第39話、跳梁する魔獣


 ディーは白狼族の獣人だった。


 16歳。治癒術士。少女の面影の濃い顔立ちに白い髪と狼の耳を持つ。


 白狼の魂を守る一族に生まれたディーは、好戦的な同族の中では大人しく、臆病でさえあった。争い事を好まないディーは、肉体を駆使して戦う一族の仲間たちからは、あまりよく思われていない。


「臆病者! さっさと去れ!」


 アオガ――白狼族の弓使いが叫んだ。


「ここにいても、邪甲獣のエサになるだけだ! さっさと去れ!」

「で、でも……!」

「足が竦んでいるんだろうが! ……逃げる時くらい走れると思ったが」


 舌打ちする白狼族の若者。


「だったらお前はそこでじっとして、食われないよう祈ってろ! ノロマ!」


 アオガはディーを突き飛ばすと、その場を離れた。


「こいよ、化け物! オレはここだ!」


 岩陰に倒れ込んだディー。怖くて、怖くて、涙が溢れた。


 集落が黒い装束の戦士たちに襲われ、滅ぼされた。生き残った若者たちは、人間の国の王都カルムに身を寄せた。


 若者たちは一族がそうであったように、戦士として自分たちを鍛え、故郷の仇を取ろうと頑張った。


 戦士ではないものの、貴重な治癒術士であるディーも、同世代の若者たちに引っ張られる形で、冒険者となりダンジョンなどに連れて行かれた。


 そして今回、魔王と関係のある邪甲獣の話を聞き、若者たちは向かったのだが……。結果は悲惨そのものだった。


 仲間たちは、大蛇型邪甲獣とそのしもべである甲虫型邪甲獣と戦い、次々に命を落とした。


 ハクも、シラネも死んだ。時に罵りや呆れの声を浴びせてきた彼、彼女らも食われ、飲み込まれ、潰された。


「来いよ! くそ野郎! こっちへ来い!」


 アオガの声が遠い。怖い。立ち上がれない。歩けない。


 ふっと甲虫の足音が近づいた。顔を上げれば、そこには口を開けた邪甲獣がいて――


「~っ!?」


 悲鳴すらろくに上げられない。ボクは死ぬんだ――ディーは震えた。死にたくない。


 そして、目の前の邪甲獣が消えた。


 ――え……?


 代わりにいたのは、人間の男の人。剣を持ち、その一撃で甲虫型邪甲獣を叩き潰したのだ。


 ――知ってる。この人……!


 ディーは、彼を知っている。村が襲われ、避難した後助けにきた人間の冒険者ロンキドと一緒にいた若い人だ。


 名前は確か、ヴィゴ。



  ・  ・  ・



「2体目ェ!」


 丘陵地帯に邪甲獣と聞いてやってきてみれば、先にいた冒険者たちが戦っていたようだ。


 戦闘はしていたみたいだが、その姿はほとんど見えない。やられてしまったのだろう。


 くそっ。


 俺は魔剣を手に、周囲を警戒。


「大丈夫か?」


 女の子がひとり、岩陰で襲われているのを見て駆けつけたが……。返事がなくて一瞥すれば、白狼族の少女がいた。尻もちついて動けないところを見ると、腰が抜けたか。


 ……どこかで見た覚えがあるな、この子。あ、負傷者たちの前にいた白いローブの子だ。


 なるほど、後方支援系だから隠れていたんだな、理解した。


「まだ隠れていろ。ただし、ヤバイと思ったら逃げてくれよ」


 俺はそれを言い残して、次の邪甲獣へと走る。ルカが大剣ラヴィーナを手に掛けてくる。


「弓使いは?」

「駄目でした」


 甲虫型邪甲獣に囲まれていた白狼族の少年弓使いは助からなかったようだ。他は――


「アウラ!」

「魔法使いの子は保護したわ!」


 ドリアードの女魔術師は、地面から生えた木で壁を作ることで、岩壁に追い詰められたエルザを守っている。


 というか、木がニョキニョキ生えてるんですけど! これも木の精霊の力か。甲虫型邪甲獣が突き出た木の先端に貫かれて、串刺しになっている! これ魔法!?


 ここにシャインがいた。追放された元パーティーメンバーとこんなところで遭遇するとはね。胸の奥がチクリと痛んだ。


 クレリックのイラは、エルザのほうへ移動している。ルーズの奴の姿は見えない。ナウラも。アルマは……ゲッ、けっこう敵が近いところに倒れてる!


「ゾロゾロと……!」


 甲虫型邪甲獣が数体、シャカシャカと向かってくる。気味が悪いったらありゃしない!


「私がやります!」


 ルカが両手でラヴィーナを構えた。


「氷極の刃、駆け抜けろっ、ラヴィーナ!」


 渾身の振りかぶりからの一閃。氷の柱が無数に飛び出し、さながら雪崩のように向かってくる甲虫型邪甲獣をまとめて切り裂き、氷漬けにした。


「す、凄ぇ……。凄ぇよ、ルカ!」


 なに、魔法剣で本領を発揮したら、ルカってめちゃ強いじゃん! しかも『これくらい当たり前です』ってすました顔がクール過ぎる!


 とりあえず、俺は倒れている元仲間のアルマのもとへ走る。『気持ち悪いです』と面と向かって言われたのがくるものがあるが……それどころじゃないもんな! 俺ってなんて人がいいんでしょ!


「シャカシャカ人の前に出てくるんじゃねえっての!」


 突っ込んできた甲虫型邪甲獣を魔剣で叩き潰す。図体はでかいが、魔剣ダーク・インフェルノの直撃で文字通りペシャンコだ。地面にヒビが入るが、お構いなしである。


 それにしても、丘陵の裏はでかい穴だらけだ。この周りは奴らの巣じゃないかこれは。


 ズズズッ、と震動。そして左手方向の大穴から、大蛇型邪甲獣――前回ダンジョンで見た奴のさらに巨大な魔獣が飛び出してきた。


「マジかよっ!」


 左から右の大穴へと飛び込む邪甲獣。くっそ長ぇ。前の奴なんか目じゃない。あの時逃げた奴がここまで大きくなった? ……あんま考えたくねえけど。


 と、通過する奴の横っ腹に一撃ぶち当てようと思ったが、奴の体に張り付いていた甲虫型邪甲獣がボトボトと落ちてきた。


 だから、きめぇんだよ!


「ヴィゴ!」


 アウラが飛んだ。ドリアードの魔女の周りに魔法の発動。現れたのは太い丸太――丸太ぁ!?


 猪の体当たりの如く、飛んできた複数の丸太が甲虫型を潰し、また吹き飛ばした。魔法……物理?


「見せてちょうだい、ヴィゴ」


 アウラは、俺のすぐそばに着地を決めながら言った。


「アナタの魔剣の力を!」

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