞬間に小虎は離れ、威嚇し始める。
驚きのあまり、体が動かずにそのまま見ていると、以都が倒れた。
私は目の前で起きたことの対処ができず、そのまま呆然としていると村長(むらおさ)の声が聞こえ、
「以都!」
と叫び、この家に向かって走りだす音が聞こえてくる。
小虎はずっと威嚇したままだったが、このままでは危害を加えられるかもしれない、と思い、
「小虎!こちらに戻ってきて!」
と声を張り上げながら、何とか立ち上がり、入口で待っていると、小虎が戻ってきたので急いで障子を閉める。
そのまま後ろを振り返り、吾子を見てみると恐怖の表情を浮かべ固まっていたので吾子の元に近づくと抱きしめて背中を撫でる。
吾子はぎゅっと私の着物を握り小刻みに震えている。
その様子を見て心配したのか、小虎も、
「きゅう?きゅー」
と鳴きながら、吾子の手を優しく舐める。
しばらくそうしていると、入口から、
「志呂」
と聞こえてきた。
「今日もこれまでも息子が迷惑を掛けて申し訳ない。こんな形で謝罪することを許してほしい。もう少し落ち着いたら、正式に詫びにくる」
――村長の声だった。
私はどう返せばいいのかわからずに黙り込んでしまう。
「今日はこれで失礼する」
そう言って、数人の足音が去っていくとともに静寂が戻ってきた。
吾子の背中を撫でながら、
「怖かったね。もう大丈夫だから」
と語り掛ける。
吾子も外の気配を感じたのか、少しずつ震えが収まりつつある。
背中を撫でながら、遠い昔に両親から聞いた子守歌を小さな声で歌い始めると、吾子は眠り始める。
私は体を起こしているのが辛くなってきてが、そのまま吾子を抱いて子守歌を歌い続けた。
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