有料DLC種族『魔王』に転生したので最強の拠点を作ります

年中麦茶太郎

第1話 異世界転生した

 あと十年生きられない。

 そう余命宣告された私はまだ十歳だった。


 ショックを受けなかったと言えば嘘になる。

 いくら子供でも、そのくらいの歳になれば『死』についての知識くらいある。

 けれど十歳の少女にとって十年先は、遠い未来だ。

 自分の死をリアルに想像するには、私は子供過ぎた。


 入院生活が始まった。

 初めのうちは両親が頻繁に来てくれた。

 学校の友達もときどきお見舞いに現われた。

 けれど一年も経つと、みんなの足は遠のいていった。


 無理もないと思う。

 かつて活発に走り回っていた私は、入院してからドンドン痩せ細り、小麦色だった肌が真っ白になってしまった。

 つねに点滴の針が血管に刺さっている。

 高そうな機械がおせっかいにも、私の心臓が動いているか、呼吸しているかをずっとモニタリングしてくれている。

 小学生でも分かった。

 私からは死の香りがしている、と。


「私、ゲームの主人公みたいだね」


 機械のモニターを見つめながら私は、看護師のお姉さんにそう呟いた。


「どういう意味?」


「ほら。ゲームってHPが表示されるでしょ。HPがゼロになると死んじゃう。生きているかどうかが数字で分かる。この機械の数字は私のHPなんだ。私の命が数字で表示されている」


「そっか。恵美ちゃん、ゲームが大好きだもんね。そうやって恵美ちゃんが好きなことに夢中になって元気にしているうちは、HPがゼロにならないから大丈夫だよ」


 看護師さんは一瞬困った顔を浮かべてから、そう言って私を元気づけた。

 しまった、と私は反省する。

 別に困らせたかったのではない。

 単純に、私の命がゲームのように表示されているのを面白がっただけだった。


 私はまったく絶望してはいないのだ。

 看護師さんが言ったようにゲームが楽しかったから。


 外で遊ぶのが好きだった私にとって、かつてゲームはたしなむ程度のものだった。

 だが、環境が変われば視野が広がる。

 ゲームの面白いこと面白いこと。


 最初は携帯ゲーム機で遊んでいたが、私はわがままにも、ついにゲーミングパソコンを要求した。

 安い買い物ではないはずなのに、両親は嫌な顔をせず買ってくれた。

 たまにしか病室に顔を見せないことに対する贖罪のつもりだったかもしれない。


 私は自力で歩けない鬱憤をゲームにぶつけ、大いに楽しみ、中学に入学する年齢になった頃は立派な廃ゲーマーだった。


 一番ハマっているのは『エルダー・ゴッド・ウォーリア』というアクションRPGだ。

 とにかく自由度が高い。メインストーリーに関係のない町や村でも、人々がリアルな生活をしていて、なにかしらのイベントが起きる。

 主人公の顔つきや体格を細かく設定できた。自分に近い十代半ばの少女体型を作り、顔は図々しくも金髪の超美少女にしてやった。


 しばらくストーリーを進めると、仲間NPCを連れて旅できるようになる。この仲間NPCもデザインを細かく設定できる。こちらは主人公より少し背を高くし、十代後半のような感じにした。青い髪の透明感ある美しいエルフの少女。

 私は彼女に『セシリー』と名付けた。

 こういうお姉さん的な友達が欲しいと思っていた。

 両親が数ヶ月に一度しか現われなくなって久しい。だから年上に甘えたいという欲求をつのらせていた気がする。


 エルダー・ゴッド・ウォーリアは、三作目まで出ている。

 ありがたいことに主人公や仲間NPCのデザインを次作に引き継げた。自分とセシリーの外見データを引越しさせ、二作目をプレイする。

 そして発売されたばかりの三作目も、セシリーと一緒に冒険した。


 いつの間にか私は十五歳になっていた。

 たまに息苦しかったり、動悸が激しくなることがある。ゲームをプレイ中に何度か気絶した。

 この頃になると私は「死ぬかもしれない」とリアルに恐怖するようになった。

 しかし自分でもどうかと思うくらいのポジティブ思考で「異世界転生するかもしれない」という結論に辿り着いた。


 異世界転生。死後の第二の人生。

 ライトノベルやアニメでおなじみの題材だ。


 私は、突然ファンタジー世界で目覚めた日に備え、エルダー・ゴッド・ウォーリア3を真剣に楽しんだ。異世界ファンタジーの教材としてこれ以上のものが思い浮かばなかったし、少しでもセシリーと一緒に冒険したかった。


 私は完全にセシリーを友達だと思って、液晶モニターに話しかけていた。病院の人たちには、ヤバイ奴に写っていただろう。

 実際、私はヤバかった。

 セシリーがこっちに微笑んでくれたように見えたし、彼女の声の幻聴まで聞こえた。夢に毎日出てきた。


 半月ほどプレイし、もうすぐメインストーリーのラスボスを倒せるところまで進めたとき、公式から新しい情報が発表された。


「え、魔王になってプレイできるの? 激アツじゃん」


 魔王とは一作目のラスボス。

 もとは人間種族『ヒューマン』だったらしいが、魔法を究め、肉体と魂を変質させ、膨大な魔力と無限の寿命を手にした究極の生物。

 そんな一作目のラスボスと同じ存在になり、三作目を冒険できる有料DLCがもうすぐ発売されるらしい。


 私は、有料DLC種族『魔王』の告知ページを穴が空くほど読んだ。

 どの種族よりも魔力が強く、新しく実装される魔法を習得できる。

 友好度MAXの仲間NPCを魔族化し、大幅強化できる。

 呪われた装備をデメリットなしで装備可能。

 アイテムとMPを使ってモンスターを生み出し使役できるので、拠点防御が有利。

 ゲームバランスを考慮し、ラスボス討伐後の二周目以降のプレイでしか魔王を選択できない。

 ――などなど、心躍る情報が書かれていた。


「こりゃ魔王の発売日に備えて一周目をサクッとクリアするしかないね。行くよ、セシリー」


 私はセシリーとともに三作目のラスボス『破壊神の復活を企む邪神官』を倒した。

 やがてDLCの発売日になった。インストール完了。

 二周目のプレイ、いわゆる『強くてニューゲーム』を開始する――その瞬間、容態が急変した。


 視界が点滅する。息ができない。全身が痙攣する。心臓の音がうるさい。

 異変を知った看護師と医者が駆けつけた。

 なにか処置をしているが、多分、もう遅い。

 入院してからずっとつきまとっていた死の香りが、かつてない規模で私を包んでいる。


 十歳で余命十年と言われた。まだ十五歳だ。半分しか経ってないのに。

 なぜ。早すぎる。

 一人は嫌だ。友達が欲しかった。長い入院生活で同年代の友達ができてもよさそうなのに。そんなドラマは起きなかった。

 私は死ぬ。かもしれない、ではない。確実に。あと数分で。暗闇が押し寄せてくる。

 異世界転生? そんなのは妄想だと今なら分かる。あるわけがない。見えない。恐ろしい。これが死。無力。塵芥。

 死ぬと無になる。灰にされる。怖いと思うこともできなくなる。

 こんなに苦しいのに。どうしてお父さんもお母さんもいないの。小学校の友達は。私を忘れちゃったのか。どうして私は一人に。

 終わりたくない。嫌だ。神様。どうか。


 私をセシリーのところに連れて行ってください――。


        △


 目を開くと、青空が広がっていた。

 長らく、空とは病室の窓から眺めるものだった私にとって、視界一杯の青空は懐かしかった。

 私はいつの間に、こうして外で寝転がったのだろう。

 なにやら、病室で死ぬ夢を見ていた気がする。


「お目覚めですか、メグミ様」


 そう声をかけながら私を覗き込む、綺麗な少女がいた。

 年齢は十代後半。肩まで伸びた青色の髪。白いドレスはとても似合っているけれど、現代日本の街中で着ていたら浮いてしまうファンタジックなデザイン。

 そしてピンと伸びる耳は、彼女がエルフだというのを物語っている。


 私はこの子を知っている。

 とはいえ知り合いではない。私が一方的に好きなだけ。

 なぜならこの子は、ゲームのキャラクターだから。

 ずっと一緒に旅をして、力を合わせてラスボスを倒した、仲間NPC。


「セシリー……?」


「ええ、はい。あなた様の従者にして友人、そしてお姉ちゃんのセシリーです」


 彼女は太陽よりも眩しい笑顔で私の頭を撫でてくれた。

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