第3話 窮地
ライナスは焦っていた。
イフカ近郊の遺跡群のなかでも、難易度は低めで、大して強くない妖魔が、数だけは大量に出現する「ウゴンダの迷宮」を攻略していた。
まだイフカに来て日の浅い彼は、冒険者ギルドで手練れのハンターを仲間にすることができず、仕方なく「星を持たない」自称冒険者達と共にこの迷宮を訪れたのだ。
正確に言えば、彼らの「護衛」の依頼をライナスが受けた形だったのだが、星一つ持っているプロハンターの彼が、六人パーティー全員で得た報酬の3分の1を受け取る契約内容となっている。
また、ライナスにとっても、イフカの迷宮への案内役は必要だったので、互いの利害が一致していた。
剣士である一回り大きな体格のライナスの他に、同じく剣をメインに戦う一つ年上の青年が二人、メイスを扱い、治癒魔法のロッドを持つあどけない顔の、ライナスの一つ年下の少年、そして魔導ロットを主力武器とする、治癒術士と同じ歳の少女二人だ。
自称、とはいえ、この辺りの土地勘に詳しい男女五人の彼、彼女たちは、まずライナスを初級者向けのこの迷宮に案内する、という役割を無難にこなした。
また、ライナスと歳が近いこともあり、すぐに打ち解けることができた。
出現する魔物達は、オークやゴブリンといった低級の妖魔であり、そのほかは希にスケルトンなどの弱いアンデッドモンスターと出くわす程度。案内役のメンバーだけならともかく、一ツ星ハンターのライナスにとってはやや物足りない相手だった。
そんな彼の強さを知った五人は、やや難易度の上がる地下五階へと誘った。
ライナスもそれを受け入れ、冒険を進めたのだが……突然、大量のスケルトンが出現し、さらにはまるでそれらを率いているかのような六本腕の巨大妖魔まで現れたのだ。
案内役の男女五人はパニックとなった。
ライナスはなんとか巨大妖魔に立ち向かい、仲間達を後方に逃がすことに成功したが、その手数に圧倒され、そして取り巻きのスケルトン軍団にも追撃され、命からがら迷宮内の一室に飛び込んだのだ。
かつて何かの倉庫にでも利用されていたかのような、縦横二十メートルほどのその部屋だが、入り口に鍵のかかる丈夫なドアがある以外は、単なる石造りの空間が広がっているだけだ。
おそらく、実際に超魔道国家時代に倉庫のような用途に使われていたのだろうか、もう何十年も前に攻略されつくしているこの迷宮、めぼしいアイテムはすでに運び出され、残っていない。
つまりこの部屋は、今となっては単なるモンスター襲来時の一時しのぎにしか使用できない空間だったのだ。
丈夫な扉のカギは内側からしか掛けられないようで、スケルトンたちはガンガンと扉を何か――おそらく、手にしている短刀や盾――で打ち付けているが、金属製の扉はびくともしない。
このままここで時を過ごし、バケモノ達が撤退するのを待てば脱出できるだろうが、なかなか退く気配がない。
長期戦を覚悟したが、そうも言っていられなかった。
男女五人の仲間のうち、四人がスケルトンの攻撃により、毒をうけていたのだ。
傷自体はたいしたことはなかったのだが、治癒役が持つ杖の魔道コンポのレベルでは解毒することができない強毒だった。
ライナスは中級の解毒薬を持っていたのでそれを分けたのだが、一人分、どうしても足りなかった。
みるみる顔が青ざめ、震え出す剣士の少年。
心配そうに彼に声をかけ続けるのは、その少年の恋人だった。
今、強引に打って出ても、おそらく自分の力ではスケルトン軍団を突破できない。
運良く、すり抜ける事ができたとしても、街まで戻り、解毒薬を入手して、そしてまたこの部屋までたどり着くまで彼の命が持つとは思えなかった。
この絶望的な状況の中、彼は、一つのアイテムの存在を思い出した。
アイテムショップ「魔法堂 白銀の翼」にて、半ばお守りとして一万ウェンで購入した、悪魔を召喚するという話のマジックアイテムだ。
これを使用すると、その悪魔に百万ウェンを支払わなければならないという話だったが、それで彼の命を助けられるなら安いものだ――。
そう考えたライナスは、躊躇せず、自分の右腕に装着したその細い銀の護符に左手の指を添え、そのまま両腕を上に上げて、教えられていた言葉を唱えた。
「今、我が掲げし護符の契約により、馳せ参じよ! シルバーデーヴィー!」
……しかし、数秒間反応がなかった。
やはり、これは単なるお守りで、彼女が言うような効果などなかったのか……。
そう考えた刹那、銀の腕輪から、真っ赤な光が辺りを一瞬照らした。
目を眩ませたライナス。
一体何が起きたのか理解できないまま、さらに十秒ほど経過した。
「……い、今の……一体何だったの?」
少年を介抱していた少女が、目を丸くしてライナスに尋ねた。
「いや、僕も分からない……聞いた話では、敵を殲滅してくれる悪魔を呼び出せるということだったんだけど……」
ライナスも困惑していた。
と、そのとき、彼等の目の前の空間が、ぐにょん、と歪んだ。
そしてそこから、丈夫さと機能美を両立させたような長袖、長ズボンの防護服を纏い、大きなリュックを背負った一人の女性が、石造りのその部屋に飛びこんできた。
「ご利用、ありがとうございます! 『白銀の悪魔』こと、私、メルティーナがピンチをお救いします!」
笑顔を称えてそう語るのは、ライナスがつい数日前に会ったばかりの、「魔法堂 白銀の翼」オーナー、メルだった。
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