第36話、アウラという魔術師


「ほぇー」


 ルカは居間の半分を占領している木を見上げて、改めて緑髪の美女アウラさんを見た。


「ドリアードですか。木の精霊の」

「そう」


 葉のような緑髪をかき分け、アウラさんは、自らが作り出したソファーなる椅子に腰掛けている。


 その格好は肩の出た東方風の衣装で、下はミニスカートのせいか全体的に肌面積多め。……少なくとも感性は若い。間違っても、ご年配要素は微塵もない。


 昨晩、聞いた話をルカとも共有する。それで、これからの話だけど。


「そうねえ、ワタシは家にいるのも飽きたのよね」


 どこか気怠けにアウラさんは言った。


「転生して、若く長生きできるドリアードになったのはいいけれど、動けないのでは意味がないわ」


 足を組み替える。綺麗なおみ足。


「でも、ヴィゴ君とダイ様のおかげで、ワタシは外の世界に出歩く方法を手に入れた!」


 本体のドリアードの木を収納庫に入れることで、この家の外だろうが、俺とダイ様が行くところ、どこにでも行けるようになった。ちなみに、ダイ様は俺がいないと動けないので、収納庫だけでは意味がない。


「聞けば、アナタたち冒険者だそうね。いいわ。ワタシをアナタたちのパーティーに加えなさい。伝説のSランク魔術師、アウラ・ルシエールが力を貸してあげましょう!」

「……どう思うルカ?」


 俺は、パーティーを組んでいる彼女に確認してみる。


「ルシエールさんは、ヴァレさんのお師匠様でもあるんですよね?」

「うん、腕については間違いないと思う」


 実は昨夜、お互いの紹介の後、建物内にヴァレさんが設置した警戒魔法を見て、アウラさんは機嫌が悪くなった。


『なに、このへったくそな魔法文字は!? いえ、待って……この癖のある字、覚えがあるわ――』


 そう言った後、アウラさんは弟子でもあったヴァレさんを思い出し、あれこれ昔のことを語りながら警戒魔法を新しくやり直していた。


 おそらく、このドリアードが、ヴァレさんが言っていた『ルシエール婆さん』で間違いないだろう。


「リーダーであるヴィゴさんは、どう思います?」


 俺が聞いているんだけど、リーダーとか言われちゃうと答えないわけにはいかないよな。……どっちが上とか決めてなかったけど、そういえば俺が代表みたいに事務やってるからリーダーでいいのか。


「俺としては、ありだと思ってる。俺は前衛だし、ルカは距離を選ばないオールレンジファイターだけど、基本物理アタッカーだからな」


 パーティーのバランスを考えると、魔法が使えるメンバーはいたほうがいいと思うんだ。


 俺も魔法を覚えたけど、まだまだド素人。伝説の魔術師なら、この物理コンビに欠けている部分を補えるだろうし、あわよくば魔法について教われるかもしれない。俺としては拒む理由がなかった。


「それにこの家、元はアウラさんのだし、これで避けるってのは無理だと思う」


 好意的なら、そのほうがいい。たぶんアウラさんとは同居することになるだろうし。


「なら、それでいいと思います」


 ルカは同意した。そこで、ダイ様がムスッとした。


「お主は我には聞かないのか?」

「反対?」

「いいや」

「じゃあそれで」

「早っ!?」


 ダイ様のご了承もいただけたので、俺はドリアードの魔術師に向き直った。


「よろしくお願いします、アウラさん」

「んー、そのアウラ『さん』は止めて。せっかく若くなったのに、年上扱いされるのは面白くないわ」


 ルシエールさんも、よ?――とルカを、アウラさん……アウラは指した。


「いい? 仲間なんだから、呼び捨てでいいわ。ワタシもそうするから」

「わかった」


 年上扱いって言うけど、今の若い美女姿も20代半ばくらいで、俺らより若干年上っぽいんだけどな。お姉さん!


 少なくとも、この人の前で年齢ネタは禁句だろうな、うん。


「じゃあ、よろしくね!」


 アウラは元気よく言った。



  ・  ・  ・



 アウラがパーティーに加わることになった。彼女も改めて冒険者になるということで、冒険者ギルドで登録することになった。


「そういえば、アウラのその装備って――」


 俺は、ドリアードさんの姿を改めて見る。魔女を思わすつばの広い三角帽子。服装は先ほどと同じ東方風の衣装とミニスカート。足元はロングブーツで、どこか開放的魔女風味が強い。色合いは緑メインに黒と、その辺りはドリアードを感じさせる。


「あー、これ? 全部魔力で作ったのよ」


 服など家には残っていなかったのに、ちゃんと着ているから不思議に思っていたのだ。


「魔力で?」

「そ。だから、衣装や装備も自由に変えられるのよ」


 魔女っ子帽子の色が、赤、青、黄と次々に切り替わる。それを目撃した王都の住民が手品かと目を奪われている。


「凄いですね」


 ルカが素直に驚いている。アウラはウィンクを返した。


「ありがと。ワタシくらいになると、これくらい造作もないわ」


 さすがSランク冒険者にして伝説級の魔術師。痺れるねぇ。


「俺も魔法を覚えたてなんだけど、教えてもらっていい?」

「いいわよ。ドンと聞きなさい!」


 そうこう言いながら、王都冒険者ギルドへ。フロアにいる冒険者たち。近くの者が、さっそく美人であるアウラへと視線を向けている。


「うーん、さすがに久しぶり過ぎて、雰囲気変わっているわねー。知らない人ばかり!」

「楽しそうだね」

「そりゃあもう。今は歩き回れるのが楽しくてしょうがないわ」


 十年も同じ場所に留まり続ければ、勝手知ったる王都カルムも違って見えるようだ。


「じゃあ、さっそく登録しましょ。ヴィゴ、ルカ、ついてきて!」

「付き添いいる?」

「連れないわねぇ。同じパーティーメンバーになるんじゃない。いないと困るわ」

「そうでした」


 じゃ、さっそくカウンターへ。受付嬢が俺に気づいた。


「あ、ヴィゴさん、おはようございます。ギルドマスターが、来たら呼べと言っていました」


 また? 前もそんなことがあったな。


「わかった。でもその前に、この人の冒険者登録と、パーティー加入申請の手続きやってもらっていいかな?」

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