第87話 グラビアモンスター

「次は何の動画をみる?」


 ゴ治郎はPCモニターの前でファイティングポーズをとり、左、右とジャブを放った。


「ボクシングがいいのか?」


「ギギッ!」


 ジャブを続けながら頷いた。家で暇な時は格闘技の動画を観るのが俺とゴ治郎の日課となっている。日々の研鑽がゴ治郎の強さの秘密だ。


 アメリカの伝説的なヘビー級チャンピオンの動画を見せると、ゴ治郎はずっとモニターに向かって真似をしている。拳を顔の前に置いて上半身を小刻みに揺らし、仮想の相手に的を絞らせない。なかなか様になっている。


 動画の途中、ソシャゲの広告が流れ始めるとゴ治郎の動きが止まった。邪魔くさい。そろそろプレミアムプランを考えないと。そう思いながら画面の"スキップ"をクリックしようとマウスに手をやると──


「ギッ! ギギギギッギ!! ギンギンギギギッ! ギャギャギャ!」


 ──真剣な表情のゴ治郎が俺を制止した。めちゃくちゃ喋ったぞ。なんだ? この広告に何かあるのか? ソシャゲなんて見る必要ないだろ。


「この広告、本物の召喚モンスターを使ってる?」


「ギギッ」


 ゴ治郎はこちらを振り返ることもなく、モニターを見たまま返事をした。映るのは雌型のモンスター。おぉ。随分とエロい格好をしているな。


「これ、サキュバス?」


 ゴ治郎は振り返って俺を一瞥すると、スッとモニターに視線を戻した。「見れば分かるだろ。黙ってろ」そう言われた気分だ。


「……まさかゴ治郎、このサキュバスが好みなのか?」


「……ギ」


 ……なんで照れてるんだ、ゴ治郎! ゴブリンはゴブリンに恋するわけではないのか!?


 広告が終わってもゴ治郎が再びファイティングポーズを取ることはなかった。数十秒の間にすっかり骨抜きにされてしまったらしい。サキュバス、恐るべし。もしSMCで対戦したら絶対に勝てないな。


「……ギギ」


 ゴ治郎が寂しそうな顔をして振り返る。


「もう一度、見たいのか?」


「ギギッ!」


「そんな狙って広告見れないよー」


「ギンギッギッ!!」


 いや、頑張ってと言われても……。とりあえずゲーム実況とか観てれば出てくるだろ。人気配信者の動画を再生すると──。


「……」


「……」


 サキュバスは出てこない。ゴ治郎の背中からプレッシャーを感じる……。早くサキュバスを出さないと!


「き、きっと召喚モンスターの動画をみてたら出てくるだろ!」


「ギギギッ!」


 慌てて海外の召喚モンスター動画を再生する。来いっ! サキュバス!


「……」


「……」


 就活サイトの広告が流れる。うん。だって俺、就活生だし。そーいうサイトよく見てるからさ、そーなるよね。


「……ギィィ」


「待ってろ、ゴ治郎! 必ずもう一度サキュバスを見せてやるから!」


 結局、もう一度同じボクシングの動画を再生しているとサキュバスの広告は流れた。この時のゴ治郎の笑顔は今までに見たことのないものだった。

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