第16話 魔王の屋敷、完成

 猫耳族の家に先駆けて、メグミ様とセシリー様の屋敷が完成した。

 お二人の意見を聞きつつ、この私エリシアが設計した。

 メグミ様は「私の家なんて後回しでいいってば」と仰っていたが、王が掘っ立て小屋に住んでいるのに、私たちがまともな家というのは、やはり問題がある。

 もちろんセシリー様の「狭い掘っ立て小屋だからこそくっつける」という意見にも、激しく同意する。妄想が捗る。

 しかし、私の百合妄想の題材という以前に、お二人は猫耳族の命の恩人だ。

 綺麗な屋敷で快適に暮らして欲しい。そして仲良くして欲しい。


「うわぁ、立派……屋根の形も凝ってる。大きめの神社みたいだ。みんな、自分の家も作らずに本当ありがとう」


「想像していたより凄いですね。猫耳族のみなさんに感謝です」


 メグミ様もセシリー様も、屋敷の外観を気に入ってくれたようだ。

 その言葉を聞いた私たちはガッツポーズする。


「メグミ様、セシリー様! 設計した私がご案内しましょう。さあ、こちらへ」


「エリシア、よろしくねー」


 ああ、メグミ様が私の名前を呼んでくださった。とても光栄だ。

 しかし、メグミ様の尊い声も視線も、全てセシリー様に注いで欲しい。

 もっと二人だけの世界で百合の花を咲かせて欲しい。


「ぷにーん」


 メグミ様とセシリー様の後ろを、スライム・ロードのアオヴェスタがプニプニついてくる。

 お二人につきまとうスライム・ロードを、私は最初、疎ましく思った。

 百合の間に挟まるな、と。

 しかしプニプニした姿は愛らしく、どうしてもアオヴェスタを嫌いになれない。

 そこで、アオヴェスタはお二人のペットだと考えるようにしたら、途端に妄想が捗った。

 二人で同じ家に住み、同じペットを育てる……よい……。


 顔がニヤけそうになった。気を引き締める。私はクールなキャラで売っている。情けない顔はできない。

 キリッ!


「ここがリビングです。お二人で存分にくつろいでください。一応、来客をもてなせるよう広く作りました。あの辺りでアオヴェスタに腰かければ、謁見の間としても使えます。こちらはキッチンです。お二人が料理をするか分かりませんが用意しました。もし面倒でしたら私が料理しましょう。こう見えてても得意です。そして、ここが寝室です!」


「おお、立派なベッドだ!」


「これなら二人で寝ても、寝返りが打てますね」


「ぷにーん」


「ふふ、そうですね。アオヴェスタが乗っかる余裕もありますね」


「よーし、今日から三人でこのベッドに寝るぞー」


「ぷににー」


 ベッドを見て嬉しそうにプニプニするアオヴェスタを、メグミ様とセシリー様が左右から抱きしめ、頬ずりした。

 はい、かわいい。三人ともかわいい。

 感動を忘れないうちに、早速今夜、この光景を文章にしておかないと。

 だが、その前に、謝っておかねばならないこともある。


「申し訳ありません。材料がなく布団を作れず……苦肉の策で、あの掘っ立て小屋にあった古く小さい布団を敷いておきましたが……ベッドとサイズが合わず、不格好になってしましました」


 私が頭を下げると、メグミ様は怒るどころか、逆に慌てた様子になる。


「それは仕方ないよ。むしろ布団を作れないなら、みんなはどうやって寝るの? と言うか、今までどうしてたの?」


「木のベッドに木の葉などを敷いていますが」


「えー、それじゃ硬いでしょ。背中が痛くなっちゃうよ……そうだ! スライムを抱っこして寝ればいいんだ。確か、アオヴェスタの配下のスライムって、この村の人口を超えてるよね?」


「はい。三百匹ほどになったんでしたっけ?」


「ぷにー」


「なら大丈夫だね。夜の見回りをしていないスライムは、みんなのベッドに潜り込んで寝るように指示しておいて。猫耳族の枕になったり、腰の下に敷かれたりしても、スライムたちは大丈夫だよね?」


「ぷにっに!」


 アオヴェスタは頼りがいのある声で返事した。

 正直、助かる。

 ここに辿り着くまで何日も野営していた。だから天井があるというだけでありがたい。しかし人はなんにだって慣れるし、贅沢になる。布団が欲しいと誰もが思っていた。スライムがベッドにいてくれたら柔らかいし、かわいいので安眠できそうだ。


 それにしても、自分の布団より民の安眠を気にかけるなんて、メグミ様は本当に偉大な王だ。

 こんなに優しくて愛らしい人を、私たちは最初、直視できないくらい恐れていた。今にして思い返すと、不思議な感覚だ。もうメグミ様に対する恐れは微塵もない。

 実のところ、メグミ様の人柄が分かっても、多少の恐れはしばらく残っていた。それが完全に消えたのは、私たちが魔法を使えるようになってからだと思う。


 初めてメグミ様を目の当たりにしたとき。

 彼女が纏う気配がなんなのか、全く分からなかった。分からないからこそ恐れる。

 それが魔力だったと知り、自分にも魔力があると感じ取るようになると、もう恐れる必要はない。

 畏れは増したが、恐れはしない。メグミ様の膨大な魔力が私たちに矛先を向けない限りは。


「ところで、この天井がついたベッド……天蓋って言うんだっけ? 豪勢だしロマンチックだよねー。お姫様になった気分」


「あら。メグミ様は姫ではなく魔王では?」


「そうだった。でもお姫様にもなりたーい。魔王と姫を兼任してもいい?」


「欲張りさんですね。いいですよ。メグミ様は私のお姫様です。むぎゅー」


「わーい」


 凄い。百合の花の幻覚が見える。寝室に咲き誇っている。

 鼻血が出そう。

 しかし私は鉄の忍耐を発揮し、クールな表情をキープ。

 くっ……駄目だ、キープできない。百合が強すぎる。

 別のことを考えるんだ。

 例えばこのベッドを作った苦労とか。


 天蓋付きベッドは普通、四方を薄いカーテンで被う。

 それで虫やホコリの侵入を防げるし、冬は防寒にもなる。なによりデザインがいい。透けるカーテンの向こう側でメグミ様とセシリー様が仲良く寝そべっていると思うと、うひょぉぉぉ、となる。

 いかん! なにがうひょぉぉぉだ。こんな妄想をしていては、ますますクールな表情をキープできない。

 薄いカーテンの代わりになる、すだれを作った苦労を思い出すんだ。

 布団と同じく、カーテンの材料もなかった。とにかく布がないのだ。

 なので細く紐状にした木を編み上げ、すだれにして天蓋から吊るした。

 この大きさのすだれを作るのは、本当に大変だった。気が遠くなる作業だった。しかし、メグミ様とセシリー様を包み込むものだ。ほかの者に作業を任せたくない。私は指の皮がめくれようと、構わず一心不乱に木を編んだ。

 ――よし、思い出したら真顔になれた。


「ふぅ……メグミ様、セシリー様。次は浴室を案内します。こちらです」


「おお、リクエスト通り、広いお風呂だ! 泳げそう!」


「広いだけではありません。ご要望に合わせ、壁がスライドし、外の明かりが大きく入り込みます。外には苔むした岩を置き、草木を植え、眺めをよくしました。ちゃんと高い柵を作ったので、不可抗力で誰かが入浴中のお二人を覗いてしまう心配はありません。もし万が一、誰かが故意に柵を乗り越えてきたら、すぐ私を呼んでください。痴漢は即座に殺します」


「い、いくらエッチな人でも殺しちゃ駄目だよ! 痴漢が出たら、私たちがセルフで殴るから大丈夫」


「そ、そうですか……」


 メグミ様とセシリー様に殴ってもらえるなんて、ある意味、ご褒美なのでは――おっと、危ない危ない。顔に出したら変に思われてしまう。

 キリッ!


「メグミ様。せっかくです。お風呂、入ってみませんか?」


 セシリー様が提案する。

 ……いいぞ! お二人が裸になる! もしかして触り合ったり? うっひょぉぉぉ!

 もちろん私は妄想するだけだ。決して覗いたりはしない。

 この二人の間には、誰も混ざってはいけないのだ。

 アオヴェスタはスライムだからノーカウントだが。


「いいね! それじゃ水魔法でお湯を張って、炎魔法で温かくして……よし、いい湯加減。エリシアも一緒に入るよね」


 魔法で風呂の準備をしたメグミ様は、さも当然のように言った。


「はい」


 私はつい、何気なく頷いてしまった。


「って、いえいえいえ! ここはメグミ様とセシリー様専用の浴室です! アオヴェスタはともかく、私がそこに混ざるわけには!」


「えー、どうして? 設計してくれたのはエリシアなんでしょ? 一度くらい自分で試してみたいと思わないの? もしかして、なにかイタズラを仕掛けてるとか!?」


「め、滅相もございません! メグミ様とセシリー様のお屋敷にイタズラなど!」


「じゃあ、いいじゃん。一緒に入ろう? ね?」


「あの、メグミ様。遠慮しているエリシアさんを無理に誘ってはいけませんよ。ねえ、エリシアさん?」


 セシリー様はそう言って、私を睨みつけてきた。

 二人っきりのお風呂を邪魔するな、という意思がこもっていた。私だって邪魔したくない。早くここを立ち去ろう。


「私、大勢でお風呂に入るのって、ちょっと憧れてたんだよね……けど、同姓にも裸を見られたくないって人もいるし……エリシアがどうしても嫌なら仕方ないけど……駄目?」


 メグミ様は小首を傾げておねだりしてくる。

 私はそのかわいさに負け、気がついたら裸になって風呂に浸かっていた。


「いやぁ、広いお風呂はいいもんだ。疲れが溶け出していく気がするよ」


「ぷにー」


 アオヴェスタは浴槽に浮かび、気持ちよさそうに返事をする。


「もうメグミ様ったら、髪の毛が湯に入ってますよ。ちゃんと結わないと」


「結って、結ってー」


「甘えんぼさんなんですから」


 セシリー様はメグミ様の黄金の髪を手に取り、愛おしそうに結う。

 仲のよい姉妹か。あるいは恋人同士か。

 お二人とも、本当に肌が綺麗だ。それが触れ合っている。

 これぞ百合。

 そして、そこに混じっている私!

 百合に挟まってごめんなさいっ!


 私が女神メルディアに懺悔していると、セシリー様が氷のような視線を突き刺してきた。

 ごめんなさい、ごめんなさい!

 けれど二人から目を離せない。

 ああ、今夜は色々と捗りそうだ。

 セシリー様が私を生かして返してくれたら、の話だが。


「あれ? エリシア、尻尾がある! 猫耳族って耳だけじゃなくて尻尾まで猫なんだ。ちょっと触らせて!」


「え、メグミ様っ、尻尾は困ります! くすぐったいので! ああ、メグミ様、メグミ様ぁっ!」

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