伝説達も踊り出す



 デカい芋虫を“魔法少女”達が討伐してから一ヶ月程経過した。

 想定していた被害を大きく抑える事には成功したが、未だかつてない巨大な“怪物”は既に全国で報道されており、何時ものように地方のローカル放送だけでは収まらない。


 再三に渡る避難勧告にも従わず、隠れて動画を撮りインターネット上に流した者もやはり存在していた。

 その程度は想定済みだと[魔法省]が打った手は、“怪物”討伐の映像の公開だ。


 そもそも、初めから今回の作戦を隠すつもりは無い。隠しきれる規模でもない。


 それに普段から、各放送局も自己責任で撮影している。頼まれれば護衛を出すときもあるが、基本的に優先して守ることはしなくても良い、と教育している。ただ“魔法少女”をしている子は、なんとかして守ろうとはしている。見殺しになど出来ない、優しい子ばかりだからだ。


 件の討伐映像は[魔法省]のホームページにて一般公開されている。見たければ誰だって見ることが出来る。事前に関係する“魔法少女”には伝えてある。まあ拒否権は無かったが。


 こうして一躍時の人となったのが[魔法院]の初期メンバー、最古参、一期生等と呼ばれているカガリを筆頭にした5人だ。

 今回に限っては、嫌がってもメディア露出は免れなかった。

 特に、エーレルワンドとハイドヴァイパーは嫌がっていたらしい。


 すぐにそれも落ち着いた。


 その傍ら、新たに問題が発生していた。

 個体によっては複数の心核コアを持つようになったのだ。

 1つ破壊して、油断した“魔法少女”が数名負傷している。


 現状上がって来ている報告を聞く限り、1つの心核を無理やり2つにしたような、中身が詰まっておらずスカスカらしい。

 ただし、全てを砕くまでは“怪物”は動きを止める事はなく、1つ砕く程度では大した弱体化は見込めないようだ。


 現在恐れているのは、あの芋虫こと【悪意ある災害】の欠片の復活、それに準ずる脅威の出現だ。白饅頭の話しでは、倒してしまえば何処かで必ず復活するらしい。そのタイミングは定かではない。


 それに、欠片とは言え本体である事には変わりない。フリーになっている現状、封印中に出来なかったであろう“怪物”の調整アップデートが始まってしまったのだ。


 確認出来ている内容としては、


・全体の能力の底上げ

・心核の複数所持


 の2つだろう。

 幸いと呼べるかは怪しいが、“怪物”を生み出すリソースに問題があるのか、全体で見れば“怪物”の出現数はやや減っている。


 おそらく、あの芋虫はこれらの試験機だったのだろう。質を落とした大量の“怪物”では役に立たないと学習してしまったらしい。実際“魔法少女”によっては強敵との戦闘は難しいが、雑魚狩りなら無限に出来る、といったタイプの子も少なくない。

 

 以上の事から、各所へ注意を呼び掛けている。

 特に民間に対しては、より一層の自衛を求められるだろう。ざっくりと説明するなら、『数日に1回、道路が砕ける程度の戦闘』があったとしたら『数週間に1度、建屋が数軒全壊する戦闘』に変わったと言っていい。

 

 ただし、それは“怪物”に従来通り対応した場合だ。減った出現数に合わせて“怪物”1体に割く人員を増やす事で今は対応している。それにより想定される被害は確かに抑えられているが、普段組まないメンバーとの活動でリズムが崩れ、本来の動きが出来ない子も多く居る。[魔法院]では目下それらの対策に苦悩しているようだ。




 そんな事等知っている。が、知らぬふりをして、今日も今日とて魔女ムーブに精を出す。


 相手はいつもと同じ“魔法少女”コダマだが、その隣に新キャラが増えていた。実際には新しいどころか最古参の1人なのだが、こうして対峙するのは初めてだ。



「やーやーコダマちゃん。調子はどうだい冴えてるかい?カガリちゃんも一気に有名人だぁ、こりゃ凄いねぇ」


「この前の作戦では見かけませんでしたね。貴女なら首を突っ込んで来ると思ったのですが」


「久しぶりだな、ハックルベリー。こうして会うのは[魔法院]が出来てから初めてか?」



 もちろん、それは“魔法少女”カガリだ。コダマの師匠でもある。数年を経て、ようやくペアを組んでの活動が出来るようになったのだ。

 不甲斐ない姿は見せられない。コダマは未だ絶好調の只中である。そして、国内外問わず数多の修羅場を潜り抜けてきたカガリは『最強』と肩を並べてもなんら遜色ない程の実力者だ。


 コダマとカガリをセットで配置するのは過剰戦力だと[外敵対策課]からの意見もあるが、[魔法院]が優先するのは“魔法少女”本人達の意思である。特にカガリに対しては、今まで散々振り回してきた分負い目がある。

 ちなみに、“魔法少女”の所属は[魔法院]だ。国が主導する[外敵対策課]から要請を受け、[魔法院]から各地に対応した“魔法少女”を派遣している。なので[魔法院]と[外敵対策課]は別の組織だ。ただ、傍目には同じようなモノなのでまとめて[魔法省]と呼ばれている。働いている本人達も[魔法省]と呼ぶしで、正式な場所や書面上以外ではテキトーになっている。[魔法省]の呼び名が正式になる日も近いのかもしれない。



「うんうん、元気そうで何よりだぁ。…ところで、攻撃を止めてくれたりはしないのかい?」


「当たって砕けてくれても良いんですよ?」


「いや、マジで攻撃当たらねぇのな」



 出会い頭にコダマから音撃が、カガリからは斬撃が、休むことなく浴びせ掛けられていては落ち着かない。だってまだ、何もしていない。ハックルベリーはまだ2人の前に現れただけである。

 

 それがどうした、魔女滅ぶべし!

 2人は攻撃の手を止める事はなく、暖まってきたと言わんばかりに苛烈さを増していく。



「ところで、お土産があるんだよねぇ。我々[魔女会]が総力を上げて引っ捕らえた、各地の“魔女”達を持ってきたよ。連れてっておくれ」


「数は?」


「51人だねぇ。今行列なして[魔法院]に向かってる途中かね、任せるよ~」


「マジだぞ。いま連絡来た」


「えぇ〜…」



 パタリと攻撃が止み、コダマとカガリは大急ぎで[魔法院]へ向かって行った。その後ろ姿をニマニマと眺めていたハックルベリーは、思い出したかのようにその後を追っていく。




 場所は変わって[魔法院]の本部。の近くに1台のバスが走っている。路線バスのような見た目だが、社名が記載されていないし次の駅も表示されていない。ナンバーをよく見れば白地に緑文字、記念ナンバーでもなさそうだ。これは自家用車である。

 


『もうすぐ[魔法院]に到着します。最後の抵抗をするのなら今のうちにお願いしますね』


「はい残念、ボクすら出し抜けないから皆はここに居るんだよ〜」


 

 運転するのは【あの魔女】の1人、グーフアップこと千歳である。彼女は公道を走れる乗り物ならほぼ全て乗れるらしい。現在は海へ、船舶免許の取得を目指しているとのことだ。


 車内には様々な色の線が浮遊しており、これらは同乗するクライペイントの魔法である。発動待機とも言われる魔法の状態の1つで、魔法発動までのプロセスを完了させたまま、使用せずに維持し続けるものだ。見た目や説明の割に難しい技術として知られている。


 また、座席に座らされている少女達は真っ黒な線で簀巻きにされており、目隠しと猿轡もされている。完全拘束だ。殆ど全員が藻掻き疲れてぐったりしている。

 何故ならこの子達は皆、跳ねっ返りの強い不良少女だからである。全国各地で“魔女”として好き放題してきた彼女達は、【あの魔女】の魔女狩りツアーでかどわかされてきたのだ。そりゃ不服であろう。

 

 そんな一行は誰に止められる事なく[魔法院]の駐車場までやってきた。辺りに他の車は無く、閑散としているが既に敷地内、本来であれば門を潜り、来訪の知らせと入場の手続きがあるはずだが通っていない。クラスペイントの黄色い円を通り抜けてのショートカットをしてのけたのだから。

 同様の手口で、コイツ等は全国の“魔女”を捕まえてきたのだ。



「到着しました。魔法院前、魔法院前〜。ご乗車ありがとうございました」


「よーしみんな降りるよ〜、引っ張るから着いてきてねー!」



 黒い線で簀巻きにされている少女達はそれらが連結され、まとめて引っ張り出される。全年齢のムカデ人間である。目隠しと猿轡は外れないので、出口のステップで何人か躓いて、前後数人も巻き込まれて転んでしまう。

 クライペイントは、黒い線を操る事で助ける事が出来る筈だが、そのような事はしない。言葉こそ気安く聞こえるが、捉えられた彼女らを見る目はとても冷たい。これはグーフアップも同様。少なくとも[魔女会]のメンバーの殆どは“魔女”が嫌いだ。


 だって“魔法少女”の敵だもの。


 連れて来られたこの子らは、更正の余地有りと認められているが、余地があるだけで現状は敵でしかない。

 “魔女”の処分への参加を許されない2人だが、何時でも参入出来るだけの覚悟はとっくに決まっている。ハックルベリーが許さないからやらないだけでだ。それに対しては、普段から参加させろと抗議しているらしい。



「さっさと歩いてくれませんか?…またしばき回しますよ」



 穏やかだが抑揚のない千歳の声に、ビクリと身体を震わせる“魔女”達。捕まったのトラウマが蘇るのだ。ここにいる彼女らは、徹底的に痛めつけられている。クライペイントに治癒の魔法を貰って身体の傷は癒えているが、心の傷は簡単には塞がらない。

 どれだけ攻撃しようと逃げようと、無傷で歩いて来るグーフアップの姿が蘇る。近付かれれば最後、何をしても逃げられなかった。


 視界も言葉も、身体の自由も奪われてた“魔女”達は、[魔法院]の前までやって来た。


 当然だが、突如現れたバスは捕捉されている。そこから出てきたコイツ等も同様だ。

 多くの“魔法少女”達が臨戦態勢で出迎えてくれている。そしてとても困惑している。だって、見覚えのあるヤバイ“魔女”が、女の子達を縛って引っ張っているのだ。どんな状況だ、理解が追いつかない。



「そこで止まってもらおうか。どんな理由で此処に訪れたのか、理由を伺いたいのだが?」


「“魔法少女代表”が態々出迎えてくれるとは、これは豪華な歓迎ですね」



 とうとう表立って遭遇した身内。普段は仲良しこよしの共同生活をしている彼女達だが、実はこうして肩書を背負って出会うのは初めてなのだ。


 刑部は普段引きこもって仕事しているし、そもそも“魔法少女”としてはクソ雑魚なので戦闘員としてカウントされていない。出てきても足を引っ張るだけ、本人も理解して事務仕事をしている。そのため、前線で張っている“魔法少女”を茶化しに来る“魔女”との遭遇は難しいのだ。

 一応、ハックルベリーとは面識がある、という事は古参なら知っている。


 ツカツカと後方から歩いて前へ出る刑部の後ろでは、“魔法少女”達が青い顔をしている。刑部は結構高圧的で上から目線で話してくるが、[魔法院]を“魔法少女”を守ることに全てを注いでいる事は誰もが知っている。

 だから心配なのだ。


 前へ出ないでくれ!

 アンタ弱いだろうが!

 下がって命令だけしてろよ!

 怪我したらどうすんだ!

 護衛対象が危険に突っ込んむんじゃねぇ!


 等々、心の声が聴こえてくるようだ。


 そしてその刑部は、それらに全く気付いていない。だって前向いてるからね、顔見えないからね、しょうがないさ。刑部は鈍感ではないが、それは相手をよく見ているからだ。見てなきゃ空気も気持ちも読めはしない。

 


「要件ですか?見ての通りプレゼントです。ほら、皆さんこの前の“怪物”退治を頑張ったでしょう?ご褒美を持ってきたんですよ」


「その子達がプレゼントだと?」


「えぇ、全国の“魔女”達です。これが納品リストになります」



 ついに、互いの手が届く距離にまで接近してしまった。“魔法少女”達は何時でも今にも飛びかかってきそうだ。いや元から、刑部さえ居なければ直にでも取り押さえに動いていただろう。

 A4用紙にコピーされた“魔女”の名前とその本名、ついでに活動地域と住んでいる所や顔写真に電話番号まで。個人情報保護法に喧嘩を売っている内容が綴られている紙束を捲って確認する。


 

「…なるほどなるほど、要求は?」


「特にありません。受け取ってもらえると考えてよろしいですか?」


「良いぞ、感謝する」


「わかりました。クライさん」


「はーい。何処に持ってけばいいのかな?」


「付いて来なさい。案内しよう」



 多少の警戒心を見せ付けながらもスムーズに話は進む。何せ元が仲のいい友人のようなもの、外面を被っていなければ『お土産持ってきた』『そのへん置いといて』で終わる会話である。


 “魔女”達を拘束して運搬するため、クライペイントは仕方がない。だがグーフアップまで建屋の中に入れる訳にはいかないだろう。

 当たり前の顔をして付いて行こうとするグーフアップを、待機していた“魔法少女”が止める。



「待て。アンタにはここで待機してもらう」


「一緒に見学出来ると思ったんですけどね~。まぁでも、貴女と話してみたかったので、これはこれで役得ですか」



 1人で納得したグーフアップは、立ち塞がった“魔法少女”をじっと見つていめる。紫と水色を基調にした装いの彼女は、爽やかだが気品を持った貴婦人を思わせる。

 日傘の形をした武器に手をかけて、いつでも振るえる様に警戒は解いていない。だが、グーフアップの視線は武器ではなく、腰から伸びる4本のリボンの帯。さらにその中の1本が伸びる先だ、彼女の左の腿辺りから足先までを包んでいる。



「“魔法少女”セイブルマーチさんですね。[魔法院]設立から暫くは友人とコンビを組んで前線で活躍。負傷により左足を失い離脱。その後は新人教育の講師を努めている。…合っていますか?」


「合ってはいる。訂正するのなら、足は失ってない。ただ動かないだけ。それで、どうするつもりだ?」


「何もしませんよ。でも1つだけ、どうしても確認したい事があるんです」



 グーフアップは闇落ちしていそうなドレスを身に纏っているが、本人が醸し出す雰囲気は非常に穏やかで、話していると戦う気力が削がれそうだ。セイブルマーチと呼ばれた“魔法少女”もそうらしい。警戒はしているが、暴れることは無いだろうと武器からは手を離している。

 きっとこれがハックルベリーなら、既に戦闘になっていたに違いない。


 話の続きを促すように、セイブルマーチは黙って待っている。



「貴女は今、幸せですか?]


「は?」



 おっとスピリチュアルな話が始まるのか、“魔女”から飛び出る意外な問にセイブルマーチの頭上には疑問符が並んでいる。



「すみません…ふふっ、宗教の勧誘みたいになってしまいましたね。今、貴女の日常は満足出来る水準で満たされているか、主観で構いません。むしろ主観でしか語れませんよね、楽しく、笑って日々を送れていますか?過去は過去として、前を向いていますか?」



 “魔女”と“魔法少女”ではなく、グーフアップは1人の人を相手に話を続ける。対するセイブルマーチは質問の意図が読めていない、何を目的としているかが分からない。簡単な様で、とても答えにくい質問だから尚更だろう。


 

「…リナは、私にとって、とても大切な子だったんですよ。それこそ、代わりに私が死ねば良かったと思うくらいには。あの子が死んだのは全て私の責任です。だから、リナが親友だと話していた貴女が心配でした。…もっと、詳しく話しましょうか?」


「その名前を、どこで聞いた?」



 セイブルマーチと自分の関わりが無いと気付いたグーフアップは、関心を持っている訳を話す。そして『リナ』の名前が出てすぐに、反応が変わった。

 セイブルマーチは武器の日傘を構え、腰から伸びる帯でグーフアップを掴み拘束する。返答次第ではそのまま殺しかねない程の威圧感を放ち睨みつけている。



「ずっと前から知っています。初めて名前を呼んだ日の事も、呼ばれた瞬間も。あの子が貴女と知り合った日の事、少しずつ仲良くなっていく事も。あの子が“魔法少女”になんて成ってしまった事も、貴女が“魔法少女”に成ってしまった事も。全部知っています。…そして、私とは違い正義感の強い子でした。戦える力があるのなら、戦って皆を守りたいと言っていました。私と似て、頑固で融通の利かない子でした。でも、1度決めたら諦めない強さを持っていました。そして…何も出来ない癖に、守れると勘違いした馬鹿な私が、助けられると思い上がった愚かな私が、あの子を殺してしまった事も」



 真っ直ぐにセイブルマーチの目を見て、緩やかに語られる内容に戦慄する。まさかコイツ、ストーカーか何かだろうか。どう考えてもヤバイ奴だろう。

 だが、コイツが泣きそうな顔をして話しているのを見てか、特に動きはない。聞いてる側よりも、話している方の情緒が怪しい。大丈夫か?心配したいのはコチラである。ほら目元なんて涙が溜まってきているし、指先がプルプルしている。隠すようにドレスの裾を握りしめてももう遅い。見つかっている。

 でも大丈夫。セイブルマーチには人の心がある。他人の傷口に塩を塗り込む趣味は無い。むしろ慈悲深い方だろう。目の前の“魔女”の変化に気付かない振りをする。少しだけ、態度が軟化した様な気がする。



「…まぁ、楽しくやってるよ。むしろアンタの方が心配だけど」


「ありがとうございます、問題ありませんのでお構いなく。まだ乗り越えてないだけです」


「いや問題だろ、もっと構えよ…」



 とまぁ、それはそれとして。

 グーフアップも良い大人である。たとえ乗り越えてなくても、気持ちを切り替える事は出来るのだ。 

 聞きたい事は聞けたから満足である。心には多少どころではない問題を抱えているが、それ自体は今、関係のない事だ。 


 そして、拘束され続けるのにも疲れてきたらしい。多少軟化した態度を取っていようと、“魔女”の捕縛を諦めた訳では無い。そのまま捻じ伏せて捕まえようと、巻き付いている帯には強い力が込められているのだ。それをグーフアップは平気な顔して耐え続けている。本人的には争う理由が無いから何もしないが、窮屈であることは確かだ。


 そろそろ解放してくれと頼もうとした時、グーフアップを中心に青白いスパークを帯びた無音の爆撃が落ちた。

 セイブルマーチは咄嗟に飛び退き回避に成功したが、狙われた奴は直撃した。

 

 

「良く抑えてくれました!加勢します」



 土煙が流れる前に、着弾地点との間に若草色の少女が舞い降りた。“魔法少女”コダマだ。彼女は連絡を受け、急いでこの場へ向かい、真っ先に視界に入った“魔女”に対して手加減無しの最大火力を叩き込んだのである。先月のデカい芋虫に大ダメージを与えた攻撃を局所に収束させた必殺の一撃だ。

 同時に向かって来ている筈のカガリもこの場に居るが、遠距離攻撃を持っていないので初撃を譲っている。


 

「もう、痛いじゃないですか。攻撃するならすると言ってもらえませんかね」


「傷が、付いてる…!」



 晴れて再び姿を見せる“魔女”は、頭上に構えていた大盾を下ろしながら文句を垂れる。防ぎはしたが、音撃はこれでも範囲内攻撃である。その性質上、大盾を回り込んでダメージを与えている。


 そう。ダメージを与えているのだ。それがたとえ不意打ちだったとしても、圧倒的な硬さを誇る【塔壁とうへきの魔女】の防御を抜いたのは確かだ。ダメージが通ったという事は、少なくとも攻撃力は他の【あの魔女】2人の足元に追い付いたという事。コダマは、自身の成長を確信した。



「待たせたな!ところでマーチ、他の奴らは?」


「代表が連れていきました…って、マジですかぁ…」



 周囲の状況を、特に攻撃を受けた“魔女”の反応を確認するためセイブルマーチは視線を送り、心底げんなりした。

 


「しょうがないですね。相手になってあげましょう」



 グーフアップの背後には、色とりどりの透通った宝石の様な身体を持った動物達が控えているのを見てしまったからだ。

 セイブルマーチは先程まで、戦わずに会話をすることで時間を稼ごうと考えていたらしい。何も考えずに暴れだす様な“魔女”ではないと分かったし、ここでは戦闘をせずに見逃す事も視野に入れていた。

 なにせここは[魔法院]だ、まだ“魔法少女”としての活動を始めていない。争いが苦手な子や“魔女”や“怪物”にトラウマを持っている子も居るのだ。そんな彼女等の指導者としては、捕縛よりも安全を優先したい。勿論、捕らえられるのならそうしたいのは当然だが、成すべき事の優先順位が違う。


 ああ、こうなったか…


 セイブルマーチは自身の足を補助する1本の帯を残して、他の3本の帯を地面に突き立てる。これが彼女の戦闘体制だ。この機動力を重視したスタイルが故に、当時は蜘蛛女だとか呼ばれていたらしい。


 

「ンフフ…掛かってこいやぁ」


「言われなくてもッ!」



 何故かご機嫌な様子のグーフアップのやっすい挑発に、秒で乗っかるコダマが飛び出した。この子は、普段冷静なのに【あの魔女】が相手だと途端にアホになるというか何というか…


 こうして、遠距離攻撃主体のクセに蹴りを繰り出そうとコダマが一歩踏み出した時。コダマの持つハープに、カガリの構える刀に、セイブルマーチの日笠に、それぞれ衝撃が走る。

 あまりの強さに、全員が武器を叩き落された。


 強制武装解除に3人の警戒レベルは最大まで引き上げられる。そうして睨むのはグーフアップの奥、透通った動物群のさらに奥。



「おまたせおまたせ、何か楽しそうな事やってんねぇ。荷物はちゃんと届けたかい?」


「チッ…もう来ましたか」


「今舌打ちした?そんな子だっけ?」


「日頃の行いを省みたらどうですか?」



 いつも通りニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべてグーフアップの隣までやって来たのは、勿論ハックルベリー。本人的には特に争うつもりもないのか、既に銃を仕舞って両手をヒラヒラさせている。欠片も信用出来ないが。


 

「おっ待たせー!あれ、皆揃ってどうしたの」


 

 いざ開戦しようかと“魔法少女”達が気合を入れ直した時、場違いにご機嫌な幼女の声が響く。刑部と並んで歩いて帰ってきた様だ。何故か、両手で抱えた籠には大量のお菓子が詰め込まれている。

 


「丁度良い。コダマ、カガリ、マーチ。3人とも手伝ってくれ。私ではあの数の“魔女”を押さえられなくてね。ああ、そこの“魔女”達は帰ってくれて構わない。もう用事は無いだろう?」



 こっちへ来いと手招きする刑部と、向こうでヘラヘラしている“魔女”を見比べる。 


 どうすりゃ良い?

 えっ、コイツ等見逃していいの?

 仕事と安全と命令のどれを取るか、悩んで動けない“魔法少女”は置いといて、ハックルベリーが一歩前へ出る。



「それがすぐには帰れないんだよねぇ。ちょっとお話を聞いてくれやしないかい?」


「良かろう。お茶は要るかな?」


「はいるちゃんが居るなら、この場だけ十分さぁ」



 先程同様、刑部は一番前に立つ。今度はハックルベリーと話し合う様だ。

 セイブルマーチは気が気でない。【あの伝説の三魔女】の中でも特に戦闘回数が多いのが、このハックルベリーだ。主にコダマとのじゃれ合い程度のものではあるが、それを知らない彼女はとても警戒している。

 隣に立っているコダマとカガリは、割りと落ち着いている。だってアイツ等が仲良いのを知っているから。


 取り敢えず、信用している『最強』とその師匠が何もしないから警戒だけ強めておく。


 

「諸君、緊急会議だ。マーチは各部署の担当を集めて第一会議室へ、コダマとカガリは[外敵対策課]の遠山と中村を呼んで来てくれ。私は資料を用意しておく。ベリーは来なさい。ああ、2人は帰ってくれて構わないよ」


「ここは任せて撤退しておくれ。晩御飯は湯豆腐が良い」



 ハックルベリーがたったこれだけ言い終わるより先に、“魔女”2人は黄色の円を潜って帰って行った。判断が早い!

 まぁ、実は前々から決まっていた事なので早いも何も無いが、少し薄情ではないだろうか。


 

「刑部さん。どういう事ですか?」


「詳細は後で話すが…早い話、魔女狩りをする」



 ざっくりと言い切った刑部と、未だ困惑する“魔法少女”達。突然言い出した事ではあるが、これは[魔法院]と[魔女会]の構想が出来た時点で確定していたイベントである。もっと言えば、正義の魔法少女と悪の魔女と区別すると決めた時に出来上がったイベントだ。

 散々今まで、世間一般に対してこのような印象を刷り続けたのだ。“魔法少女”は正義の味方で、“魔女”は悪事を働くお尋ね者だと、何度も何度も言ってきた。

 だが同時に、“魔女”は敵ではないとも言い続けてきた。敵ではないから倒さずに捕まえるし、更正すれば共に“魔法少女”として働いてもらう。どうしようもない奴は監視付きで軟禁しているが、今の所は暴れて逃げ出した事例は無い。


 “怪物”が更に強くなった今、“魔女”にまでリソースを割くのは勿体ない。ならば早めに手を打つしか無いだろう。

 

 魔女狩りが始まろうとしている。



 


 








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