第193話、ミウィニュア


 それは巨大な蛇頭の化け物だった。


 ドラゴンを思わす頭。白と灰色のマダラ模様のごつごつした鱗を持ち、その巨体をコーシャ湖に横たえる。その長い長く、さらに細長い体は水上に出て、巨大な島のようでもあった。背中には大小無数の突起があり、そのうち三つが特に大きい。


 この化け物が、遠くセッテの町の近くにいる俺たちから見えるのだから、いかに巨大かがわかる。


「サーペント……いえ――」


 アウラが呆然とした声を漏らした。


「まさかレヴィアタン……!」


 水を司る巨大ドラゴンとも言われる魔物。とてつもなく大きな蛇のような姿をしていて、非常に凶暴。本来は海に棲息しているという。……そんな化け物がなんで、湖なんかにいるわけ?


 このレヴィアタンがここからどうするのか、俺たちは注目する。まさか上陸してくるのだろうか……?


「!?」


 レヴィアタンの背中の大きな突起がチカッと光った。目を懲らそうとした時、唐突にダイ様が叫んだ。


「皆、伏せろ! 来るぞ!」


 え――? 伏せろ、といきなり言われても戸惑うが、来ると言われて反射的に俺はその場に伏せた。


 空気を切り裂くような音がしたと思うと、それはセッテの町に吸い込まれて、直後爆発した。


「!?」


 まるで46シーを思わせる大爆発が複数上がった。煙が立ち昇り、石の外壁や建物が砕けて、四方へと飛散した。


 伏せている俺たちだが、その背中を衝撃波がすり抜け、飛び散った石片や土がパラパラと降ってきた。……くそ、口に砂がついた。


「レヴィアタンが町を攻撃したのか……!」


 何故かは知らない。町から離れていたのに、衝撃波がここまで届いた。


「皆、無事か!?」

「大丈夫です!」


 ルカが叫んだ。シィラがネムを起こしているのが見えた。俺は近くにいたアウラとヴィオに声を掛ける。


「生きてるか?」

「……大丈夫」


 ヴィオは表情が固まっている。アウラが帽子の土を払う。


「まるで46シーみたいだったわ」

「俺も同じことを思った。レヴィアタンって、ああいうものなのか?」

「さあ、ワタシだって詳しくはないわよ。炎のブレスを吐くっていうのと、鱗が滅茶苦茶硬いらしいってことくらいしか知らないわ」

「何で町を攻撃したんだが……。おい、リーリエ、無事か!?」


 小妖精の姿を探す。あの衝撃波で吹っ飛ばされたかもしれない。


「リーリエ!」

「いるよー。あっちちー……あぁ、飛ばされたぁっ!」


 俺のすぐ後ろからリーリエが姿を現した。やはりというべきか、吹っ飛ばされたようだった。


「怪我は?」

「ない」


 ならよし。すると、遠くで爆発音が木霊した。……またレヴィアタンか?


「見て!」


 アウラが指さしたのは、西方向――ラーメ領の隣にある町がある辺りだ。ヴィオがパチパチと瞬きを繰り返す。


「チェネレの町が……? まさか」

「レヴィアタンの攻撃!?」


 その忌々しき巨獣の背中の突起が、またも光った。しばらくして町の方から爆発の煙と轟音が聞こえた。



  ・  ・  ・



「やれやれ、ようやく落ち着いたか」


 レヴィアタン『ミウィニュア』の頭頂部に、黒きマントを身につけた長髪の騎士は立っていた。


 西の強国、スヴェニーツ帝国の特殊部隊シャドーエッジ所属の魔騎士フームー。それが彼の名前だった。


 レヴィアタンの頭頂部に刺した魔剣の柄頭に手を添え、フームーが精神を統一する。すると巨大魔獣の背中の突起が光、破壊の魔法を放つのだ。


『――おい、聞こえるか? フームー!?』

「うむ、聞こえるぞ、マトス」


 フームーは、突然聞こえた声に、魔力を込めた念話で応じた。姿が見えない相手の声も魔力念話である。


「無事だったか?」

『無事だったか、だと? フームー、貴様! 私を殺す気か!?』


 念話の主は、セッテの町の制圧している死霊大隊を率いるネクロマンサー、マトスである。


「すまぬ、ミウィニュアが目標を誤認したのだ。よもや貴様のいる町を攻撃するとは思わなかった」


 そうなのだ。フームーは、ウルラート王国の討伐軍がラーメ領へ再度侵攻の兆候を見せていると聞き、レヴィアタン・ミウィニュアと共にやってきた。


 セッテの町が、討伐軍の先遣隊に攻撃を受けて苦戦しているという報告はマトスから、指揮官のボーデンのもとに届いた。討伐軍本隊がセッテの町に攻め込む前に、チェネレの町を攻撃せよ、というのがフームーに与えられた使命であった。


 レヴィアタンは水竜であるため、地上の侵攻はあまり得意ではない。だが遠距離からの攻撃能力があるため、コーシャ湖から一方的にチェネレの町を叩ける。


 が、魔剣の完全制御にはフームーも手こずっており、それがセッテの町への誤射となっていた。


「それで、怪我はないか? マトス」

『まあ、何とかな。しかし貴様の誤射のせいで、結界と障壁の再構築が必要になった。……間違っても町を攻撃してくれるな。今度はさすがに無傷とはいかんかもしれん』

「ああ、もう誤射はしないはずだ。すまんな」

『もういい。謝罪は受け取った』


 マトスの苦笑が念話に乗る。フームーは、どちらかといえば寡黙で、堅物寄りの真面目な騎士だった。


「それにしても、貴様の死霊大隊が苦戦するとはな……。まだ本隊ではなかったのだろう?」

『ああ、少数の敵だ。ただし精鋭部隊だったよ。アンデッドがかなりやられた。おそらく噂の魔剣使いがいる』

「ヴィゴ・コンタ・ディーノだったか……? 我々の行動の要所要所で邪魔した男」


 フームーは眉間にしわを寄せた。ウルラート王国の魔剣使いの話は、黒の特殊部隊内でも知れ渡っている。何せ一時期暗殺指令が出ていたのだから。


「さて、こちらは水上だが……奴は現れるか?」

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