第26話、ギルドに帰ったら


 冒険者ギルドに戻ると、いつもより騒々しかった。

 チャルラタンが、近くの冒険者に問うた。


「どしたの?」

「邪甲獣ダンジョンの最深で邪甲獣が群れで現れたんだと」


 その冒険者は答えた。


 フロアで治癒魔法をかけてもらっている負傷者と、それを取り巻く野次馬がいる。


「怪我人多数だってよ。複数の冒険者がまだ戦っているが……どうなってることやら。腕利き集めて救出隊を編成するとかって話になってる」

「その必要はねえよ」


 チャルラタンが歩き出す。アストゥが、その冒険者の肩を叩いた。


「オレたちが、そのまだ戦っていた冒険者だ」


 最深部からの帰還者である俺たちの登場に、ギルマスのロンキドさんもやってきた。先に退避していた冒険者や救出隊の面々に状況説明をする。……主にチャルラタンが。


「――とにかく、現時点で救出隊は不要だということだな」


 ロンキドさんの言葉に、集まっていた冒険者たちが解散する。行かなくていいなら、もう話を聞く必要はない、ということだろう。何かの予定を変更して加わった者もいたかもな。


 残ったのはダンジョンに仲間を残し、先に離脱していた者やその戦友というところか。


 倒した邪甲獣の死骸と、回収した戦死者の遺体確認のため、ギルドフロアから奥の倉庫フロアに場所を移す。


 魔剣の力で回収したそれらを並べると、大蛇型邪甲獣が六体に驚く者と、変わり果てた姿の仲間の姿に悲しむ者たちに分かれた。


 同じパーティーだった者の遺体を見るのは辛いよな……。俺とルカは無事だったけど、仲間を亡くした者たちの叫びや悲しみが伝染して、陰鬱な気分になる。


 分け前がどうの、とギルド職員に言っているアストゥをよそに、俺はロンキドさんに呼ばれた。


「大変だったな」


 ロンキドさんが労ってくれた。


「いえ。ここ最近疎かったんですけど、いつもこうなのですか?」

「いや。ここまで酷いのは初めてだ」


 眼鏡のズレを直しながら、ギルドマスターは言った。


「邪甲獣が出た、と死傷者が出るのは珍しくはない。それくらい危険な相手なのだが、今回は特に酷かった。群れが確認されたのは初だ」

「そんな日に出くわすなんて……」


 運が悪い。俺は思ったが、ロンキドさんは首を横に振る。


「いや、お前がいてくれてよかった。でなければ、死傷者はもっと増えていた」


 最深部にいた者たちはおそらく全滅し、救出隊として駆けつけた者たちも、どれほどが犠牲になったか想像がつかない。


「それに、あいつらも連れ帰ってくれた。死亡した冒険者たちの遺体は、なかなか持ち帰れないからな」

「さすがに食われてしまった人たちは無理でしたが……」


 連れ帰った遺体にしても、五体満足の者ばかりではない。冒険者は過酷な職業だ。


「で、お前、何体仕留めた?」

「ルカとの共同で六体ですね。……四体分は、まだダイ様に収納してもらっています。倒したのは俺らだけじゃないんで」

「……全部で十体か」

「逃げた奴もいたんで、それ以上ですね」


 最後まで最深部で戦っていた生き残りには、ひとり一体で買い取るなりして貰えるといいんだけど。俺が言えば、ギルマスは「わかった」と頷いた。


「邪甲獣はどうだった?」

「強かったですよ」


 魔剣ダーク・インフェルノの超重量パワーで仕留めたようなものだから。


「あ、そうそう。奥様方に後でお礼を言わせてください。魔法を教わったのですが――」

「ヴァレから聞いている。弟子に欲しいと言っていた。ニニヤが拗ねていた」


 娘のニニヤちゃんには、初見で俺に魔法のことを聞いて、俺が使えないって答えたんだった。だから拗ねたのは、俺が魔法を使えるようになってヴァレさんがベタ褒めしていたからかもな。


「魔法は通用したか?」

「いえ、邪甲獣には俺の半端な素人魔法は効きませんでした。ただ、持てるスキルで魔法を持てるって経験がなければ、邪甲獣のブレスを持った際にまごついて、やられていたかもしれません」

「ブレスを持った?」


 ロンキドさんは口元を笑みの形に歪めた。


「妻たちからお前が魔法を持ったと聞いてなければ信じられなかったな」

「偶然手に収まっただけなんですけどね。命拾いしました」

「何にせよ、頼もしい」


 真剣な顔で、冒険者たちを遠巻きに見守る。


「今日は大勢死んだ。こんなペースでやられたのではたまらない。……頼りにさせてもらう」

「どうも」


 邪甲獣の解体、処理のため、討伐報酬は翌日ということになった。死骸を丸々持ち帰ったことで、その買い取りも含めて報酬額が増えると聞いて、最深部生き残りは誰も文句を言わなかった。


 ただ、自分に都合のいい無神経発言を繰り返すアストゥには、周囲もうんざりしていたが。


 解散となり、さすがに疲れたから帰り仕度をしていると、ゴランがやってきた。


「礼を言う。あんたとそちらの女戦士にも。最初に手を差し伸べてくれたのは君だ。ありがとう」

「いえ、そんな……」


 ルカは答えたが、どこかぎこちない。まだ落ち込んでいる風に見えた。


「ヴィゴ……この借りは必ず返す」

「その時はよろしく」


 あまり過大な期待はせずに待つよ。期待し過ぎてガッカリするのも馬鹿らしいし、変に遠慮するのも失礼だからな。


「あんたには世話になったなァ」


 チャルラタンが声を掛けてきた。


「またどこかで、一緒に戦おうぜ。サンキュな」


 アストゥを除く連中は、何かしら一言言って別れた。


 何はともあれ、今日の働きは評価されるんじゃないかな。ランクアップにどれくらい功績が必要かはわからないが、それなりに稼げたと思う。


 俺とルカはギルドを後にした。ずっと彼女に元気がないのが気になる。


「なあ、ルカ、本当に大丈夫か?」

「え……何です?」


 心ここにあらず、か。


「悩みがあるなら、聞くよ?」

「いえ、悩みというか、今日うまくできなかったですから。反省してます」


 悪いところはなかったと思うけどな……。ルカは、真面目っぽいから、結構責任感があるタイプなのかもしれない。


「あんま思い詰めるなよ。そうだ、何か美味いもん食いに行こうぜ。腹が減ってきた」

「そうですね。行きましょうか!」


 少し元気が出たようだった。このコ、体が大きいせいかよく食べるもんな。

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