第53話 ちょっとだけ恨めしいの回

 文化祭まであと一ヶ月と少し。それまで放課後は文化祭の準備で忙しく、遠足部の活動は休日だけになった。俺達のクラスは『ロミオとジュリエット』をする事になり、何故かジュリエット役に抜擢された俺は大量のセリフを覚えるのに必死になっている。


「宗岡くん、ちょっと腕持ち上げてくれる?」

「あ、はい」


 同時に家庭科部の女子達を中心に衣装作りも行われ、俺は久しぶりにフリフリとしたドレスを身につける羽目になる。衣装作りといっても、最近は安いドレスをネットで売っているからそれを少し改造するだけらしいけど、それにしてもえらく本格的な衣装と道具が出来上がっていくようだ。


「あぁ! やっぱりいい! 喀血の美女には白のドレスが似合うよねぇ」

「いや……でも、さすがに男っぽいよな? 髪も短いし腕だって鍛えてるから結構逞しいよ?」


 ドレスが似合うと言われるのは少し心外だ。だって自分的には遠足部としてトレーニングをしっかりやってきたから筋肉もついていると思っていたから。


「まぁ、確かに少し筋肉質だけど。そこは袖を改造して隠したら大丈夫! それに髪の毛はウィッグもあるから」

「そうなのか」

「そうだよ! 宗岡くん、メイクしたらきっともっともっと可愛いよぉ!」


 そう言われると複雑な感情は確かにあるけれど、クラスメイトと以前より仲良くなれるのは嬉しい。俺は思わず頬を緩める。すると目の前の三人の女子たちが同時に顔を顰めて仰け反った。


「う……っ! 宗岡くん、それは反則!」

「え、何? ごめん!」

「いや、いいよ。ご馳走様でした」


 よく分からないけど女子達は笑っているから、そこまで嫌な気持ちにはなっていないようで良かった。それより、もうそろそろ帰る時間が近づいているだろうと時計を見る。賢太郎とは平日に会えないから、学校で少しでも顔を見たい。


「あ、もうそろそろ皆終わりにして帰らないとだね! 宗岡くんありがとう」

「いや、こちらこそ。じゃあまた明日」


 文化祭の準備は午後七時までと決まっているから、あと五分もしたら終わりにしないといけない時刻だった。実行委員が声を掛けると皆が帰り支度をし始めて、俺も久しぶりにダイと二人で帰ることになった。


「あ、おいヒカル。賢太郎のクラスももう帰るみたいだぞ」

「うん、そうだな」

「なぁ、あれってイケメンの相川悠也だよな。いっつも賢太郎にくっついてる」


 ダイがそう言うから思わず賢太郎のクラスを覗くと、相川が帰り支度をしている賢太郎の肩に手を置き耳元で親しげに話しかけていた。


(仲直り出来たんだ。良かった)


 終業式の日の二人は少し険悪だったけど、やっぱり幼馴染だけあってもう仲直りしたらしい。ホッとしたけど、その近い距離感に少しだけモヤモヤした。あんまり俺が見つめていたからか、相川が廊下を歩く俺に気付いてニヤリと笑った。相川はイケメンだからそんな顔も、女子なら思わず見惚れてしまうだろう。


「うわー。あれって完全にヒカルを挑発してんな。仲の良い友達取られたくないのは分かるけど、学年で有名なイケメンも案外子どもっぽいところがあるんだなー」

「……ダイ、行こう」


 遠足部で毎日会っていた賢太郎に、今では休日しか会えない事が思いの外堪えているのか、何となくトゲトゲした気持ちが芽生えてしまいそうだった。性格の悪い自分が嫌になって、ダイの腕を引っ張っると早歩きで廊下を進んだ。


(賢太郎が好きなのは俺だって分かってるだろ。大切な友達にヤキモチ妬くなんてダメだ)


 家に帰って自分にそう言い聞かせてから、リュックから台本を取り出してジュリエットの台詞を覚えるのに集中する。ロミオ役は女子の中でも姉御肌で中性的な雰囲気の外見をした芦田あしだというクラスメイトで、芦田は演劇部だから演技は上手いし俺も絶対に失敗出来ない。


「ロミオ、その名を捨てて。そんな名前はあなたじゃない……」


 まだ台本を覚えるのに必死で、演技まで辿り着ける状況ではない。文化祭まできっとあっという間に時間が過ぎるんだろう。一生懸命準備をしているクラスのみんなの為にも、俺は今まで以上に真剣に取り組む事に決めた。


「クラスの劇で重要な役割になったって話したけど、結構大変で」

「文化祭が終わるまで、休日も遠足部は休みにしとこう」

「一生懸命やってみるから、賢太郎も頑張れ」


 少しだけ「寂しいから嫌だ」と言ってくれないかなと思う気持ちもありながら、賢太郎に三つ続けてDMを送る。するとすぐに既読がついて返信が来た。


「分かった。俺も頑張るよ」

「当日の劇、楽しみにしてるけど無理すんな」


 賢太郎はいつも俺に甘い。俺の言う事を大概は聞いてくれる。だけど今はちょっとだけ恨めしい。





 



 

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