第7話 会話

 話しは少し戻り。


 狛(はく)と別れた白虎は水汲み場の近くに座りあたりの様子を伺いながら、あこがくるのを待っていた。


 空は暁が終わり、東雲が始まろうとしていた。

 その時ふいに、

「びゃっこ!」

 と声を掛けられて、声の聞こえた方をみると、あこが桶を抱えながら歩いてきていた。

 白虎はしっぽをぱた、と動かすと立ち上がり、あこの近くへと歩み寄る。

「あこ、おはよう」

 声を掛けられたあこは、うん、と頷くと、

「かかさま、しょくりょう、ありがとうございました」

 と伝えてきた。

「かかさまが言ったのか?」

 白虎に聞かれてあこは、うん、と頷く。

「みかん、すっぱい」

 その言葉に思わず白虎は笑い声をあげると、

「そうか。みかんはすっぱかったか。また食べたいか?」

 あこに聞くと頷いた。

「そうか、そうか。またみかんを送ってやるからな」

 あこはまた、頷いている。

「そうだ、あこや」

 白虎は真剣な顔をしてあこに話しかける。

「これからは、少しずつ、会話というものを覚えていこうか」

 あこは首を傾げる。

「会話というのは我が話したことについて、あこが声をだして話を返すんだ」

 白虎は、うん難しいな、とひとり呟いて、

「朝会う時は、おはよう、と我は言うな?」

 あこは頷く。

「そうしたら、あこも、おはよう、と声を出すんだ」

 あこは頷いて、

「おはよう」

「おはよう、あこ。これから毎日会う時は必ず返してくれ」

 白虎が言うと、あこは頷いた。

「あ、そうだ。あこは頷くことが多いな。我の話した言葉が分かった時は、わかった、と言うんだ。わかったかな?」

 あこは首をかしげながらも、

「わかった……?」

「我の話がわからなかったら、わからない、と言うんだ」

 あこは頷く。

「少しずつ教えていくからな。わかったか?」

「わかった」

「よしよし。それでは、水を汲みに行こうか?」

「わかった」

 あこは抱えている桶を持って水汲み場に行った。


 白虎はあこの水汲みを見守っている。

 村人から白虎の姿は見えないはずなので、あこを見たら村人は暴力をふるうだろう。

(もっと見える形で守ってやりたいのだが)

 白虎はあこと会ってから、村人達の暴力から2人を守ることはできないか、考えていた。

(狛を見張りにつけてもいいが、人間を怖がるあこには難しい)

 村人達が2人に近づかないような、目に見えるもの。

 

 白虎が頭を悩ましている時に、あこから声を掛けられる。

「みず、くんだ」

 と桶を抱えて白虎の前にきた。

「よし、では帰ろうか」

「わかった」

「あこや、そういうときは、はい、でもいいんだ。難しいけど、少しずつ覚えていこうな」

 あこは首を傾げて、

「はい」

 と返事をした。


 白虎はいつものように地面にベタっと伏せて、あこが乗るのを待つ。

 あこは白虎に言われなくても、桶を首の近くに置き、体に乗ると首の近くの毛を掴み、動くのを待っている。

「よし、動くぞ」

 白虎がゆっくりと立ち上がると、

「はい」

 とあこから返事が返ってきた。

「歩くぞ」

「はい」

 あこは白虎の毛を握り答える。

 白虎はあことの会話に少し驚きながら、家に向かい歩き始めた。


「あこや、食事はちゃんと食べているか?」

「わかんない」

「この場合は、食べているなら、はい、食べていないなら、いいえになるな。どっちだ?」

「いいえ」

「そうか。人間は朝と真っ暗になる前に食事をするのだ」

「わかった」

「それなら、今日、家に戻ってから食事をして、暗くなる前にも食事をするんだぞ?」

「はい」

「よしよし。ちゃんとかかさまと一緒に食事をするんだぞ?そして食事をして元気になったら、我の山に遊びに行こう」

「はい?わかった?」

「この場合は、わかった、だな。山にはうさぎがいて、木の実があるから、それを教えながら歩こう」

「わかった」

「楽しみだな」

「はい」

 白虎はこれから、あこにどのように教えていくか考えながら歩いていたが、狛の気配を感じた。

 前方を見るとあこの家が近くに見えてきていた。

「あこや、明日もあの水汲み場で待っているからな。約束だぞ」

「わかった、やくそく」

 吾子の返事に頷きつつ、家の障子の前に到着した。

 白虎は地面に伏せると、あこが降りるのを待つ。

 背中が軽くなったのが確認できると、あこが、

「あした」

 と言った。

「この時は、また明日、というんだぞ」

 あこは頷いて、

「また、あした」

 と言って、家の中に入っていく。

 白虎は障子が閉まるまでその場であこを見送った。


 吾子は家の中に入り、壺に水を入れると、かまどの火を起こした。

 桶を足もとに置き、その上に乗ると鍋の中を確認した。

 たくさんの水と野菜が入っているのを確認した吾子は壺の上に置いてある木の枝を持ってくると鍋の中を少しかき回し始めた

 

 女性は障子が開く気配で吾子が帰ってきたことを感じ取っていた。

 布団の上で吾子を見ようと体を半回転させ、目を開けて、かまどの近くで動いている吾子を見守りながら、声を掛けるか迷っていたところ、吾子がこちらに向かってきた。

「おはよう」

 女性はびっくりして、

「おはよう、吾子」

 と声を掛けると、吾子はもう一度、

「おはよう、かかさま」

 と言うと、かまどに戻っていった。

(吾子と挨拶するなんて……でも、私が眠っていることが多いからちゃんと挨拶しないわね)

 女性は自分が子供時代のことを考えてみると両親と毎日話しをしていて、その中で言葉を覚えていったことを思い出す。

(吾子が生まれた後、私が元気だったのは吾子が3歳位までだったかしら?それからはあまり話しをしていないわ)

 かまどの前にいる吾子をみて、これからは少しでも話しをしようと思った。


 吾子は鍋の中から湯気が出てきたのを確認して、皿を探し始める。

 いつもはかまどの上に皿を置いていたのだが、小さくて深い容器があるだけだった。

 女性は吾子を見て、

「その器を使っていいのよ」

 と聞こえるように話す。

 吾子がこちらを向いたので、もう一度、

「その茶碗を使うのよ」

 と声を掛けるとあこは、

「わかった」

 と頷くと、匙を使い、茶碗に鍋の中身を入れ始める。

 よそい終わったところで女性の元に持ってくる。

「しょくじ、あさとくらくなるまえ」

 そう言って吾子は女性の前に茶碗と匙を出す。

「そうね、食事は1日2回なのよ。誰から聞いたの?」

「びゃっこさま」

 吾子の返答に驚き、

「白虎様に教えてもらったの?」

「はい」

 吾子の言葉に困惑しつつも、先ほどきていた狛様の言葉を思い出す。

(習慣や言葉についてまで気にかけていただけるなんて……)

 女性は、ありがたい、と呟いて、布団から体を起こすと、食事を始めた。


 女性は茶碗の半分まで食べると、お腹がいっぱいになった。

「吾子、ここにきて」

 と布団の上に呼ぶ。

 吾子は言われた通りに布団の上にくると、女性の顔をみている。

 女性は茶碗に再度匙を入れ一口ほど乗せて、ふぅ、と少し息を吹きかけ冷ますと吾子の口元に匙を持っていく。

 吾子はわからずに首を傾げているので、

「口を開けて」

 と声を掛ける。

 吾子は言われた通りに口を開けたので、匙にのせた料理を口の中に流し込む。

 そのまま、咀嚼すると、また口を開けたので、女性は茶碗に匙を入れて一口ほど乗せて冷ますと、吾子の口に入れる。

 女性は茶碗の中身がなくなるまで、吾子の口に料理を運び続けた。


 吾子と女性はこの日、この家に来てから初めて食事を2回した。

「吾子、白虎様にあったら、ありがとうございますと言ってね」

 吾子は頷くと、

「わかった」

 と言う。

「それでは、もう寝ましょうか?」

 吾子に聞くと

「はい」

 と頷き吾子は女性が寝ている布団に入り込んでくる。

 女性はかけ布団を少し上げて吾子が入りやすいようにする。

 吾子が女性の前に横になったのを確認してから、吾子の体がかけ布団にすべて覆われるように調整すると、この日も白虎様に感謝をしてから眠りについた。

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