第59話 無茶苦茶なクローバーの約束の回

 翌日土曜日は久しぶりに賢太郎の家でトレーニングに励んだ。昨日のうちに母さんと姉ちゃんと話した事を賢太郎にも通話で伝えていたから、何となく今日の俺は心が浮き足立っていた。


「えらくご機嫌だな」

「だってさ、母さんたちに黙ってるのも何となく嫌だなって思ってたから。それが思わぬ方向に解決して嬉しくて」

「良かったな。俺の家族だって、ヒカルさえ良ければ早く会いたいみたいだし」


 いやに自信満々に賢太郎はそう言うけれど、あの幼い頃の思い出が蘇ると、特に賢太郎のお母さんは俺の事を嫌っているんじゃないかと不安になる。


「何でそう思うんだよ。昔迷惑をかけた俺のこと、嫌ってるかも知れないじゃないか」

「いや、そんなことない。昨日の文化祭でジュリエットを演じるヒカルの事見て、『まぁ! あれがヒカルちゃんなの?』って騒いでたぞ」


 お母さんの声真似をする賢太郎が新鮮で思わず笑おうとして、アレ? と首を傾げた。


「もしかして、もう話してる? 俺とのこと」

「おう。っていうかバレてた」

「バレてた?」

「ヒカルは『遠足部だー』って毎日出入りしてるし、俺の部屋にあった写真立ての事知られてるしなぁ」


 思わず赤面する。そりゃあ考えてみればもう半年近くこの家に出入りしていて、いくら平日とはいえ何も言われない方がおかしいと思っていた。だいぶ前にお母さんから賢太郎に聞き取りが入っていたらしい。


「なんか、自分の鈍さに嫌になる」

「いや、うちの母親にヒカルを会わせたら大変な事になりそうだから俺が避けてたっていうのもある」

「え、それって……」

「勘違いすんな。母親が昔のことをどうこうって訳じゃなくて、何て言うか……。まぁ今度会えば分かるよ」


 珍しく言葉を濁す賢太郎に疑問を持ったが、とにかくこうなったら早く挨拶くらいはしといた方がいいと思った。今日は手土産も何も無いし、明日は賢太郎の両親が家に居るらしいので、少し話をさせてもらう事になった。畏まって話さなくていいから、と言われてもどうしても意識してしまう。


「緊張する」

「俺だってヒカルの母さんに会うのは緊張するよ」

「まるで結婚の挨拶みたいだよな」


 何の気なしにそう言った後に、賢太郎が固まったのでハッとする。俺は何て事を言うんだ。見ろ、賢太郎の顔からは笑顔が消えて、めちゃくちゃ怖い顔に変わってるじゃないか。


「いや、ごめん。変なこと言って……」

「ヒカル、今は正式な結婚が出来なくても。将来法律が変わって男同士でも結婚出来るようになったら、俺と結婚してくれるか?」


 まだ俺達は高校生で、未成年で、何の力も無いけど、それでも大人になったら……。もし法律で結婚を許されなくても、きっと俺が賢太郎のそばにいることは変わらないはずだ。


「そんなの、聞かなくてももうとっくに約束しただろ。俺と賢太郎は好き同士だから、将来結婚するって。何度も何度もしつこいくらいに」


 何にも知らない子どもの頃、姉ちゃんの持ってた漫画『家出令嬢は森の中で狩人と暮らす』のカイルとシャルロッテを真似して、何度も結婚式ごっこをしては二人で約束した。無茶苦茶に結んだクローバーで作った指輪を交換して、「ずっと一緒にいる」って。


「そうだったな」


 そう言って笑った賢太郎の顔が幼かった頃の面影と重なって、何だか急にせり上がってきた切ない気持ちと一緒に思わず嗚咽が漏れそうになる。だけどその前に賢太郎が優しく俺の口を塞いだから、漏れ出たのはまなじりからの嬉し涙だけで済んだ。


「じゃあ、また明日十時くらいに」

「おう、気をつけて帰れよ」


 しなければならない勉強もあったし、昼前には賢太郎の家を出た。少し前の記憶に思わず頬を緩ませつつ、静かな住宅街の通りを歩く。前から見たらかなりニヤニヤとして怪しい風貌だったと思うが、それも無意識だから仕方無い。


「おい、宗岡」


 完全に油断している時に突然後ろから声を掛けられて、一瞬で全身を強張らせた。


(このまま聞こえないふりをするのはどうだろうか)


 名を呼ぶ声で相手が誰だか完全に把握した俺は、何事も無かったかのように足を踏み出した。だが相手も負けじと名を呼ぶ。


「おい! 宗岡! 宗岡光!」


 静かな住宅街であんまり名前を連呼されるのが居た堪れなくなって、仕方なく振り向くとやはりそこには史上最高に不機嫌な顔をした相川悠也が立っていた。


「何?」

「ちょっと話がある」

「俺は特に無いけど」

「いいから、ついて来い」


 そう言って何度も後ろを振り向きながら「絶対来いよ」というような威圧感を与えて歩く相川に、俺はもう逃げるのはやめようと思った。


(いつかは話さなきゃいけない相手だ。賢太郎の大切な友達なんだから、やっぱり逃げてちゃ駄目だ)


 そう決意して、スタスタ歩いては後ろを振り向くまるで散歩中の犬みたいな相川の後ろをついて住宅街を出た。










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