第10話 黒蜥蜴
「え……君が作った、アイテムを?」
若干困惑するライナス。
「そう。すでに、私が作ってくれていた『シルバーランタン+1』、使ってくれていたでしょう?」
「あ、確かに。あれは便利だし、一緒に冒険に出てくれてた仲間達も、絶賛していた。スケルトン程度の魔石一つで、2時間ぐらいは照らせるぐらいに充魔できるし」
「そうでしょう? 節魔の魔法陣、結構頑張ったんだから」
そう言って胸を張るミク。
「えっと、じゃあ……君は、どこかの工房で見習いしてたんだ?」
「見習い? ううん、十三歳から、私が主任技師だったのよ!」
少し頬を膨らませるミク。そう言われても、ライナスにはピンと来ない。
「冒険者であるライナス君には、すぐには分からないかもしれないけど……でも、少しは想像できるでしょう? 剣でも、若くして天才的な剣技を身につけた子供が出てくることがあると思うの。でも、魔法の世界はもっと極端で……魔法陣なんかは、その発想と理解力、応用力、想像力さえあれば……うーん、一言で言えば、絵画みたいなものかな? すごく上手な人がいるの。ミクもそんな感じよ」
そう言われても、目の前の、同い年の彼女が、かつて見たことのある「魔導コンポ」を高度に組み込んだ武器や防具を作れるとは思えない……いや、あのランタン程度ならば、既存の技術を組み合わせれば、できなくもないのか。
「あ、ライ君、疑ってるね……いいわ、見せてあげる。ちょっと待っててね!」
ミクはそう言うと、機嫌よさげに店の奥に引っ込んでいった。
「……ミク、すごく嬉しそう……なかなかこの店に、ライナス君みたいなカッコいい、若い男の子が来ることは少ないから、張り切っているのね」
「そ、そんな、僕なんか……ミクさんこそ、あんなに可愛いんだから、店番するだけで人気が出そうですけど……」
「あらっ!」
ライナスの言葉に、メルが大げさに反応した。
「ライナス君、ひょっとして、ミクのこと気に入ってくれた?」
「い、いえ、その……気に入るとか、そう言うんじゃなくて、その……気さくで話しやすくていいな、とは思いましたけど」
「それを気に入っているっていうんじゃないかしら。ライナス君、今付き合っている彼女とかいるの?」
なぜか、メルも目を輝かせて切り込んでくる。
「いえ、そんな人は……いませんけど……」
「じゃあ、ちょうど良いかも。同い年でしょう? ミクも、ずっと『素敵な彼氏がいたらなあ』って言ってたから……」
「い、いえ……僕なんかじゃ……」
ライナスはそう言いながらも、顔が熱くなるのを感じていた。
「照れちゃって、可愛いわね……まあ、あとでミクにどう思ったか聞いておいてあげるね」
その言葉に、ライナスは返答に詰まった……余計なお世話だ、とは思わない自分がいたからだった。
「……あ、でも、メルさんもすごく美人ですよ! それなのに、あんな……」
「あ、それ以上は言っちゃダメ。このお店にも、ほかのお客さんが来ることがあるから……あの迷宮での出来事なら、貴方の胸の中にしまっておいてね……まあ、美人って言ってくれたのは嬉しいわ。ありがとね」
相変わらず笑みを浮かべてそう口にするメル。その表情にも、少し心を奪われる。
と、そのとき、
「じゃーん! お待たせしました! 自慢の『黒蜥蜴』、着てきました!」
相変わらず元気な声と共に、ミクが店の奥から姿を現した。
かなり大きめの白いシャツを着ており、その下に、長袖の黒いインナーを着込んでいる。
下半身も、上の方は長い白シャツに隠れて見えないが、足首まで伸びる、真っ黒なストレートパンツを履き込んでいるようだ。
「ちょっと体型が分かっちゃって恥ずかしいから白シャツ着てるけど、この下に着込んでいる黒い上下の服が、私が開発した魔導コンポ搭載の特殊インナーなの。耐衝撃、耐刃、対攻撃魔法、耐熱、耐冷、耐火、温湿度調整までこなしてくれる超優れものなの! ……もっとも、元々の素材の特性を強化しているのと、後は魔力による保護機能を付けただけだけどね!」
一度聞いただけではよく分からないが、どうやらその黒い上下のインナーを、彼女が作ったと言いたいらしかった。
それよりライナスは、彼女が右手に持っていた大きな包丁の方が気になり、そちらを見てしまった。
「あ、こっち? これは単なる、安物の牛刀。料理に使おうかと思って買ったけど、その機会がなくて……って、そんなことより、ちょっと見ててね!」
ミクはそう言うと、自分の左腕をカウンターテーブルの上に置いた。
指先まで、黒色の手袋で覆われている。
何をするのか、と少し不安に思っていたライナスだが、彼女が勢いよく右手に持った牛刀の刃先を左腕に振り下ろしたのを見て、仰天した。
「危ないっ!」
思わずそう叫んだ彼だったが、その黒いインナーの上に薄く、青い光……蜂の巣の断面のような、六角形が並ぶ薄い膜が発生し、牛刀の先端を食い止めているのを見て、もう一度驚いた。
「これは……『魔力結界』!」
この街に来て一度見たことのある、魔導コンポにより強化された防具が発する、衝撃を防ぐ機構だった。
防具屋が大勢の客の前でデモンストレーションとして見せたものだったのだが、それは大きな盾で、槍の激しい一突きを防いだときに発生したものが今と同じ、青色の六角膜状の結界だった。
そしてその盾の価格は、五百万ウェンを超える価格だった。
「そう、その通り。それを、この柔らかい素材のインナーに付与することに成功したの! 同様のものが、無いことはないけど……多分、手軽に、全身にそれを展開可能なのはこれが世界で初めてだと思うよ! 強度も、耐刃性能に関しては通常のチェインメイル以上で、耐衝撃性に至っては……ああっ! 牛刀の切っ先、欠けちゃった!」
別のことを嘆くミクだったが、ライナスは驚嘆していた。
自分と同い年の少女が、こんな大発明をしたというのか?
目を見開く彼の様子に、メルが気づいたようだった。
「それがどれだけすごい発明だって、気づいてもらえたかしら? もしこれが実用化されて、この店に並んだとしたら……通常の防具の下に着込んで、防御力の底上げも期待できるし、かさばらず、体力のあまりない人でも気軽に着込める。その利便性からも、数百万……ううん、一千万ウェン近くしてもおかしくない一品。……もっとも、一般のお店には並ばず、まずは騎士団に正式採用されることが、既に検討されているみたいだけど。数があまり作れないから、団長クラスがまず使うことになるかしらね」
「き、騎士団に正式に!? そんな商品作れる工房があったとしたら、それこそ大貴族が支配する有名なブランド……」
と、そこまで言ったときに思い出した。
彼女達は、「貴族出身」だということを。
「じゃあ、ミクは……いえ、貴方達は……」
「魔導具専門ブランド、『クリューガー』家の出身……これも、秘密にしておいてね」
事もなげにいうメルの言葉に、唖然とするライナス。
そして、まだ欠けた牛刀の切っ先を悲しそうに見つめるあどけないミクの横顔に、彼はまた別の意味で鼓動が高鳴るのを感じていた。
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