すれ違いがちなヒカルくんは愛され過ぎてる

蓮恭

第1話 ガキ大将の姉ちゃんとの回

「ない……ない……」


 カシャッ、カシャッと小気味良こきみよい音をさせながら、マウンテンパーカーが掛けられた売り場のハンガーを次々と横にスライドさせていく。

 同時に目線は襟元のタグに表記されたサイズをよく確認するのも忘れない。


「ええー……嘘だろ、カーキのMサイズだけがない! 姉ちゃん、どうしよう⁉︎」


 今日は姉ちゃんと二人でアウトドア用のアウターを探しに、新しく出来た大型アウトドアショップにやって来ていた。しかし目当てのものが見つからず、近くで他の商品を物色する姉ちゃんへと情けない声で訴える。


 探しているのは多くの人に愛用されている今一番人気のアウトドアブランド、『Ferneフェルネ』のマウンテンパーカー。中でもカーキ色のMサイズは品薄の為になかなか見つけられないでいた。


「何? やっぱここにも無いの? もう別に他の色でもいいじゃない」

「いや、絶対カーキ! ちょっと店員さんに聞いてみようかなぁ」


(人気商品だとは知っていたけれど、まさかこの大型店舗でも品切れだなんて……)

 

 昨今のアウトドアブームのせいなのだろうか、多くの客で溢れかえるこの新店舗では手の空いた店員を捕まえる事すら難しい。

 しばらく店内をうろついたけれど、どの店員もアウトドア用品を買い求める客への対応や、売り場の案内で忙しそうだった。

 問い合わせをしようにも、どこにも品出しや服を畳んだりしている店員は見当たらなくてついため息が零れる。


「はぁー……。それにしても、凄い客の数だな」


 先日のこと、高校の入学祝いに何か欲しいものはないのかと姉ちゃんが聞いてきた。だから俺は、迷わず部活に使う物が欲しいと頼んだ。

 それでわざわざ今日は二人で買い物に来ているというのに探し物は見つからず。その上アウトドアには興味の無い姉ちゃんを待たせていると思うと、ついつい気持ちばかりが焦る。


「私は全然詳しくないんだけど、アウトドアって人気なんだねぇ。アンタの入る山岳部さんがくぶも人数多いのかな?」

「んー。見学の時には割と部員は多かったと思うけど」

 

 俺は山岳部に入るつもりでいた。まだ今は部活見学しか許されておらず、入部の受付すらしていない期間だ。だけどどうしても待ちきれなくて、絶対に必要であろう物だけ調べて買いに来たのだった。


 正直に言えば、実家を出てバリバリ働く歳の離れた姉ちゃんのすねを弟の俺が未だにかじるなんてちょっと抵抗がある。

 高校ではどうせなら中学には無かった部活に挑戦したかったのと、自然が好きだからという理由で山岳部のある高校を選んだ。決して運動は得意では無いが、楽しく活動できそうだと思ったから。

 だけど登山となると専用の服とかリュックとか、思いのほか必要なものは多い。だから姉ちゃんからの申し出はとてもありがたかった。


「もー、別に何色でもいいじゃない」


 そう言って次々と他の色のジャケットを売り場から手に取っては、姉ちゃんが目を凝らしながら俺の身体に当てていく。


「ほら、Mサイズならさー、黒とかネイビーもいいし。あっ! ヒカルは女の子みたいに可愛い系の顔だから、優しげなベージュもいいかもよ!」


 高価な買い物だからと、長々と時間をかけて商品を選び続ける時間に飽きてきた様子の姉ちゃんは、なんとか他の色で俺を我慢させようと、わざとらしくテンションが高めの様子で勧めてきた。

 昔から比較的気が短い姉ちゃんはこういうところがある。何でもいいからさっさと決めて欲しいというのが見え見えだ。


(女みたいな可愛い系の顔なんて、高校生になった俺にとっては一番言われたくない言葉だろう。相変わらずデリカシーの無い姉ちゃんは分かってない)


 昔から、姉ちゃんとそっくりなこの女っぽい顔立ちがコンプレックスだった。はっきりした二重の目もちょっと厚めの唇も、姉ちゃんは女だからいいけど俺は男なんだから。


 幼い頃にはガキ大将みたいな振る舞いをする姉ちゃんに、自分のスカートだのワンピースだのを無理矢理着せられていた事もある。

 その頃の姉ちゃんにとって、俺は大きな着せ替え人形だったらしい。今思えば、そんなのを着て出歩かされていたというのはとても不自然なんだろうけど。

 

「やだ。絶対カーキのMがいい! Mサイズ、一枚くらいないかなー……」


 どうしても諦めきれずに、もう一度一枚一枚サイズを確認していく。そんな俺を見て姉ちゃんは肩をすくめ、ため息を吐いた。後ろで待つ姉ちゃんの気配を感じながらも、懸命に目を走らせる。

 

(姉ちゃんには悪いけど、やっぱりどうしてもあれが欲しい)


「それのカーキ、欲しいの?」


 突然後ろから聞こえてきた低めで安定感のある声に、やっと手の空いた店員が気付いてくれたのだと思った俺は、思わず愛想のいい笑顔でクルリと体を反転させた。やっと気付いてくれたんだと。


 


 



 

 

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