第46話、木人と木馬、そして馬車


 ルースと別れ、俺とイラそのまま家に帰った。


 シスター服のイラは俺に身を寄せたまま。俺も彼女の肩に手を回したままだったが、家につく頃、ようやく離れた。


「……俺、嫌な奴だったか?」

「いいえ」


 イラは首を横に振った。


「貴方には、彼を非難する権利があります。容姿の良し悪しで追放されたのです。貴方に落ち度などなかった」

「そうか。イラはどうだった? 一発くらい、あいつをぶん殴りたかったんじゃないか?」


 冒険者の流儀。裏切り者には制裁を。パンチ一発はむしろ軽いほうだが。


「いえ、ルースの衝撃を受けた顔を見られたので、満足です」


 戦場で見捨てられたことを思えば、本当なら殺したいほど憎んでもおかしくない。……まあ、あれだけボロボロのルースを見てしまうとな。


 あいつは再起できるだろうか? 冒険者ギルドに顔を出したとしても、懲罰が待っている。装備も金も家も仲間もなくして、ひとりでどうやって生きられるだろう……?


「ざまあみろ、というやつです」


 イラは言った。そうだな……。俺は頷いた。


「ざまあ、だな」


 俺たちは門を抜けて、帰宅した。



  ・  ・  ・



 居間を通り、1階テラスへ行く。庭にアウラがいたのを見たから、イラの件の報告をしようと思ったのだ。


「おおー」


 芝が綺麗に整えられていた。だが木で出来た、アウラ曰く玩具がいっぱいあって、むしろ目には賑やかだった。


「お帰りなさい、ヴィゴ」

「何かいろいろあるな」

「紹介するわ」


 ドリアードの魔女さんは、自分の作品を俺に見せた。


 木で出来た人形が数体。鎧とか飾れそうなラックを人型にしたようなそれは、『木人』という。


「ゴーレムみたいなものね」


 難しいことはできないらしいが、複雑でない作業なら助手代わりに使えるそうだ。


 そして木で出来た馬型。……文字通り、木馬。


「乗り物になるかなって思って」


 そう言うと、アウラは木馬の背に飛び乗った。


「この背中の太さが難しいのよ。どうやったら楽に座れるか。ヴィゴは三角木馬って知っている?」

「なんだって?」

「三角木馬。拷問道具なんだけどね。あれ先端が尖っているから上に乗るとキツイらしいのよ」

「だから……?」

「適度に大きくないと座れないってこと。かといって大き過ぎたら、それはそれで座りにくい」


 トコトコと木馬が庭を歩き出した。サイズがこの辺りでは一般的な馬はあるので、自然とアウラを見上げる格好になる。


「普通に鞍を乗せるのがいいんでしょうけど、その鞍に合うサイズがないとね」


 うーん、と木馬に乗りながら、アウラは腕を組んでいる。


「手綱っていらないの?」

「ああ、ワタシは念話でこのコを動かしているからね。でもそうね、アナタやルカが乗る時は、手綱での意思疎通も必要かも」


 大きさはともかく、見た目が木の玩具っぽい。これに町中で乗るには少し勇気がいるかもしれない。


「でも、遠出する時の足にはなるな」


 馬を飼うというのは手間も掛かるし、手に入れるのはもちろん、維持する食費なども馬鹿にならない。その点、アウラの作る木馬は、非常に楽に運用できそうだった。


「ただ、問題は、俺は馬の乗り方を知らない」

「そうなの? ま、そうね。貧乏人は馬に乗る経験ないかも」

「言い方ァ!」


 馬に縁がなかったのさ。アウラは、念話で動かしたというが、ある程度馬の知識がないと、こういうものは再現できないだろうから、普通に乗れるんだろうな。


 上級冒険者ともなれば、馬くらい乗れないといけないのかな……。


「そういえば、ルカは馬に乗れるみたいだった」


 亀型邪甲獣を倒した時、俺は彼女の操る馬に乗せてもらうことで、その足もとへ近づくことができたんだ。


「一応、馬車も考えてみたのよ」


 ドリアードらしく、木をふんだんに使った馬車もどきがあった。屋根のない荷車タイプや、屋根付きだが側面が空いている馬車などが、デンと並んでいる。いろいろ置いてあるように見える原因は、それだ。


「……馬車じゃないものも混じってるな」


 でかい木製の亀があった。馬車サイズのそれは、ご丁寧に甲羅の部分が、馬車のように乗れるようになっている。


「亀?」

「いちおう地竜をモデルにしているんだけどなー」


 ぷくっと、頬を膨らませるアウラ。ドラゴンの仲間だったらしい。亀などと言ってすまない。


 しかし四つ足で、甲羅のような背中を見れば、誰もが最初は亀って思うでしょう。


「ヴィゴさーん!」


 おっ、門のほうからルカの声がした。背が高い彼女は庭を囲む壁より頭ひとつ高い。


 どうぞ、と中へ招くと、俺に向かって頭を下げた。


「アウラさんに誘っていただいたのですが、私もこちらに住んでもよろしいですか?」


 そのことか、うん。


「部屋はあるから、ルカさえよければいいよ」

「ありがとうございます! それではお世話になります!」

「いえいえ、こちらこそ」


 丁寧な態度だと、ついこちらもそうなってしまうのは何故だろうね。


「あ、そうそう。実は、もうひとり、うちのパーティーにメンバーが入ったんだ」

「新しい人ですか?」


 当然、初耳だったルカは驚いた。


「ヒーラーだね。君も昨日会ってるクレリックのイラだ」


 そう言ったら、「あー」とすぐにルカは察したようだ。リーダー逃亡、負傷者だらけで、パーティーとして壊滅したと言っていいシャインの、唯一のメンバーだったからね、イラは。脱退手続きは済ませたらしいけど。


 ルカが神妙な表情を浮かべた。


「あんなことがあった後ですからね……」

「それもあるけど、彼女は個人的に俺に借金があって、その分、ここで働いて返すんだって」

「そうなんですか……」

「ん? 何か気になることでもあるのか、ルカ?」

「別に……」


 ルカは俺をじっと見下ろした。


「ヴィゴさんって、優しいですよね」


 うん? 何か含みがあるような言い方に聞こえた。ひょっとして、ルカさん、勝手に決めたから怒ってらっしゃる?

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