第44話 一番嫌な相手に見つかったの回

 デイキャンプから帰った日、確かに疲れていたけどそれよりも三日後のキャンプの事で頭がいっぱいだった。相変わらず仕事の忙しい母さんは今日も帰るのが遅い。もう少ししたら夕食の準備をしようと考えつつも、とりあえずはリビングのソファーにダイブした。


「そうだ、ダイにキャンプが上手く出来たら報告するって約束してたんだ」


 そう思い出してダイと通話すると、やっぱり鈍い俺はとんでもない勘違いをしていたと分かった。


「はははは……っ! ヒカル、お前『キャンプ、上手く出来たよ』って俺に報告するつもりだったのかよ! やべぇ、可愛いすぎる!」

「だってさ! てっきりそうだと思ったんだよ! まさか……そんな事だなんて思わなくて……」

「やっぱりヒカルは天然だよなぁ! おもしれぇ!」


 キャンプが上手く出来たら報告して欲しいって事だと思っていたのに、ダイは俺が知らせて欲しいって事だったみたいだ。そもそも賢太郎とのアレコレを相談するだけでも気恥ずかしいのに、あり得ないほどの天然ボケだと言われて笑われたら余計にいたたまれない。


「だけどヒカル、しっかり覚悟しとけよー。賢太郎はそんなヒカルちゃんの事をとんでもなく好きみたいだからさ。アイツ、実際にそういう事になったら歯止め効かないかもよー」

「そういう事……」

「だって、俺にめちゃくちゃ聞いてきたからな。男と女のアレコレしか俺は知らないっつーのに」


 スマホの向こうから聞こえるダイの声は、完全に面白がっている。だけどそのあとダイからとりあえず男と女のアレコレを聞いて、自分がその女役をすると考えただけでちょっと怖くなった。


「経験豊富な俺の幅広い知識によれば、男同士だと必要な物も色々あるらしいからな。ちゃんと前もって準備しとけよー」


 時々笑いながらも、多分ダイは何だかんだで応援してくれてるんだろう。そんな忠告を残して通話を終えた。


「俺、どうなるんだ?」


 ダイの話からして賢太郎はきっとを望んでいるんだろう。


(そして俺達の関係で女役は俺なんだから、そういう時は俺が賢太郎に……)


「ぎゃあぁぁぁ!」


 このリビングに置いてあるクッションも、随分と俺の奇声を吸収してきた。だけどきっと今までで一番すごい声だったと思う。とりあえず三日後に遭遇するかも知れない事をスマホで詳しく調べてみようと思い立って、思いつく限りの言葉で検索を始める。


「……マジ……か」


 ソレに至るまでには思ったよりも準備が必要なようだ。いくつか物品も必要そうだし、俺自身の準備も必要みたいで。


「こ、こんな事……」


 そもそも彼女すらいた事の無かった俺は、その衝撃的な内容におののく。だが大好きな賢太郎の為だと自分を奮い立たせて、今夜から少しずつ頑張ってみることに決める。


「まだ夕食まで時間がある……。早速薬局に行こう」


 潤滑ゼリーが必要と知って、家からなるべく離れた薬局へ今から自転車を飛ばして買いに行く事にした。別に誰にも買う物を知られてる訳では無いのに、道で出会う近所のおばさんに挨拶する時にはドキドキしてしまう。親にも話せないような初めての行為に、どこか後ろめたい気持ちがあるのかも知れない。


(潤滑ゼリーなんて、どこに売ってるんだろ?)


 少し遠くの薬局に来た事と、買い慣れない商品を探す事は難しい。店舗の中をぐるぐる回ってやっと見つけた場所にはゴムもあったりして、一応調べてそれも必要なのだと知ったからカゴに入れた。さすがにそれらだけを会計する勇気は無く、他の売り場でお菓子をいくつか物色していると後ろから突然声を掛けられた。


「宗岡?」


 聞き覚えのある低く冷たい声音に、苦手意識でビクリと身体を揺らす。そしてギギギと音がしそうな程に恐々と時間をかけて振り向いたら、その相手はさも面白そうに口の端を持ち上げていた。


「相川……」

「お前、夏休みに入っても相変わらず賢太郎にまとわりついてるみたいだな」

「まとわりついてるって……」

「補欠のくせに、寂しい奴」


 本当に俺のことが嫌いなんだと分かるような嘲笑と棘のある台詞だ。あの日相川が警告した後、夏休みに入ってからも相川の家の二軒隣だという賢太郎の家に毎日行っているのを見られていたのかも知れない。


「お前みたいな奴に色目使われてヤろうって迫られたら、純情な賢太郎は断れないんだろうなぁ」


 その時相川が俺の持つカゴの中身をチラッと見た。お菓子で隠しているつもりだし、これらを買っているところまで見られいてたとは思いたくないけど、羞恥で身体全体が一気に火照った。


(補欠って……何なんだよ。自分で分かってるから山岳部はもう辞めたのに、何でそこまで……)


「さっさと会計してきなよ。補欠の足枷あしかせくん」


 イケメンの力を存分に発揮した素晴らしい笑顔、だけど口調は完全にあざけるようで、思わず早足でその場から逃げ出した。









 




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