久遠

高岩 沙由

第1話 村八分

 暁が始まる頃、村から外れたところにある木に囲まれたあばら家の中で一人の幼い女の子が目を覚まそうとしている。

 女の子は体にかかっている着物をよけると薄い布団の上で上半身を起こす。

 そのまま隣に寝ている女性を見ていると視線に気づいた女性は目を開ける。

「おはよう、吾子あこ

 と女の子の名前をか細い声で呼ぶ。吾子あこは頷くと口を開く。

「みず、くみにいく」

 その言葉に女性はこくん、と頷く。

 吾子あこは立ち上がると水瓶の近くに行き、桶を手に取り、入口の障子を開ける。

 女性は吾子あこを見送ると土間の上に敷いている薄い布団の上で着物を掛けなおすと再び目を閉じた。


 吾子あこが入口の障子を開けて外に出てみると暗闇の中、月明りで白く輝いているのが見えて雪が積もっていることを知る。

 家から外に足を踏み出した吾子あこは寒さで体を震わせ、桶を両手で抱えるように持ちながら雪を踏みしめ、離れたところにある村で共同利用している水汲み場へと向かう。

 

 吾子あこが夜も明けきらないうちに水汲み場に向かうのは村人と会うのを避けるためで、なぜ避けるのかと言えば、吾子あこと村人の容姿が違うからだ。


 吾子あこと女性は白い髪に白い肌、瞳は赤く、近くにある村の住人は黒い髪に黒い瞳をしている。

 そしていつからか“白蛇様を殺した呪いで白くなった”と言われ、暴力を受けるようになり、村人と顔を合わせないよう、息をひそめて生活するようになった。


 まだ暗いうちに水汲み場に到着し手に持っている桶に水を汲んでいると、運悪く村人に会ってしまった。

 急いでどこかに隠れたくてあたりを見回したが、村人達に見つかってしまう。

「おい、あそこに白蛇様を殺した女の子供がいるぞ!」

 村人の1人が声を張り上げると村人達がこちらに向かってくる。

 あまりの恐怖に足がすくみ動けなくなった吾子あこに村人達は容赦なく暴力をふるう。

 近くにある枝で吾子あこの体を叩く者、足や手で顔や体を叩く者。

 吾子あこは動くことができずに、村人達の気が済むまで暴力を受け続けた。


 さんざん暴力をふるった村人達は気がすむと村へと歩いて行く。

 吾子あこは地面に伏せながら、その様子をみ、村人達が視界から消えた時に水汲み場から這うようにして近くの木に隠れる。

 ただ持ってきた桶は水汲み場の近くに置いてきてしまったので、村人が来ないうちに取りに行くことになる。

 木の根元に座り少し息を整えると、木に捕まりながら立ち上がり痛む足を引きずりながら水汲み場に再び向かう。

 桶を回収すると、村人がこないか近くにある木に隠れながら水汲み場を見張るとすぐに数人の村人がやってくる。

 吾子あこは木に身を隠し、やり過ごしたあと、もう大丈夫だろうと思った時に、水汲み場に行くと桶に水を汲む。

 汲み終わると吾子あこは周りを確認しながら、村人に会わないようにと思いながら足を引きずり家へと戻り始めた。


 やっと家にたどり着き、女性に戻ってきたことを伝えると吾子あこの体を見て痛々しい表情を浮かべるが、か細い声で労いの言葉を伝える。

 吾子あこは頷くとかまどの近くに行き、水瓶に汲んできた水を入れるが水瓶は大きく縁まで水が満たされることはない。

 このあとはかまどに火を起こして食料を焼いたりするのだが、今は食料が底を尽き、何も食べるものがない。

 空腹を感じたら汲んできた水を飲むだけになる。


 吾子あこが家の中で壁に寄りかかりぼんやりとしていると、夕方になり、急に外が騒がしくなる。

 その気配を感じて吾子あこは体を固くすると女性も薄い布団の上で目を開け体を固くする。

 2人とも息を殺してじっとしていると、障子を開ける音が聞こえ男性が数人、それぞれの手に食料を持ってこの家に押し入ってくる。

 男性達がこの家に押し入ってくることは日常的にあるのだが、それは吾子と一緒にいる女性が目当てだった。


 男性達は笑いながら、かまどの近くに持ってきた食料を置くと土間に上がり、女性の着物を脱がし、女性の足を大きく開くと上に乗り体を動かしている。

 女性は泣き、わめいているが、男性達はやめる気配はなく、だんだんと動きが激しくなり、やがて止まる。が、男性達は代わる代わるその行為を満足するまで繰り返す。


 吾子あこは隠れる場所もないこの家で目の前の光景を見ていることしかできなく、片隅に小さく座りただ早く終わってほしいと思うことしかできない。


 一刻(2時間)経った頃、男性達が満足し、家を出て行くと、吾子あこはかまどの近くに行き食料を確認する。

 今日はお米、大根、干した肉、みかんが置いてあった。

 吾子あこと女性は食料を得る手段を持っていないため、男性達の暴力と引き換えに置かれた食料を少しずつ食べている。


 こうして、長い1日が終わる。


 翌日、いつもより早く目が覚めたので、隣に寝ている女性に気づかれないように体に掛けている着物をよけると静かに家を出て水汲み場に向かう。


 陽がのぼる前、村人が起き出す前になんとしても水汲み場に行きたいと吾子あこは昨日受けた暴力で痛む足を引きずりながら辿り着いた水汲み場を見ると、立ち止まる。

 そこには周りの雪景色に溶け込むような白い何かがいて、水を飲んでいた。

 吾子あこはその白い何かに気づかれないように大きな木の幹に隠れようとしたが、その動きを悟られてしまい、顔を見られ動けなくなった。


 白虎が水を飲んでいると微かに人の気配を感じて振り向く。

「ふむ、子供だな」

 白虎は呟くと、立ちすくんでいる胸に桶を抱えている幼女に向かって雪道をのそりのそりと歩き始める。

 幼女はじっと動かずに視線で白虎を追っている。

「子供、わたしが見えるのか?」

 その言葉に幼女は無表情のまま、こくん、と頷く。

「ほう、そうか、そうか」

 白虎は嬉しくなり目を細めて幼女を見る。

「我は白虎なり」

 幼女は理解できないのか首を傾げる。

「お主の名前は?」

「?」

「うん? そうだな、いつもなんと呼ばれているのだ?」

 幼女は首を傾げながら小さく呟く。

「あこ?」

「あこ?」

 こくん、と幼女は頷く。

「ふむ……わかった。あこや、こんなに早くに何をしているのだ?」

「みずくみ」

 白虎はその答えに驚く。

「こんなに早くからか?」

 と尋ねると、こくん、と吾子あこは頷く。

「なぜ、こんなに朝早くからくるのだ?」

「むらびとにあわないために」

「村人に会うとどうなるのだ?」

「……ぼうりょくをうける」

 白虎は目を見開き、吾子あこの全身を見る。

 着物から出ているひざ下には青あざが多くあり、骨が折れているのか腫れているところもある。

 あまりの痛々しさに白虎は思わず目を細める。

「なぜ、暴力を受けるのだ?」

「しろへびさまをころした、おんなのこどもだから」

 白虎は目の前に立っている吾子あこをまじまじと見つめる。

 白い髪に白い肌、瞳は赤く。その姿をみれば白蛇の化身として敬われてもおかしくないのに、なぜだ?

「女はあこのかか様なのか?」

 吾子あこは言っている意味が分からなくて首を傾げる。

「いつもそばにいるのか?」

 その問いに吾子あこは無言で頷く。

「ふむ、難儀なことだ」

 白虎はぶつというと、空を見上げると少し明るくなってきている。

「では、あこや。我の背中に乗って水を汲みに行こう」

 その言葉にまたもや首を傾げる。

 白虎は体をべたっと地面に伏せると首を後ろに向けると説明を始める。

「ここにまたがれ」

 言われた意味がわからないのか、吾子あこは動かない。

「まず、我の近くにこい」

 こくん、と頷き吾子あこは白虎に近寄る。

「そうしたら、片足を大きく上げて前に置くのだ」

 白虎は状況を確認しながら説明を続ける。

「そのまま座れ」

 吾子あこが座ったのか、軽い衝撃を背中に感じる。

「よし、そのまま桶をあこの前に置き、その近くの毛をつかめ」

 白虎の毛を弱々しくつかむ気配を感じる。

「立ち上がるから、しっかりとつかまれ」

 そう言うと、ゆっくりと立ち上がり、水汲み場に向かう。

 水汲み場に到着すると、白虎は先ほどと同じようにべたっと地面に伏せる。

「降りろ。先ほどと反対にすれば降りられるから」

 背中が軽くなった気配を感じた白虎は伏せたままで吾子あこの動きを目で追う。

 水汲み場で桶に水を入れると吾子あこは足を引きずりながら戻ってくる。

「ではまた、背に乗るんだ。最初は水の入った桶を我の体に乗せてからだ」

 白虎は首を後ろに向けて桶と吾子あこがのったことを確認すると口を開く。

「よし、動くからな。このままあこの家まで送っていってやろう」

 そう言うとゆっくりと立ち上がり、水をこぼさないように慎重に雪道を歩き始めた。

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