元カノをアイドルとしてプロデュースすることになりました

須賀妃依

Prologue - 再会 -

「いやぁ、悪いねぇ、とまっちゃん。こんな大変なの引き受けてもらっちゃって」

戸松が会議室に入ると、懇意にしている音楽レーベル社員の田中が、両手を合わせ謝るポーズを見せながら話しかけてくる。

身振り口ぶりとは裏腹に、その上がっている口角からは悪びれる様子がみじんも感じられない。

今回田中が依頼してきた仕事は戸松にとっては気の進まない案件であった。

しかしながら長期のプロジェクトであることからしばらくは飯のタネに困らない上、田中には散々世話になっているため、戸松には仕事を断るという選択肢はなかった。

戸松の職業は作編曲家であり、サラリーマンのように定期的な安定収入を保証されているわけではない。

決め打ちでもない限りはコンペへデモを提出する、いわば毎回就活状態であった。

それでも食いつないでいけるのは、毎回コンペが通るから……というだけでもなく、田中たちが回してくれる仕事によるところも大きい。

戸松が今回担当することになった案件は、アイドルのプロデュース。

演出やプロモーション等はそれぞれ担当がいるものの、音楽面での統括と楽曲の制作は戸松が行うこととなる。

普段は自宅兼スタジオに籠っての曲作りばかりであり、女性に仮歌を歌ってもらうことはあれども、たいていはリモートで作業が完結してしまう。

そのため、最近は、女性、とりわけ若い女の子との直接的な交流が皆無に等しい。

本日はプロジェクト関係者の初顔合わせであり、戸松たちは主役たるアイドルを座して待つ。

「田中さん、どうしましょう。若い女の子と一緒に仕事する経験なんて久しくやっていないんで、段々緊張してきました」

「なーに言ってんの!とまっちゃんだってまだまだ若いじゃん。今何歳だっけ?」

「21ですね」

「俺なんか45だぜ。俺の歳の半分も生きてないじゃないか。まぁ今回のプロデュース対象の子たちと年齢は近いんだし、フランクに受け入れてもらえるっしょ。あ、でも、外に出ないで作曲ばかりやってきたとまっちゃんとは盛り上がれる共通の話題とかなさそうだしなぁ……」

「うっ、それは痛いところを……」

「ともかく、年齢的には近いけど、なめられないようにだけは注意しとけよ」

人気アイドル周りの業務においては、彼女らを尊重する必要はあるものの、あまりにもスタッフサイドが下手に出すぎると増長してしまう可能性も大いにありうる。

実際、力を入れていた某プロジェクトが崩壊してしまったことを思い出し、田中はつい苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。

「分かりました。ところで、まだ今回のプロデュースする女の子たちのプロフとか知らないんですけど」

田中の顔からあまり深く踏み込まない方がよいと判断し、別の話題に水を向ける。

「あぁすまんな。如何せん、とまっちゃんに頼むことになったのはマジで近々のことで、資料を準備する余裕がなかったんだわ。まぁ、初対面でいきなりガッツリ会議するっていうのもアレだし、今回は関係スタッフみんなで一度軽く顔合わせしておこうっていう趣旨だから、そんなに気張らなくていいよ。あとで詳細な資料送るからな」

かくして、戸松は相手の情報を知らないまま、彼女らとの初対面を緊張の面持ちで待つこととなる。

「おはようございまーす」

会議室の重い扉を開けて入ってきたのは4名の女性。

戸松も彼女らのあいさつに合わせて立ち上がり、会釈する。

目線も下を向いているため彼女らの顔は見えないものの、この後の会議でじっくり観察すればいいかと後回しにし、とにかく失礼がないように徹する。

「はいはい、ごめんねー呼び出しちゃって。なんとか音楽プロデューサーも用意できたんで、取り急ぎ関係者の顔合わせってことで。さて、それじゃ、今回集まってもらった皆さんには、彼女たち4人で構成されるアイドルユニット、KYUTEに関する仕事をやってもらうことになります。まぁとりあえずはお互い自己紹介しましょ。じゃあ、まずはKYUTEのみんなからよろしく」

「じゃあ、先ずは私から。リーダーをやっている新垣千里です。よろしくお願いします」

新垣が挨拶を述べる中、その美貌もさることながら、引き込まれるような話し口に戸松は一瞬息を呑む。

取り立てて大きな発声をしたわけではないのに、抑揚や声色から思わず彼女の発言に聞き入ってしまうのは、まさにカリスマともいうべきものか。

「種田優美です。ダンスは結構得意なんですが、歌は今特訓中です。よろしくお願いします!」

新垣とは打って変わり、種田はテンション高く声を響かせる。

キャラクター的には元気系というのは見て取れるが、歌が苦手とのことで、音楽面で彼女をどのように活かすべきか戸松は思案するが、実際に歌声を聞いてみないと判断しようがないため、早々に思考を放棄する。

「須川彩奈です。よろしくおねがいしまーす」

そのおっとりした口調にややどんくささを感じさせるものの、女性らしさが際立ったそのプロポーションはやはり目を引く。

バストが際立って豊満であるのに対し、ただでさえ細いウエストはコルセットによりさらに引き締められており、両者の差が際立っている。

種田を妹とするならば、彼女は姉の立ち位置になろうかと戸松は見立てを行う。

「最後は私、香坂しずくです。元々は千里、優美、彩奈の3人でユニットを組んで活動していたんですが、私も混ぜてもらうことになって、かれこれ1年ほどメンバーとして活動をしています。よろしくお願いします」

彼女の自己紹介はスタンダードな内容であるものの、その凛とした声と田中らはホーとため息をつく。

そんな中、戸松だけは感嘆ではなく驚愕で目を見開きフリーズする。

戸松の座席からは横顔しか見えないが、まさしくあの香坂の姿だと視認する。

中学時代、一時ではあるものの恋人であった彼女。

あまりにも出来過ぎた再会に戸松は放心することしかできなかった。

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