第10話 やっちまった悲しみの回

 そう決意した俺は、さっさと風呂から出て母さんが作ったオムライスを食べた。


 食べながら、俺のどこかいつもと違う様子に母さんも気付いて、何か言いたげではあったけど特に問いただす様な事は無かった。


 いつからだったか……、時々母さんはこんな風に俺に対して腫れ物に触るような扱いをする事がある。

 どうしてそうなったのかは覚えていないけど、きっと両親が離婚した事と関係があるのだろうと思っていた。


「ごちそうさま」


 洗い物をしてから自室へ入り、早速教えてもらったSNSで賢太郎にDMを送る。


「今日はありがとう……」


 その続きを何て書こうかと、恋愛偏差値が低い俺はしばらく頭を悩ませた。そもそも、完全に賢太郎の事を恋人のように考えている自分に思わず苦笑いする。

 つい先日までは、フェルネのマウンテンパーカーを譲ってくれた、親切な見知らぬ男としか思ってなかったのに。ちょっと記憶が戻ったからって、浮かれ過ぎではないだろうか。


「え……」


 小さく声を漏らして、思わずスマホを持ったまま固まってしまう。画面に表示されたのは、賢太郎からのDMの着信を知らせるメッセージだった。


 何度もスマホの表示を確認した。まるでスマホを初めて手に入れた時のように、ドキドキしながらゆっくりと操作する。

 鈍臭い俺が間違えておかしな事を送ったりしないようにと、慎重にSNSを開いてDMを確認した。


「早速DMして悪い。体調はあれから大丈夫か?」


 たったそれだけの文章なのに、俺は動悸が止まらない。息が詰まって、自分の耳に激しい鼓動が聞こえて来る。


「んぐあぁ……っ!」


 胸を押さえて、思わずおかしな声を上げた。リビングでいる母さんに不審がられたかも知れない。

 だけど抑えきれない全身のむず痒さが俺を襲って、俺が今までしてきた『恋』というのは何だったんだと衝撃だった。

 こんなに相手の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくが、いちいち自分に何らかの現象を伴って襲いかかってくることなんか初めてだったから。


「そうか……、これが本当の恋なのか」


 もう賢太郎が男だろうが何だろうがいいじゃないか。これは紛れもなくどうしようもない恋という感情だ。

 あの切長の瞳を持つ無愛想な賢太郎が、ふわりと笑ったところを思い出すだけで胸が苦しくて息がし辛いんだから。


「へ、返信しないと……」


 先程思わずベッドに放り投げたスマホを何とか探し出して再び手にした俺は、今度こそ慎重に画面を操作した。


「ありがとう。大丈夫」


 もう俺にはこれが限界だった。

 気の利いた言葉なんか思い浮かばないし、下手に長文を送るなんてしてウザがられたら困ると思った。


 賢太郎から返信が来るまでのわずかな時間さえ、時が止まってるんじゃないかと錯覚するほど長く感じる。


(いや、待てよ。あの文面だと、別に返信が無くともおかしくはない)


 何故俺はもっと話が続くような返事をしなかったんだと、今更後悔しても遅かった。こういうところが周りから詰めが甘いと笑われるところなのに。


 ガックリと項垂うなだれた俺の耳に、続けざまに着信を知らせる音が聞こえる。


「今日みたいに辛かったら早めに言えよ」

「部活の時、俺はなるべくお前の傍でいるから」


 目は画面に釘付けになって、手が震えた。

 どうやら賢太郎は俺のことを随分と心配して、それに守る気でいるらしいと伝わってくる。


 優しく力強く守られるような感覚は、シャルロッテの記憶に重なった。


「カイル……」


 あの美しい湖の畔の丸太小屋に住んでいた狩人を思い出す。

 カイルはシャルロッテを深く愛し、死ぬまでずっと守り続けた。シャルロッテも、そんなカイルを心の底から愛していた。

 身分差もあって、いつ引き離されるか分からない不安定な関係性で始まった二人は、夫婦という強固な関係になってもお互いへの愛の言葉は遠慮なく囁き合っていた。

 言わなかった事を、あとで後悔しないように……。


「賢太郎の事が好きだ」


 あれほど慎重に事を運ぼうとしていたのに、色々考え過ぎて感極まった俺が送ったのは素直な好意の言葉だった。

 記憶を辿ってシャルロッテ達の事を考え過ぎていたのかも知れない。

 伝えたい事を口にしないままで後悔したくない、そう強く思っていたのは異世界のシャルロッテだったのに、ついそれに引きずられるように行動した。


 後先考えずに送った言葉に既読が付いたのを見た時、俺は急にとんでもない事をしたような気がして大きな不安に襲われる。


(何故ここでそれを送った⁉︎)


 そしてその不安は的中した。


 だって、結局その後賢太郎からDMが来る事は無かったんだから。



 



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