意外な角度でイケメン判定


 幼少のみぎりより大妖怪、いや最強の妖怪として君臨する事を夢見ていた源吾郎であるが、他の職業(?)で手を打とうと考えていた事もあるのは先に述べた通りである。

 まず思いついたのがホストだった。子供が何故そんな職業を知っていたのか。それはまぁ源吾郎には年の離れた兄姉がおり、それにより多少ませた部分があるからという事で説明は付くだろう。実際には彼らの所有する漫画だの小説だので知ったようなものだった。

 ホストだったらモテモテになれるやん! そう思った源吾郎は、割と本気でホストになろうかと思っていた時期もあった。思うだけに留まらず、事もあろうに「僕が私が将来なりたいもの」とかいう小学校での作文に書き上げてしまったのである。小学生がホストになる事を公言する。当然であるがこれは相当に物議を醸した。当時の担任が潔癖な若教師だった事と、件の作文が授業参観の折に読み上げなければならなかった事もまた、件の騒ぎを大きくした遠因でもあった。しかも保護者として授業参観に訪れていたのは、源吾郎の父母ではなく長兄だった。

 源吾郎が無邪気に読み上げた作文は、教室内を混乱と困惑のどん底に突き落とした。若教師がうろたえ、保護者である宗一郎が平謝りに謝罪していた事は今も覚えている。無論島崎家でも家族会議が開かれた。源吾郎はこってりと油を絞られたのは言うまでもない。但し積極的に説教をしたのは、家長である父、兄の宗一郎だったけれど。実父の幸四郎は「まぁ子供だし大目に見たまえ宗一郎」とむしろ鷹揚に言ってのけたくらいだった。母の三花は「やっぱりこの子も玉藻御前の血が濃いのよ」と言ってはいたが、呆れの色が滲んでいた。

 第三の保護者のように思っている長兄からの指導は割合に堪えた。しかし、転んでもただでは起きないのが源吾郎のしぶとさ……もとい彼の良さである。源吾郎はこの経験により、みだりにおのれの野望や願望を口にしない事、学校で妙な言動をしてはならない事をきっちりと学習したのだ。その甲斐あって、中学・高校では生徒指導や風紀委員や近辺をうろつく不良共から「普通の生徒」と見做されるような学校生活を送る事が出来た。もちろん、クラスメイトや部活の仲間からは、「ちょっと中二病が入ってて演技演劇に妙に力が入っている生徒」と思われていたみたいだが、そんなものはそれこそ誤差の範囲内だ。

 また源吾郎の才能を見て、俳優や芸人(特に芸人)になれば成功するのではないか、と親切にも言ってくれる者もいた。しかし源吾郎は俳優などになるつもりは無かった。周囲からは演劇に強い関心があるように思われていたが、源吾郎にとっての演劇はおのれの力を伸ばすための道具に過ぎなかった。それなのに才能があるだけで俳優になるのは妙だと考えていたのだ。

 中学生以降はちょっと個性の強い、しかし普通の生徒として表向き過ごしてきた。その間に人間社会での暮らしと自分の生き方がどうなのか、ずっと密かに照らし合わせてきた。

 幼少の頃から妖怪としての生き方の方が馴染んでいると思っていたが、それは成長しても変わらなかった。だからこそ、兄姉たちと違って早々に学業を終えて妖怪の世界に足を踏み入れたのである。


 密かに過去の事を思い返していた源吾郎は、周囲が沸き立っている事にすぐに気付けなかった。島崎君。源吾郎君。我に返った源吾郎は、おのれを呼ぶ声をようやく聴きとる事が出来た。

 島崎君。意識を向けた時、源吾郎を代表して呼びかけたのは鳥園寺さんだった。


「ね、島崎君。思ったんだけど、もう直接イケメンとか美少年とかに変化して、それで女の子たちにモテるとか、そういう方法はどう?」


 イケメンに変化する。この言葉に源吾郎は目玉が飛び出さん限りに瞠目した。が、それも一瞬の事である。イケメンに変化しないのか。その質問は源吾郎を深く知る者からはいずれ投げかけられるものだと思っていた。というよりも、よくぞ今日まで誰も問いかけなかったものだと思っても良いくらいだ。


「……イケメンに変化ですか。やった事はないですが、ですね」


 源吾郎はまず変化できるか否かについて応じた。技能面でイケメンにのと、イケメンに変化できる能力がありながらのでは意味が全く違う。源吾郎はそう思っていたためだ。

 ゆえに彼の言葉は、やった事が無い、理論上という部分が殊更強調されていた。


「しかし鳥園寺さん。僕はイケメンなどに変化するつもりはありませんよ。確かにイケメンに変化したほうがモテる可能性は格段に上がるだろう事は僕だって知ってます。すぐ上の兄が、他人に心を開かないようなあの兄が、その見た目のために多くの人間から注目されている所を、僕は十数年間目の当たりにしてきたのですから」


 厳密には庄三郎が多くの人間を魅了するのは、見た目以外の要素もあるのだが、それは敢えて省略した。話すとややこしい案件だからだ。

 源吾郎は息を吐き、おのれがイケメンに決して変化しない理由を続ける。


「ですが、見た目を変化して勝ち得た愛情なんてまがい物に過ぎないんですよ。そんな事でどれだけ多くの女の子の心を掴んだとしても、そんなのはフェアな物じゃあないんです。だから僕はモテるためだけに変化するなんて事はしません。そんな事で偽りの愛情を得ようとする程俺は堕落していませんからね」


 源吾郎の言葉はもはやある種の演説のようなものに変貌していた。女子にモテるためのスタンスは、源吾郎がどうしても曲げられない所であるからだ。彼は素直に好みの女子からの混じり気の無い愛情を求めていた。だがそれを受けるからには自分も虚偽で飾り立てるのはご法度だと思っていたのだ。

 さて周囲はというと、流れるジャズの音楽が目立つほどにしんとしている。畠中さんと鳥園寺さんの顔には、はっきりと驚嘆の色が滲んでいる。目が合うと、鳥園寺さんは何度か目を瞬かせてから呟いた。


「島崎君がモテたくてモテたくてしゃあないって事は噂で知ってたけど、まさかそこまで覚悟キメてるなんて……もうイケメンに変化しなくても下りそうな気がするわ。主に心が!」

「それって誉め言葉でしょうか」


 イケメンでなくてもイケメン判定下るってどういう事なのだろう……そう言う複雑な心境を抱えながら源吾郎は尋ねていた。そう言えば女子たちの男への誉め言葉に「言動はイケメン」だの「イケメンだったら惚れてるくらいのイケメンぶり」というものがある。「ただしイケメンに限る」というルッキズムの法則から生まれている文言である事には違いない。だが……源吾郎のように容姿にコンプレックスのある者、容姿が優れないと思っている者には突き刺さる言葉である事もまた事実だ。

 無論、男も男で可愛い女子を品定めしているのだからある意味お互い様なのだろうが。

 ちなみに鳥園寺さんの先程の言葉は誉め言葉だったらしい。源吾郎の問いかけに彼女は笑顔のまま頷いていたのだから。

 成程ねぇ……さも感心したような呟きを、長姉の双葉が漏らした。


「源吾郎にはそんな強固なポリシーがあったのね。変化術が得意なのに、他の男の子の姿に変化したところを見た事が無かったから少し気になってたのよ」

「まぁ、最近は男子に変化しないといけない時もあるかなって思ってるんだ。イケメンとかじゃない、普通の男子にさ。そうでないと変化した俺の姿に興奮したドスケベどもを刺激しちゃうかもしれないし」

「変化した源吾郎君の姿にドスケベが興奮するってどういう事?」


 畠中さんの無邪気な問いに、源吾郎はしまったと思った。時には別の男の姿に変化するようにせねばならない。この発言は、先日の生誕祭での出来事を思い返して思った事である。あの時源吾郎は宮坂京子なる少女に変化したために、好色な雷園寺雪羽に見つかってしまった。

 少女に変化する事は、女子たちに警戒されずに接近できる術である。源吾郎はその側面しか意識していなかった。しかし、少女に変化する事が、欲と若さを持て余した男らを変に刺激してしまう事もあるのだとこの度知ったのである。

 あ、もしかして! 何か妙案でも思いついたと言わんばかりに鳥園寺さんが声を上げる。


「変化術が得意でイケメンとか男の子に変化しないって事はさ、女の子に変化できるって事かも。ううん、きっとそうだわ」

「そうそう、その通りなのよ」


 鳥園寺さんの問いに応じたのは姉の双葉だった。しかも何故か楽しそうな表情を浮かべている。

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