#8 勇気

#8 勇気


「みーゆっ」


背後から声が聞こえてきて振り返ると、お母さんがいた。


泣き顔を見られたくなくて目を逸らすと後ろから抱きしめられた


「良いよ、目を合わせなくて」


「お母さんは私のこと嫌い?」


「大好き」


「お母さんは私のことどう思ってるの?」


「私と似てるなーって思ってる」


「どこが?」


「私も深結くらいの年の頃に家出したことがあってね、もう全てがどうでもよくて死にたいわけじゃないけど消えてしまいたいって感覚。きっと今の深結もそうなんじゃないかな?」


図星だった。


「.......うん」


やっと出た言葉にお母さんは優しく微笑んでくれた


「その時..お母さんはどうしたの?」


「独りになった」


少し前の深結も同じことをした。


「このまえ深結も同じことしてて、私も昔同じことしたなーって思い出したの」


「.......」


なんて言えばいいかわからず沈黙していると


「深結って好きな子いないの?」


顔が熱い。悩んだ。思いっきり突き飛ばしたのに"好き"なんて言っていいのか


「いるんだね」


見抜かれた。


「あなたのことずっと見てきたんだから、それくらいすぐ分かるわ」


「う...うん」


「どんな子?!写真見せて!!」


深結とは裏腹にテンション高めに食いついてきて動揺する


「えっと..えっと...もう寝るからっ!お休み!」


逃げるように部屋に戻った。


心臓がどきどきする、枕に顔を押しつけて脚をバタバタしているうちに疲れていたのか眠ってしまった。



「ん、うんー」


眠い目を擦って時間を確認するといつもより20分ほど早く目覚めていた。


ゆっくりと朝ごはんを済ませて、学校の支度を始めた


いつものように鏡の前に立った。でもやることはいつもと違う。可愛いヘアピンをつけた。


成瀬君に可愛く見られたい。そう思ったからだ。


「おはよう」

「おはよー」


いつも通りまだ眠そうな紗奈と待ち合わせして登校する。


「そのヘアピン可愛いね」


「ありがと..」


昨日のことで上手く話せない


「あのさ..昨日の、成瀬君に話してみない?って...言ったじゃん。あれさ、、」


紗奈は言葉を選んで慎重に話しているように見えた。


何が言いたいのか深結もすぐにわかった


「うん、話そっかな」


何かに胸を締めつけられる


「やっぱり好きなんだ、成瀬君のこと。だから...嘘をつきたくない」


「そっか!」


紗奈は私のことを受け入れてくれる


「ずっと訊きたかったんだけど、どうして成瀬君のこと好きになったの?」


「ふぁっ!?」


深結は思わず変な声が出てしまった。恥ずかしくて両手で顔を覆った。


「青春だね〜」


紗奈に茶化されて深結は少し赤らんだ頬を膨らませた。


「でもすごいよ、深結は」


急に真面目になる紗奈に深結は笑ってしまった


「もー!!なんで笑うのっ!」



いつもこうだ、気がつくと二人で笑っている。それが幸せだった、ずっとこうしていたい。だから怖いんだ、前に踏み出すのが。



「じゃあまた後で」

「うん、じゃあ一旦またね」


二人はいつもクラス前の廊下に差し掛かるとそれぞれのクラスに別れて行く。


「おはよう、深結」


成瀬君だ。


「お..おはよう、成瀬君」


頑張った。頑張ったぞ私。心の中で自分に言い聞かせた


「それ、似合ってるぞ」


成瀬は深結の髪を見ながら言った。


「あ、、ありがとう、、」


照れくさくて上手く言えてないかもと思いながらも話せたことが嬉しかった。


昨日のことちゃんと謝らなきゃ。その気持ちが頭の中で飛び交っている。


予鈴が鳴って周りがざわざわとし始めてから深結も授業の準備を始めた


「言えなかった」


誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた


今まで感じたことのない感情に苛まれていても周りはいつも通りに時間が流れている。



「誰かこの問題わかるかー?」


先生の言葉なんて耳に入らない。


深結はとても授業に集中できる状態じゃなかった。


いつ?どこで?どうやって言えば良いの?


そのことだけを考えていた。



「深結、今日の放課後職員室に来てくれ」


その言葉でふと横を見ると先生が立っていた。それで、もう授業が終わっていたことに気がついた。


「はっ..はい」



なんとかお昼休みまで耐え抜いた深結は紗奈のところへと向かう。


「今日はどこで食べる?」


紗奈はいつも通りに笑いかけてくれる


「人が少ないとこが良い...」


「わかった!」


深結を元気づけるためかいつも以上に元気そうにしてくれる紗奈


二人は下駄箱を出て少しした所にあるベンチに座った


「いただきます!」


紗奈は待ってましたといわんばかりにお昼ご飯のお弁当を食べ始めた


深結は太ももにランチクロスに包まれたままのお弁当を置いたままぼーっとしていた


「食べないの?」


口をもぐもぐさせながら声をかける紗奈


深結は何も言わないまま上を見上げた


「泣いてるの?」


紗奈の言われて気がついた、頬に一縷の涙が流れていることに


「ねえ紗奈、ごめんなさい」


「私こそ、ごめんなさい」

「これ、返すね」


紗奈は昨日深結が落としたカッターを差し出した


深結はそれを受け取ると刃を目一杯出してじーっと見つめた


手首に刃をあてがってカッターを持つ手に力を込める


「どうして....」


手が震える。震えて切れない。


「今の深結なら、その刃をしまえると思う」


深結はゆっくりの刃をしまう。しまい終えるとカッターを思いっきり投げた


カサカサと音を立てながらコンクリートの地面を滑るように転がっていく


「わかってるよ、手首を切ってもなにも解決しないって!」


深結は両腕で止まらない涙を拭う。


「よくがんばったね」


紗奈は優しく深結の頭を撫でた。


泣き止むまでずっと紗奈はそばにいてくれた。

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