第2話 曲作りと元カノ

家に帰って早々、先ずKYUTEの音楽や映像資料の研究に勤しむ。

インディーズ時代の楽曲は手焼きCDの販売しかなされていなかったため、田中からデータを入手した。

また、ライブ映像はパッケージ化されておらず、動画サイトに彼女らが上げたものを視聴することにする。

「……とりあえず、現段階でKYUTEのことを全く知らない状況だ。4人の特質を急ぎ見極めて曲のラフを作らないと」

独り言ちつつ、数少ない彼女らの歌、ダンスからなるたけ多くの情報を得るべくPC画面と向き合う。香坂のことは”意識しないよう”意識しつつ。


初期は新垣、種田、須川の3名のみでの活動であったことから、比較的冷静に分析を進めることができ、早々に特徴を抑えるに至る。

(うん、新垣さんはハイトーンが映えるリードボーカル系、ダンスもそつなく熟すし、ビジュアルが優れているので、まさにセンター向きと言えるかな。須川さんはあのゆったりした雰囲気からは想像のつかない歌唱力の持ち主だな。ユニゾンやハモリを効果的に使い分けて新垣さんの歌声が映えるようにしているし、彼女が一番歌手としての素養があるかもしれない。種田さんは、音はあまり外していないとはいえ、歌唱力に関しては残念ながら特筆することはない印象だな。やはりダンス枠で彼女の真価は発揮されているのか。とにかくこの3人のバランスを勘案すると、低域を加えて重厚さを持たせたいところ。しずくがその役割を果たしているのか気になるところではあるけど、果たして冷静にアイドルとしての彼女を観ることができるのだろうか……)


アイドルとして活動する香坂と直ぐに向き合う余裕もなく、まずは一通り3人での活動のみ観ていたが、そもそもの研究リソースの少なさ、メロ作成〆切の短さを勘案すると、彼女をいつまでも避ける余裕など戸松にはなかった。

意を決して、まずは香坂が加入して最初に発表された曲の音源を再生する。

「たとえどうしようもない事情で引き裂かれたとしても、私はその咎を背負い続けるだけ。あなたにとってはただただ私の罪でしかないのだから」

曲のサビでは、新垣の1オクターヴ下でメロディをなぞる香坂の歌声がモニタースピーカーから鳴り響く。

その声はまさに、それまでの3人に足りない音域を埋めるものであった。

同時に、彼女の声が想起させる寂寥感は、中学時代に抱いていたイメージと乖離しており、戸松を惑わせる。

「昔のしずくとあまりにも違う……。6年という歳月は人をこんなにも変えるものなのか……」

思わず独り言ちつつそのまま、恐れ半分、もっと香坂を知りたいという欲望半分でライブ映像へと軸足を移す。

たった1曲を聴いただけで、自分の目的が作曲の研究であるのか香坂の変遷の追求であるのか区別しきれなくなる程、戸松の感情はかき乱されていた。

続けて視聴した同曲のライブ映像では、香坂は何かに追われるように必死の形相で歌い、激しく踊る。

果たしてそれが”アイドル”として相応しい姿勢であるのか戸松には判別がつかなかったが、彼女の一挙手一投足から目が離してはならないような気がした。


一通り楽曲と映像を浚い、戸松は疲労感からデスクチェアを後ろへ思い切り傾け大きく伸びをする。

職業作家として冷静に分析することのみに注力しようと努めたものの、そう単純に割り切れるものでもなく、無意識に香坂の声や所作ばかりを追いかけてしまったことを猛省すると共に、精神的にグッと披露したことから思わずため息をつく。

(加入当初は極めて尖っていたけど、時が進むにつれて動作は洗練されていっている……。今ではアイドルとして自分に求められている役割をちゃんと理解して、それを全うしているように見えるのは、やはりしずくの才能だろうか。それにしても、アイドルとしてあるべき姿は今のほうがより近いのだろうけど、なぜか加入したての頃のほうへ俺の心が引き寄せられてしまうのはどうしてなのか……)

そしてある結論に至り、戸松は自嘲気味に笑ってしまう。

(そうか、俺はしずくが大衆受けするために個性を失っていくのが嫌なのか……。尤も、より多くの人に愛されるようになってしまうこと自体への抵抗感なのだろうか……)

しずくへの執着心を自覚するも素直に認めるには抵抗があり、意識を作曲へ向けるべく先ずはDAW音楽制作ソフトを立ち上げる。

普段、戸松は適当にドラムループを走らせながらコードのあたりをつけ、その後に主旋律を決定してから編曲段階でリハモを行いつつ歌唱パートのハモリを作成するという手順を踏んでいる。

今回はレコーディングまでの時間的制約もあり、取り急ぎハモリも含めてメロディを確定させる必要があった。

(とりあえず、表題曲はライブで盛り上がるようなキャッチーさをとことん追求したものにしよう。サビは全員でユニゾンさせつつ、弦楽器でカウンターメロディを入れて華やかにするイメージで。サビとの対比を強調させるためにBメロはソロパートまわしで行こうか。Aメロは新垣さんのメインメロを須川さんの歌唱力で補強しつつ、しずくのアルト音域を途中から加えて綺麗にハモらせたらいい感じになりそうだ)

戸松は自覚なしに、香坂が活躍できる要素を入れ込めないかを模索していた。

1コーラス分のメロディを取り急ぎ完成させると、念のため田中の了承を得るべくデータを投げる。

時計を見ると既に21時を回っており、午後一の会議から帰って以降、楽曲研究と作曲作業をぶっ続けで行っていたことに気づき、少し休憩しようと戸松はリビングへと向かう。

炭酸飲料を飲みつつ、帰宅して以降放置していたスマホを持ち上げ、スリープモードを解除した途端、戸松の顔から汗が噴き出る。


通知欄には、香坂からの着信履歴が表示されていた。

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