#15 表情

#15 表情


土曜日。


「本当に行くの?」


「うん、行ってくる」


お父さんに会いに行くことを決めてから数日が経った、その間何度もお母さんも一緒に行こうと提案されたが断った。


「やっぱりお母さんも一緒の方が..」


「もー、大丈夫って言ってるでしょ」


強がりだ。本当は不安でいっぱいだしお母さんがいてくれれば心強い。でもこれは私の事だ、自分が自分でいるために今日は独りで行くと決めた。それに気持ちの上では独りじゃない、自分を勇気づけるために今日は深結の一番お気に入りの服を着た。それは紗奈に選んでもらって颯太とのデートに来て行った服だ


「行ってくるね」


「..いってらっしゃい」


お母さんは笑って送り出してくれたけど、どこか不安そうだった


普段はほとんど乗らない路線の電車に乗って知らない駅で降りて今度はバスに乗る....



「ついた..」


深結は辿り着けたという達成感と不安が混ざって複雑なため息をつく


少し怖気付くもすぐに気を取り直してインターホンを押した


「はい..っ深結!」


「久しぶり、お父さん」


何故だか照れくさくて少しだけ顔を俯けた


「どうして急に?!...」


かなり驚いているようだ


「会いたくなったから、会いに来たんだよ」


深結は顔を上げてにこっと笑った。


「みゆ......」

「...取り敢えず、家..入るか?」


「うん!」


家に入って茶の間に座るとお父さんが冷たいお茶を出してくれた


「どうして..会いに来てくれたんだ?...俺のせいで深結は..」


「自分の過去を受け入れてあげたいから」

「大切な人と出逢って決めたの」


数秒の沈黙の後


「本当にすまなかった」


お父さんは深く頭を下げた


「俺は愚かだった。幸せにすると誓った人、最愛の娘..全てを壊した、俺はもう............」


「大好き」


下を向くお父さんをそっと抱きしめた。曲がりなりにも深結は女子高生、思春期だ。そんな子が父親に抱きつくのはめずらしい話かもしれない、でも良かった。私は私だから、周りに合わせる必要なんてない。


「深結は強い子だ」


「それはお父さんに似たの」


ここにくる前にお母さんに訊いた、どうしてお父さんを好きになったのか、どういう人だったのか。



お父さんといっぱいお話をした


紗奈のことも颯太のことも話した。


お父さんの話もたくさん聞いた


仕事のこと、お母さんとのことも




「じゃあまたね」


「またいつでもおいで」


「うん!また来る」


手を振ってから歩き出す、しばらくしてお父さんが見えなくなると深結は立ち止まってスマホを開いた


"お父さん、すっごく良い人だったよ"


そうお母さんにメッセージを送った


深結の知ってたのは大嫌いな父親だった。でも今は違う、優しいお父さんだ。前のお父さんが嘘だったわけじゃない、深結が変わったようにお父さんも変わったんだ




帰りの電車の中で深結は自分を振り返った


紗奈は独りだった私の親友になってくれた。

颯太は自分のことが大嫌いだった私を好きになってくれた。


ふふっ。小さく笑みが溢れた。


電車を降りて歩いて人気のない道になると


「私って幸せだなー!!」


思いっきり叫んだ


「良かった良かった」


聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた


深結は反射的に両手で口を塞いだ


"聞かれた!?"


脳裏をよぎる。ゆっくりと振り返ると


「深結がそう感じでくれたなら、僕も幸せだよ」


颯太がいた。


「どっ..どうしてここに」


「さっき偶然駅から出てくるところが見えたから声かけようと思ったら急に叫ぶからびっくりしたよ」


「へへ〜、ごめんねー」


深結は照れ隠しをするように謝った


「まあでも、自分が感じてる幸せって意外と気づけないから。深結はすごいよ」


「.....」


深結はそっと颯太に歩み寄ってからゆっくり顔を上げる


「また、泣いちゃった」


深結の泣き顔はどこか笑っていた


「泣いてる深結も可愛いよ」


「もー、ばかにしないでよー」


深結は涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠すように颯太の胸にうずくめた。


颯太のシャツをぎゅっと握ると颯太は深結の背中に手を回した


「本当はね、ずっと怖かった。昔のままだったらどうしようって..」


お父さんに会いに行くことは紗奈とお母さんにしか伝えてない。颯太からしたら深結が何を言ってるのかよくわからないだろう


「私だって人間だから、どうしようもなくなったらこうやって泣くしかないの.....だからこれからも..」


「もちろん、好きなだけ泣け」


やっぱり、颯太のことを好きになって良かった。そう思った。勢いよく涙を拭って顔を上げる


「ねえ颯太、キスしよっか」


颯太驚いている様子だった。まあ無理もない。


「そんな..ほら、、心のじゅ.....」


言いかけた颯太の口を深結が塞いだ。


「照れちゃって、可愛いっ」


颯太といると安心する。自分でいられる。


「ちょっ..急に...!..」


また言いかけた口を再び深結が塞ぐ


「もー、うるさいお口だな〜」

「じゃあ私ん家行こっか」


颯太の頬が少し赤くなる


「もしかして、想像しちゃった?」


小悪魔笑顔で言うと颯太の顔はより一層赤くなった


深結は背伸びをして耳打ちをする


「今日くらいは悪い子でいさせて」


耳から顔を離すと、ふふっと一回笑った


「じゃあ行こっか」

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