第11.2話 対談後半
休憩終了後の対談も順調に消化したことで、予定時刻まで若干の余裕を残し撮影準備へと移行する
「はいはい、みんなお疲れさん。対談はこれで終わりなので、次は写真の撮影に移行するぞ。順番にメイク直してもらってきてくれ」
田中が指示を飛ばし、新垣がまず席を外す。
「それじゃあ、戸松さん。皆のメイク終了まで若干時間もあることですし、先ほどの件、ぜひとも今お願いします!」
尻尾がついていたら大きく振ってきそうな勢いで種田がまくしたてる。
つられて、須川と香坂も興味津々な様子で近寄ってくる。
「分かりました。じゃあまずはスターティンのプロジェクトデータから。生楽器への差し替えありきで作っているパートもあるので、結構印象が変わるかもしれません」
解説しつつ、曲のファイルを展開する。
デュアルモニタ環境のため、戸松は普段広々と利用できている認識でいたが、真横に3人がいると窮屈な印象に感ぜられる。
「この曲では、作詞とボーカルレコーディングまでの時間が極端に短かったので、とにかくメロディとコード、雰囲気をとにかく固めることに専念していました。このパートとこのパートとこのパート、それにBPMをまずフィックスさせました。一回これで聞いてみますか」
ウワモノ系をすべてミュートし、再生コマンドを実行する。
「あ、たしかに歌詞作成の時にいただいたデータはこんな感じでした。こっちの方があの時よりもピアノとかのフレーズはもっと細かく作りこまれていますけど」
香坂が呟く。
「コンペではない決め打ち作品の場合、自分の本来の作業手順であれば、作詞家さんと複数回やり取りをしながらメロディと歌詞を調整しつつ、ある程度アレンジも固めていくんです。もちろん、人によってやり方は違いますのであくまで参考程度に聞きとどめておいてください。兎に角、そういうわけで今回は自分にとってかなりイレギュラーな作り方になってしまいましたね」
「そうなんですねー。でも、あの曲の歌詞はそのブラッシュアップ作業がなくても、歌っていて気持ちいい譜割になっていましたよね」
須川が疑問を口にする。
「その点については、今回歌詞作りをサポートしてくれた惟子さんが自分と長い付き合いなので、上手く調整してくれたんだろうなと思います。実は彼女、歌もうまくて仮歌もよくお願いするんで、自分の歌のことはすごく理解してくれているんですよ。……あ、もちろん、今回に関しては香坂さんの歌詞がよかったというのは前段にあったうえでの話ですよ」
とってつけたようなフォローになってしまったかと半ば焦りながら戸松が香坂を見やると、無表情でモニターを見つめている。
「彩奈、次あなたの番だって」
折よく戻ってきた新垣がメイクの交代を告げ、須川のいたポジションに代わりに収まる。
「おお、これが制作途中のファイルなんですね。いろんな過程を経てあの完成形が生まれると思うと感慨深いですね」
新垣がしみじみと感想を口ずさむ。
「戸松さん、次は”アネモネ”のファイルを見せていただきつつ、いろいろ制作話お聞かせいただいていいですか?他ユニットの曲である手前、かなり厚かましいお願いであることは重々承知してはいるんですけど」
種田が興奮冷めやらぬ状態で畳みかける。
「……分かりました。種田さんが仰ったとおり、大っぴらに公開できるものではないので、ここだけに留めておいてくださいね」
先刻の香坂の発言内容も踏まえ、頑なに拒否するよりはサラッと見せつつ軽く流した方が無難であろうと判断し、許諾の意向を申し伝える。
ファイルを開くと、コンペへ提出したデータが展開される。
採用される蓋然性が低いことを勘案し、コストを抑えるためすべて打ち込みにせざるを得なかったが、大型の案件ということもあって気合を入れて制作したことから、差し替え前提のパートについてもアーティキュレーションやベロシティ等のパラメータもしっかりと作りこんだなぁ、と感慨にふける。
仮歌の歌唱データも入っており、その上手さはオリジナルのレベルよりも際立っているが、その点には触れないようにする。
「当時は仕事が少なくて時間だけは無駄にあったんで、打ち込みの密度はこちらの方が圧倒的に高いですね。半面、”スターティン”とかは時間がない中での制作だったということもありますが、差し替えありきでミュージシャンがツボを押さえられればいいという前提で打ち込みをしています。パッと聴いた印象では圧倒的にアネモネの方がクオリティの軍配はあがりますが、プロ作曲家に求められるのはどちらかといえば後者の能力です。とにかくより多くの曲を、短い時間で作る。これができないと食べていけないんだなとこの業界に入って痛感しましたね」
3人がホーと感心のため息をつく。
「曲作りで食べていくって、やっぱりそうそう出来るものではないですね……。ちなみに、仮歌の人の声や歌い方がめちゃくちゃ可愛いですね!大声では言えないですけど、ボーカルだけなら私はこっちの方が好みかもしれません」
種田の言及に新垣とと香坂も頷く。
「実はこれも歌っているの惟子さんなんですよ。別件で作詞を依頼していた歌に仮歌入れるついでにこっちも歌ってくれまして」
やはりその点に言及するかと苦笑いしつつ、返した言葉に3人が驚愕する。
「えっ、ほんとですか?確か”スターティン”とかの仮歌うたってくれたのも惟子さんでしたよね?どちらかというと格好いい系の芯の通った声だったと思うんですけど」
新垣が首を傾げる。
「そこが惟子さんのすごいところなんですよね。いろんなバリエーションの声質で、正確無比な音程、様々な表情をつけて歌える人はそうそういませんよ。ぶっちゃけ、自分が惟子さんの歌声の一番のファンだと思います」
「へー、確かに惟子さんすごいよね。私が作詞した後サクッと歌詞を手直ししながら歌入れしてましたもんね」
戸松が北山への賛辞を熱弁するうちに、香坂も同意の言葉を静かに口にする。
「ところで、戸松さんにこの曲で一番聞きたいことがあるんですけど……」
「はいはーい、盛り上がっているところ悪いけど、次、優美ちゃんメイク入りましょうねー」
種田の言葉を遮り、戻ってきた須川がメイクの交代を告げる。
「おーい、とまっちゃん。撮影に向けて部屋のレイアウトとかいろいろ調整するからそろそろ終わりにして頂戴な」
「分かりました。とりあえず、曲はこんな感じで作られていますってことで。楽しんでいただけましたかね」
田中の呼びかけを受け、作曲講座を締めにかかる。
その後、スタジオ内のインテリア等を写真映えするような位置取りへ変更したり、DAWの画面上に不必要なほどにVSTのGUIを立ち上げたりする等、撮影に向け準備を進めていく。
部屋の準備が終了し4人の身支度が整ったところで、戸松のスタジオ内にカメラのシャッター音が響き始める。
「いやあ、オフショット的なイメージで撮るつもりだったけど、存外ちゃんと音楽スタジオっぽい構図で撮れていて、ちゃんと音楽に力を入れているアイドル、みたいな感じに仕上がりそうだな」
田中が満足げに首を縦に振る。
撮影用のためとは言え、実務の上では邪魔にしかならないモニタの表示内容やイクイップメントの配置に戸松は失笑してしまうが、それでも、見目麗しきアイドルがカメラに向かってポーズをとるだけで、そのおかしな構図さえもサマになってしまうことに同時に感嘆する。
やや値段の張るワークチェアに腰掛け膝を組んで得意顔をする種田は、あきれるほどに格好がついている。
ボーカルブース内で歌詞カードを読みふける姿の新垣、抱えたギターのペグをつまむ香坂、キューボックスをいじる須川も、あまりにも自然に写真へおさまっていたため、彼女たちもプロの音楽作家なのではないかと見紛う程であった。
「はい、これで撮影は終了です。お疲れさまでした」
戸松のスタジオで撮影する写真は対談記事の隙間を埋める程度のものであるため、枚数の多さやクオリティの高さを求められるものでもなく、すんなりと撮影が終了する。
「はいはーい、それじゃ明日はグラビアの方の写真撮影だからよろしくな」
田中がKYUTEメンバーや撮影関係のスタッフへの結びの言葉を告げ、かくして戸松のスタジオにて行うべき工程はすべて終了した。
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