記憶の巻き戻り

 

 メイドを下がらせ、三人それぞれが基本的な礼と定型通りの名乗りを恙なく終わらせ席へとついた。ひと息ついてから三人が同時に顔を上げ、瞳を合わせた……──その瞬間。


「ッ──ッ?!!……っ、──ッッ!!」


 三人の脳内に暴力的とも言えるほど膨大な記憶が突如として雪崩れ込んできた。そこには、今までの人生では見た事のない人達、料理、常識、交通機関などがあった。


 同時に其々前世の記憶を思い出し、成人前の幼い三人はふらふらになってしまう。礼儀だのなんだの言っておられずに、テーブルに三人とも突っ伏してしばらく目眩や頭痛をやり過ごすと、長椅子に場所を移して落ち着いてから話し合う事にした。


 長椅子へと移動して、身体が楽になる姿勢で足を伸ばしながら呼吸を整えていく。身体に巡る魔力が不安定になっているのか、三人の瞳の色はいつもよりも濃い色になっていた。

 少し落ち着いた時、一番年下のミレイユが不安に瞳を揺らして口を開き「……お二人とも、あの……」と、何かを言いかけた。


 オリヴィアはミレイユの口元に人差し指を持っていき、発言を遮る。ミレイユは礼を欠いた事を咎められるのではと身を固くするが、オリヴィアはミレイユを安心させるようにコクリと頷いてから、左手を上げ無詠唱で応接間に防音結界を展開した。


「……流石、オリヴィア様ですわ。未就学のお歳で、もう既に魔法に精通してらっしゃるとは」


 カテリーナが感心しきりという顔で呟く。


「……いえ、今初めて魔法を使いました。精神が未熟な内は制御出来ないと言われてて禁止されておりましたので……ていうか、今は敬語も敬称もやめよう。その為に防音にしたんだから」


 今の状態を三人で共有するには敬語や遠回しな言い方は邪魔だったのだ。


 ♦︎♦︎♦︎


『とんでもない事もあるものなのねぇ……』


 オリヴィアは、ここにいる三人が全て元日本人と知り、驚きにたまらずため息と呆れた声を漏らした。


 いくら防音にしたとはいえ、使用人がいつ様子を見にくるかわからない為、今ここでの会話は全て日本語で交わす事にした。


『因みにあたしは元アラサー独身のOLで、ブラック企業勤めだったよ。最悪」


 カテリーナは挙手をしながら前世の情報を話す。


『あら、私もアラサー。バツイチ、子なし』


 オリヴィアも前世の記憶を伝えた。前世の夫の顔は全くもって思い出せないのに、クソ野郎だったという事だけは嫌というほど覚えており、心底嫌になる。


『うふっ。じゃあ、私が前世は私が一番お姉さんですのね』


 コロコロ笑いながらミレイユが言う。小動物を思わせるとても可愛い笑い声だ。


『……因みにおいくつでしたの?』

『80代で五人の子あり、孫もいた……ような気がいたします。正直、自分の事もあまり思い出せなくって』

『『!!』』


 一頻り三人のの前世の経歴に驚いた所で、オリヴィアはふと応接間に飾ってある世界地図を見上げた。


『……ところでさ、この世界どう思う?タイムスリップ、ではないよね?』

『そもそも魔法の概念が前の世界になかったしね。そしてね……この世界あたしなんか見覚えあるのよ』


 カテリーナ曰く、この世界は彼女がやっていた乙女ゲームの世界に酷似してるのだそうだ。


『んなアホな……』


 私とミレイユは胡乱な目でカタリーナを見つめた。


『いやいや、マジで!あたしもさ、まさかな〜と思ってたんだけど……ミレイユ、カテリーナ、オリヴィアって、ヒロインと攻略対象の間に立ち塞がる悪役令嬢三人組なのよ!』


 オリヴィアは前世でも読書家だったが、ライトノベルなどは見ていなかった。ゲームなどもやった事がなかったため、その辺はとても疎いのだ。


『ところで、乙女ゲームってなんです?』


 ミレイユはコテンと顔を傾ける。ミレイユに至っては、かつての世界でゲームの存在を認識していたかすら怪しい。


『あ、ミレイユの世代はゲーム無かったのかな?』

『んまっ! エイリアンを撃ち落とすのならやった事があるような……』

『………だいぶ初期ね』


 カテリーナは熱く二人に恋愛シミュレーションゲームについて語って聞かせた。



『……成る程。つまりは、そのヒロインとやらは私達の未来の婚約者達を次々と籠絡させて、最終的にはそのうちの誰かとくっつくと』


 オリヴィアとミレイユはカテリーナが熱く語る乙女ゲーム講座に耳を傾けた。


『それがさぁ、誰か一人とは限らないのよね。逆ハーエンドもあるから、このゲーム』



 その言葉にオリヴィアは驚いた。



『──ッ!! ぎ、逆ハーって……攻略対象者全てに、ヒロインが囲い込まれるってこと?! この国は一夫多妻はあるけど、一妻多夫は認められてないわよ? どう考えても生産性が低いし、合理的じゃないわ』



 いずれ国の重鎮を担う男達が揃いも揃って一人の女に骨抜きになったら、この国の未来は非常に暗すぎる。

 説明を聞いてもイマイチ訳がわかっていなさそうなミレイユにに対して、オリヴィアは一人焦っていた。


(え? そうなると、世継ぎとかどーすんだ? ジークがあてにならないなら、アイルーゼン公爵家は……まぁ、私が継げばいいか。てか、そもそも国王以外にも股ひらく女とか……全然、ダメでしょ)


 カテリーナの話を聞きながら、オリヴィアは前世に受けた傷が抉られているような気持ちになった。

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