傘を差すのが下手だから。

海音

#1 最近。

#1 最近。


気がつくと知らない場所にいた。手には覚えのない紙袋をいくつも持っていた。そんな雨の日。


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「深結最近元気そうで嬉しいよ」


放課後にいつものカフェで駄弁っていると紗奈がそう口にした


「まあ、親も別居したし。私も頑張らないとなって思って」


そう言って苦笑した。


「ふーん、あっ!今度この映画見にいこうよ!」


机に置いたスマホの画面を指差した


「行きたい!けど..お金ないなぁ」


「私のバイト先くる?」


「バイトかー、してみたいな」


「じゃあおいでよ!」


「うーん、でもまだ先生にやめたほうが良いって言われてるし...次行った時に訊いてみるね!」


「うん!」


「それはそれとして...もうして..ないんだよね?」


紗奈は深結の左手首に視線を落とした


深雪は左手を少し上げてじっと見つめながら言った


「うん...でもやっぱり見ると思い出しちゃうんだよね」


「時間はかかるかもだけど、一緒に頑張ろうね!」


「ありがとう」


気付けば空は夕焼け色に染まっていて二人は並んで歩いて家に帰った。



家で一人になると、不意に思い出してしまうことがある。


暗くて寒くて怖かった。初めての感覚だった。


何にも解らなくて泣いていたところを警察に保護されて、色々話を聞かれた後にお母さんが迎えに来てくれた。


気持ちの整理がつかなくて次の日は学校を休んだ。手に持っていた紙袋にはお洒落な洋服やアクセサリーがたくさん入っていて間違いなく深結自身が買った物だった、その証拠にお財布にレシートが入っていた。でもそんな記憶は無かった


親友の紗奈が心配して放課後家まで来てくれた。怯えた様子の私を見て全てを察したように


「私がいるから大丈夫だよ」


って言ってくれた。その言葉にどれだけ救われたか今でも鮮明に覚えている


紗奈のおかげで一週間も経たずに学校に復帰できた。


でも"突然記憶が途切れて気がつくと違う場所にいる"


という現象はなくならなかった。調べてみると


"解離性遁走"


という病名が出てきた。


「これかもしれない...」


誰かに相談すべきなことは分かってた。でも出来なかった。




「おはよっ!」


後ろから飛び付かれて振り向くと紗奈いた


「おはよう」


こうして毎朝一緒に学校に行っている


「今日は眠いねー」


「それいつも言ってる」


「そーだっけ?」


見つめ合って笑い合った


「バイトのことなんだけど..今日訊いてみるね」


「うん!でも無理はしちゃダメだよっ!」


「大丈夫だから安心して」



「じゃあここ深結答えてくれ」


「二番です」


「正解だ、流石だな」


先生に褒められて鼻を高くしていると、後ろからシャーペンで軽く突かれて振り向くと


「すごいね、僕全然分かんなかったよ」


「う..うん」


素っ気ない返事をして再び前を向いた。


四時間目を終えて、可愛いランチクロスに包まれたお弁当を持って早足で教室を出る。それと同じタイミングで紗奈が隣の教室から出てきた


「今日はどこで食べよっか?」

「今日はどこで食べよっか?」


二人で同時に同じことを言って思わず見つめ合って笑い合った



「もうすぐ誕生日だね」


「そういえばそうかも」


「何あげよっかなー?」


深結が思わせ振りに言うと


「気持ちだけで十分、それに深結今お金ないんでしょ」


「でも..まだこの時計のお礼もできてないし」

「これのおかげでね、ちょっとずつだけど向き合えるようになったんだ」


「なら良かった!」


少し重たくなった空気を払拭するかのように他愛もない話をしてお昼の時間を過ごした。


「あー次英語だよ、やだなー」


「私は数学」


「深結は良いよね、頭良いから」


「それほどでも〜」


深結は鼻を高くする。



「じゃあこの問題解けたやついるか?」


深結がそっと手を上げると


一気に視線が深結に集まった


慌てて周りを見渡すと手を上げているのは深結だけだった


「さすがだな、じゃあ前に出て解いてみてくれ」


人前に出ることが苦手な深結は少し怖気づきながらも前にでて黒板にチョークを走らせる


「正解だ」


チョークを置いたと同時に先生がそう言うとクラスのみんなが拍手をした。


褒められて嫌な気はしなかった。


お昼後の二時間の授業を終えて荷物をまとめていると


「深結ー!」


走り寄って来たのは紗奈だ。


「今日は病院だよね?」


「うん..」


「じょあ行こっか?」


二人は学校を出て普段の帰り道とは違う道を歩く、向かっているのは深結が定期的に通院している精神病院だ。


「バイトのこと相談してくるね」


「うん、じゃあ頑張っておいで!」


紗奈は笑顔で手を振って送り出した。



「こんにちは...」


「深結ちゃんおはよう!時間になったら呼ぶからちょっとだけ待っててね」


先生はいつも笑顔で迎えてくれる


端っこの席に座って待っていると


「深結ちゃんおいで」


自分の名前が呼ばれて案内されて診察室に入る


「元気そうだね」


「はい、最近は調子も良くて症状もしばらく出てません」


「良い事とかあったの?好きな子ができたとか」


「えっ!?そんなことないですよ!!」


顔を赤くする深結を見て先生は笑った


「え〜いないのー、好きな子の話聞きたかったのに」


そんなこと言われてもいないものはいないのだからしょうがない


「じゃあ〜、できたら話しますね」


「うん、ありがとう」


「深結ちゃんにとってはあんまり良い話じゃないと思うだけど、今度の面談についてなんだけど」


「は..はい」


時期的に覚悟はしていた。でもいざその話をされると胸が苦しくなる


「深結ちゃんが良かったらなんだけど、今度の面談は私と深結ちゃんの保護者と深結ちゃんの三者でやりたいんだけど、どうかな?」


想定外の提案だった


「正直...嫌です.....でも..私もいつまでもこのままじゃいけないと思うんです」


「うんうん」


深結のペースに合わせて頷いてくれる


「だから.....やってみようと思います」


「ありがとう!でも無理はしないでね」


「はい...それと一つ相談なんですけど」


「珍しいね、どうしたの?」


「その..アルバイトをしたいなって....」


「どんなバイト?」


「飲食です、そこで働いてる友達に誘われて」


「私は応援するよ」


「あっ..ありがとうございます」


まさかそんなふうに言ってもらえるとは思ってなかった深結は嬉しかった


「じゃあ頑張ってね!」



終わりはいつもこう。先生が背中を押してくれる。


診察室を出た、所で気がついた。


「雨...」


暗くなった空から無機質に降る雨はまるであの日のようで一歩足が退けた


「う..うん?」


外に深結に向かって手を振っている姿が見えた


「紗奈!?」


慌ててドアを開けて確認する


「へへ..っ、雨降ってきたから傘持ってきたよ」


「ありがとう」


傘を受け取って広げると雨が傘に当たって音が鳴る


「私、この音好きなんだよね」


深結の呟きに紗奈は足を止めた


「どうしたの?」


数歩先で深結は足を止めて振り返った


「もう...怖くない?」


不安そうな表情を浮かべている


「えー!またその話ー!」


深結は満面の笑顔で紗奈に歩みを寄せる


「もう大丈夫、心配しないで」


紗奈の肩にそっと触れる


「ごめんね...深結は前に進んでるんだよね」


「うん!」


もう一度笑って返事をした。


二人を包む雨は、いつまでも降り続くような気がした。

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