花の君は、さようなら

園芸部の朝は早い

雑草を取り除いて植物たちの状態を見る

虫がついていたら取り除いて

無農薬を目指しているから

テレビで見た手作りの虫除けを

霧吹きで全体に行き渡るように噴射して

根腐れしないよう土を手に取り

固まるか、手からこぼれるか試す

さらさらだったら多めに水をやって

大きな塊になったら

スコップの先で土の表面を切るように耕した

野菜も始めたから見ることも習うことも多い

「これ、食べれるの」

声をかけられたのは、朝

汗をかいた額や首筋を拭きながら聞いてきた君

可愛くて花のようだと評判な君

「……あ、え、食べられる、ように育ててる」

「あ、そっか。そうだよね」

「うん」

初めて会話して、突然だから声が上ずった

なんで話しかけられているんだろう

ちょっとした沈黙があって花の君は言う

「いつもさー朝早くにいるからさ、花もさ

 園芸部って幽霊部員ばっかって聞いてたし

 見かけるのもアンタだけだし」

そう私以外は幽霊部員で花壇も野菜の手入れも

先生に習いながら、私がやっている

「花さ、綺麗に咲いたら華道部にあげてるじゃん」

え、と思って顔をあげた

そんなこと、華道部の部員か先生しか知らないのに

ただ、咲いたあとに枯れるのもあれだからって

華道部や職員室とかに飾っていて

普通の人はしらないはずなのに

「知ってる? アンタ、花の人って言われてんの」

「……う、ううん」

「……まー、だよね。うん、アンタ、友達少なそうだし」

うっと詰まって下を向いた。確かに友達は少ない、というより、いないでいい

「なん、なんでお花のこと知ってるの」

「あっ、えー、あー、その華道部に友達……違う、ごめん」

「え?」

「見かけるから。花の人って言われてて、なんて言うか可愛いし

 ……話したかったから、こう、チャンスを」

花の君は顔を赤くして、うっと詰まっていた。あれ、なんだろう

もっと華やかな人だと思っていたけれど、

「友達になってくれないかなーて、ずっと思ってて」

目の前の花の君は、花壇の中に一際綺麗な花だけれど、それは多くの中の一つだった、みたいな

普通の人だって思った

「……はずい。じゃあ! また!」

「あ、あ、待って! 明日も! 明日もいるから!」

走って行く彼女の背に向かって叫ぶと、走りながら振り向く花の君は驚きから喜びの顔になって

手を振ってくれた

あの子が花の君で、私が花の人

でも私たちは普通だ。きっと普通

『友達』という響きは私にとって嬉しくて、どきどきした。

花の私たち、さようなら

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