第67話、弟子入り志願


 王都カルムが、ようやく日常を取り戻し始めた頃、俺たちの家にいたロンキドさん一家が、自分たちの家に帰ることになった。


「もう、魔王の欠片はこの王都にはないし、白狼族やその関係者を狙う敵も理由もなくなったからな」


 ロンキドさんはそう言ったが、正直、みんな馴染んでいたからな。寂しくなるな。あの賑やかな食事の時間もなくなるのか……。


「そんな顔しないの、ヴィゴ君」


 モニヤさんが天使の如く微笑んだ。


「また皆でいらっしゃいな。一緒に食事しましょ」


 じーん、と胸に響く。元プリーステス様は神にお仕えする職だっただけに、神々しささえ感じるぜ。


 同じ王都にいるわけで、お互いに何かあればちょくちょくお邪魔しよう、という話で落ち着いた。


 が、ここでひと騒動。


「わたし、もっと強くなりたいんです! アウラさん! いえ、師匠! わたしを弟子にしてくださいッ!」


 ニニヤが、アウラに頭を下げた。かつてアウラの弟子だったヴァレさんなんか、固まっているし、実の母であるモニヤさんも青い顔をしている。


「わたし、思い上がっていました! 魔法に関して、大人たちにも負けないって。でも、この前の王都に魔獣が出た時、わたしは何もできませんでした!」


 ……そういや、そうだったな。ブラッディウルフを前に固まっちまったんだっけ。周りが助けなければ、あの時大怪我か、あるいは死んでいたかもしれない。


「ワタシの修行は厳しいわよ?」


 アウラは、どこか突き放すように言った。


「修行中は家に帰れない。帰ったら逃げたと見なして二度と教えない。それでもいい?」

「覚悟の上です!」

「ニニヤ!」


 モニヤさんが声を張り上げた。しかしヴァレさんが止める。首を横に振る。アウラは獲物を見つけた肉食獣のような目を、ニニヤに向けた。


「ふうん、覚悟ね。ワタシは本人の意志は尊重する主義なのよね。やりたいならやらせる。失敗も許す。ただし逃亡は許さない。逃げたら、おしまい、それを肝に銘じなさい」


 ドリアードに転生した偉大な女魔術師は、ロンキドさんを見た。


「ワタシは、お飾りの強さに興味はない。弟子入りしたからには実戦で使えるようにする。ダンジョンにも連れ回すけど、構わないわよね?」


 ダンジョンと聞いて、ニニヤの顔が紅潮した。ビビっているわけではない。むしろやる気を感じさせる。


 が、ロンキドさんたち親からすれば、未熟な子供がダンジョンに行くと聞いて、不安にならないわけがない。


「死んでも責任は取らないわよ、ワタシ」


 アウラは淡々と言った。ますます青ざめるモニヤさんだが、ロンキドさんは静かに頷いた。


「教育はお任せします。ニニヤをよろしくお願いします」

「お父さん!」

「あなた!」


 対極的な反応だった。嬉しそうな顔のニニヤ。顔が強張るモニヤさんと、彼女の肩を叩くヴァレさん。


 ロンキドさんの表情は変わらない。しかしアウラのほうが、一瞬苦虫を噛み潰したような顔になったのを俺は見逃さなかった。


 ……ひょっとして、両親に娘の行動を止めてほしかったのかな、アウラは。


 つーか、ダンジョンに連れ回すって、それって俺たちリベルタのメンバーと一緒に行動するってことだよね。これは守ってやらねば!


 アウラが俺たちを見た。


「ということなんだけど、リーダーはどう思う?」


 暗に断ってくれ、という顔をしているのは気のせいか。偉大な魔術師らしく振る舞わず、最初から断ればいいのに。


 ことわってー、という目をしているモニヤさん。ロンキドさんは――何を考えているのかわからん。第一夫人のマリーさんは、我関せずであり、ウィルはどうなるんだ、と落ち着かないようだった。


「まあ、アウラは弟子に取るって言ったし、俺からどうこう言うことはないな」


 はい、逃げました。アウラさん、自分で言ったことの責任は取りましょうねー。


 アウラはダンジョンに連れて行くとはいったけど、クエスト内容によるだろう。やばいのが予想されるなら、リーダー権限で『連れて行かない』を選択すればいいだけだ。


 臨機応変にやっていけばいい。それに人間初めから上手くいくとは限らない。だがやってみないことには実際の経験は積めないからね。


 かくて、ニニヤを、うちのパーティーが預かることになった。



  ・  ・  ・



 さて、ニニヤは15歳ながら、優秀なお母さんたちから英才教育を施された結果、魔法に関して、すでに一般のCランク魔術師以上のレベルに達していた。


 火、水、大地、風の四大属性に加えて光、闇の魔術を使うことができる時点で、すでに天才ぶりを見せている。


 上級魔術師でも、属性の得意不得意があるから、六つの属性を使えるだけで、スカウトが来るレベルらしい。


「まあ、ワタシの弟子であるヴァレが教えたんだもの。それくらいできないとね」


 アウラが鼻で笑った。Sランク魔術師様いわく、これくらいできて当然と言わんばかりである。


 なお、習得レベルは初級魔法は完璧。いまは中級魔法に習得中で、上級魔法はまだ、という状況らしい。


 現状、格好だけ魔術師をしながら前衛の戦士を狙っているアウラと比べても完全に格下ではあるが、実はアウラにない治癒魔法が使える点では勝っていたりする。


 ニニヤの母モニヤさんは、元プリーステス。治癒魔法系統を得意とし、それは娘にきちんと伝授されていた。


 攻撃系魔術師かと思ったら、最大長所は回復役でした……何の冗談だ?


 まあ、攻撃魔法に関しては、すでに実戦級魔術師レベルなので、あとは度胸と経験さえ積めば、魔法で敵を薙ぎ払うアタッカーにもなるだろう。


 それでは、経験稼ぎに手頃な討伐系クエストをやろうぜ!


 俺たちは、入り口の修理がなされた冒険者ギルドを訪れたが……。


「ヴィゴさん、ギルマスがお呼びです」

「……はい」


 ギルド職員に声を掛けられた。また何かあったかな。こう直接呼び出される時って、大概邪甲獣が絡んでいる気がするが……。


 ギルマスの執務室で、ロンキドさんと顔を合わせれば。


「しばらく見ないうちに、邪甲獣ダンジョンが、とんでもないことになっていた」

「そうですか」

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