第90話 潜入

 ゴ治郎が洋館を見上げる。視界の全てが建物に覆われ、超高層ビルの根元にいるような感覚だ。……さて、どこから入るか。玄関の鍵はかかってないのかもしれないが、ゴ治郎が開けるのは無理だろう。ちょっとした隙間があれば入れるのだが。


 ──カタカタ。


 夜風に吹かれて窓がガタつく。一箇所だけ他よりも明らかに揺れが大きい。もしかして、開いてる? 睨み付けるように目を細めた後、ゴ治郎が窓を目指して壁に取り付き、登っていく。


 少し悪いことをしている気分になって、自分の周りを見渡すが、誰もいない。人目につかないように正門の脇に腰を下ろしてゴ治郎に指示を出す。


 ──カタカタ。


 やはりこの窓は開いているようだ。サッシの部分に立つゴ治郎が無理矢理手を突っ込むと、窓が少し動いて隙間が出来た。よし。


「慎重にな」


「……ギギッ」


 こちらの小声にゴ治郎も小さく返した。しかし強い意志を感じる。ゴ治郎のメグちゃんにかける想いは相当だ。



 屋敷の中は暗くしんとしていた。大きなダイニングテーブルが見えるから、ここは食堂のような部屋なのだろう。もし匂いも共有出来たとすれば埃とカビにむせていたかもしれない。一体、どれくらいの間放置されていたのだろう? 家具などはそのまま、ある日に突然、人が消えてしまってそのまま何十年も経ったような印象だ。


 ジャンプしたゴ治郎が、スタッとダイニングテーブルに着地するとその音が響き、埃が舞った。どこかで反応がないか耳を澄まし、目を皿にするが何もない。


「一通り見て回ろう」


「ギギッギ」


 キッチンやリビング、浴室まで見て回ったが特に何もないし起こらない。とりあえず一階は異常なしだ。女の声ってのは二階で聞こえるのかもしれない。


 ゴ治郎は建物の中心にある豪華な作りの階段をぴょんぴょんと跳ねながら上がっていく。結構動いているせいで腹が減ってきた。リュックからSMCオリジナルのプロテインバーを取り出し、頬張りながら先へ急ぐ。


「……ギギ」


「どうした?」


「……ギギギギ」


 何も聞こえないけど。そう返そうとした時だ。微かに女の声で鼻歌のようなものが聞こえる。これのことか。鮒田が言っていたのは。


「どこからか分かるか?」


「ンー、ギッギ」


 階段を登り切ったところでゴ治郎が考え込み、ピシッと奥の突き当たりの部屋を指差した。ドアは半開きになっていて、そこから聞こえてきているらしい。


「気をつけろよ」


「……ギギ」


 少しずつ近づくにつれ、その声は大きくなる。聞いたことあるようで、でも初めてかもしれない。なんとも物悲しいメロディーにゴ治郎の足取りが重くなっているのが分かる。


「……メグちゃん」


「ギギ」


 ハッと思い出したようにゴ治郎の歩みに力が戻る。


 しかし、こんなにはっきりと霊の声が聞こえるなんてことがあるのか? 召喚モンスターに霊感なんてあるとは思えない。誰かが勝手に入りこんで暮らしているんじゃないか? その場合は警察を呼ぶしかないな。


 もうドアはすぐ近くだ。胸が苦しくなるような歌声が響く。一瞬躊躇ったあと、ゴ治郎はスッとその身体を部屋の中に滑りこませた。

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