第86話、真の切り札


 大臣に呼ばれたのに、何故か俺の目の前にいるのは国王陛下だった。


 リッカルド・ゼン・ウルラート。俺たちの住むウルラート王国の国王。白髪に、もっさり蓄えた髭。近くで見る陛下は穏やかさを感じさせる老人だった。


「楽にしていい。これはプライベートな会話だ」


 ウルラート陛下は、王城の上層にある庭園へ俺を導いた。王の近衛騎士が要所で見張りに立っているが、それを除けば俺と陛下のみだった。


「君とはゆっくり話をしたいと思っていた。……ああ、ここでは私を王ではなく、ひとりの男として接してくれ。儀礼もなしだ。ただの老人とただの若者の会話だ」

「わかりました」


 そうは言うが、やっぱり緊張する。国王陛下だぞ。


 前に会ったのは、例の王都襲撃事件後の武勲と国王陛下を救出した件での表彰式以来だが、直接交わした言葉は活躍云々に対して、光栄です、謹んでお受けいたします、くらいで会話とは言えない。


「その、お体のほうは……」

「うむ。だいぶ、よくなった。君のおかげで、命拾いをした。礼を言う」

「いえ……」


 どういたしまして、って言っても無礼じゃない? 大丈夫? わかんねぇ……!


 庭園の一角にあるベンチを勧められ、着席する。隣に陛下がお座りになられた。


 先の、陛下が呪血石によるダークリッチ化した時の話を聞かれた。黒ローブの魔術師に石を埋め込まれたところまでは覚えているが、それ以降についてはほとんどわからないという。


 俺は可能な限り、事実をお伝えした。白狼族のディーの活躍。それぞれが果たした働きぶりも。決して、俺ひとりの力ではなかったことを重ねて伝えておく。


「君は謙虚であるな」


 国王陛下はそう言って目を細めた。


「話は変わるが、君も東領の騒動のことは聞いておるかね?」

「噂程度ですが」

「うむ。聖剣の使い手であるラーメ侯爵の領地で起きた魔族の発生。普通ならば考えられない事態だ」


 陛下は顔を上げ、流れゆく雲を見やる。


「魔族に対して最大の武器である聖剣。それがある土地での災厄。……ラーメ侯爵も聖剣も、敵の手に落ちただろう」


 一大事だ。まさか、陛下じきじきに、出陣の打診か?


「周辺の貴族、そして王国軍で、これを鎮圧、奪回せねばならない。そのために、王都も可能な限りの兵を出す」


 陛下は俺を見た。


「王都の守りは手薄だ。君ら冒険者には、この王都の守りを委ねたい」

「冒険者に、ですか?」


 それは少し意外だった。それが顔に出たのかもしれない。陛下は薄く笑った。


「今回、冒険者には『志願者のみ連れて行く』とギルドに通達してもらった。本来なら、Cランク以上冒険者を全員、動員するところではあるが……」


 そう、国の一大事ともなれば、普段から武装して戦い慣れている冒険者は傭兵として軍に同行するものだ。Aランク冒険者である俺も、遅かれ早かれ指名がくるだろうとは思っていたが……。


「ここ最近の騒動で、王都冒険者も数を減らしたと聞いている」


 邪甲獣にだいぶ食い荒らされた。


「それならば手薄となる王都とその周辺の防衛戦力として残すことにしたのだ。……あと、君たちリベルタを切り札として温存しておきたいというのもある」


 陛下は目を伏せる。


「事が事だけに、我が国にもうひとりいる聖剣の使い手殿も呼んだ」


 ヴィオ・マルテディ。鼻持ちならない若き聖騎士殿だったな。


「――それで奪回できればよい。できなかった場合は、ヴィゴ君。君たちの力を貸してもらいたい」

「もちろんです。陛下の要請とあれば」


 魔族の勢力拡大は面白くない。それも国内ともなれば尚のことだ。


「ヴィゴ君。君は今回の事件、魔族のものと思うかね?」

「と、言われますと?」

「先日の王都襲撃を仕掛けてきた連中の仕業、ではないかと私は思うのだ」


 黒装束の武装集団。奴らは王都から脱出し、その後の動向は掴めていない。


「厄介な相手ですね」

「個人的な願望で言えば、そうであってほしいと思っている」


 国王陛下は虚空を睨んだ。


「そして連中が、今度こそ討伐されることを……私は願っておるよ」


 ウルラート王国内に潜伏する不穏分子。確かに、このままわからないよりは、連中の正体や所在がわかり、討ち滅ぼせたほうが気分も救われるだろう。


「……そう言えば、ヴィゴ君。つかぬ事を聞くが」

「何でしょうか?」

「君は独身と聞いているが、もう相手は決まっておるのかね?」

「はいっ!?」


 ちょっと予想外の質問だぞこれは! かなり緊張が緩んだと思いきや、別の意味でぶり返してきやがった。


「い、いえ、その決まった相手というのは……あ」

「ん? いるのかね?」

「その、先日……お恥ずかしながら告白されまして」

「おぉ、やはり若い者はいいな。やはり、モテているようだね」

「ええっと……まあ、言うほどモテているとは言えない気もしますが」


 そうか。自分では意識していなかったけど、異性から告白されるってことは、モテているってことでいいんだ。


『わー、英雄様、素敵っ!』って異性が群がってくるのをモテると認識するなら、そこまで行ってはいないのだが、告白は告白だ。


 俺にも春がやってきた、というところなんだが、告白が出会って早々バーンっと来たので、戸惑いが先行していたというか。


「もし、決めかねているなら……」


 陛下は、他人事のような口ぶりで言った。


「うちの娘は、どうかね……?」


 娘って、王女様ですか!? 陛下からそのような言葉が出るのは、光栄っていうか、凄いことなんだけど……って、陛下? なんでさっきから顔を背けていらっしゃるんですか? こっち見て言ってくれませんか? ねえ!?



  ・  ・  ・



 国王陛下とのお話が終わった後、俺はシンセロ大臣と会議をしていたアウラとダイ様と合流した。


 議題は、やはり東領の問題について。王国討伐軍がやられた時の対応策について話していたらしい。


 まあ、あれでしょ。どうしようもなくなったら、俺たちが東領に乗り込むってやつ。

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