第66話 鮒田カー
「坊っちゃま!!」
講堂に入って来たのは白髪の老人とガタイのいい男だった。
鮒田不動産に電話してから10分もしない内に駆けつけたので、近くにいたのだろう。老人は鮒田の様子を確認すると、男に目配せをした。男は無言で鮒田を背負って講堂から出て行く。
「水野様ですね? ご連絡頂き、本当にありがとうございます。もしお時間がありましたら、お話を伺いたいので一緒に来てもらえますかな?」
鮒田の関係者とは思えない丁寧な物腰だ。
「大丈夫ですよ。流石に気になりますし」
「ありがとうございます。では、行きましょう」
少し早足の老人は自分のことをコンドウと名乗った。鮒田が子供の頃から世話役として雇われているらしい。未だについ、「坊っちゃま」と呼んでしまうとか。
「さっ、乗ってくだされ」
大学の駐車場にとめられたフルスモークの高級ミニバンに案内されると、奥のシートに鮒田が寝かされていた。まだ気を失ったままだ。
ガタイのいい男は運転席に座っており、チラリとバックミラーを確認する。そして静かにエンジンがかかり、スッと動き始めた。
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「なるほど。2体同時にモンスターを召喚したら、倒れてしまったと」
隣のシートに座ったコンドウさんは俺の言葉を繰り返した。
「ええ。俺が煽ってしまったのも良くなかったです」
「いえいえ。坊っちゃまの性格を考えると、放って置いても自分から2体のモンスターを召喚したでしょうな」
俺もそう思う。
「まぁ、気絶しているだけなので、もうしばらくすれば目を覚ますでしょう」
「だといいんですけど」
講堂に入って来たときは随分と慌てていたが、今はあまり心配していないようだ。
「そういえば、水野様もダンジョンに行かれるそうですな」
「ええ。まぁ」
「ダンジョンとはそんなに良いものなのですか?」
「……と、言いますと?」
「坊っちゃまがダンジョンやモンスターにあまりに熱中しているので、皆心配しております」
「……なるほど」
「水野様は、何故ダンジョンが出来たと思いますか?」
「……考えたこともなかったです」
「色々な説があるそうですが、その一つに……」
コンドウさんが奥のシートに視線を向け、また話し始める。
「人間から何かを集めるため。というものがあるそうです」
「何か?」
「モンスターを召喚していると、大変お腹が空くそうですな」
「はい」
「それは、召喚モンスターを中継して人間のエネルギーをダンジョンが集めているから」
コンドウさんは真っ直ぐ前を見ている。
「という説もある」
「……なるほど。集めてどうするんでしょう?」
「さあ。そこまでは」
後ろからうめき声が聞こえる。どうやら鮒田が目覚めたようだ。
「坊っちゃま、お目覚めですかな?」
コンドウさんは振り返り、優しく声をかける。
「爺か」
「如何にも。坊っちゃま、また馬鹿なことをやりましたな?」
「……迷惑かけてすまなかった」
意外だ! 鮒田が普通に謝っている。てっきり開き直って高笑いするかと思ったのに。
「晴臣も、すまなかったな」
一体どうした? これはもしかして映画版の鮒田武?
「俺も悪かったな」
「そう、晴臣が悪い」
反省する期間が短い! 上映終了だ。
「てめえ、覚えていろよ」
「ふははは! いつでもかかって来ればいい!」
さっきまで気絶していた癖に、立ち直りの早いやつだ。秒でTV版の鮒田武に戻りやがった。
憎々しく思いながら、ふと隣を見るとコンドウさんの顔が緩んでいる。
「なにかありました?」
「いえ。坊っちゃまに友達が出来るとは……」
そう言ってコンドウさんは嬉しそうにするのだった。
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