第13話 勉強時間
「江本」
和也は彼の顔を見るなり、不機嫌そうに眉を寄せた。憲貞は黙って貴也を見上げた。
「お前こそ、なんでここにいんだよ。 勉強してんじゃねぇのかよ」
「していたよ。けど、いつもいる天王寺君がいないからもしかして階段で倒れているのかと心配になったんだよ」
「なんだよ。知り合いかよ。じゃー、江本はコレ知ってんのよ?」
憲貞は和也に腕をひかれて、それを貴也に見せられて死ぬほど恥ずかしかった。
「や、やめ」
手をひいたが、和也の馬鹿力には勝てなかった。それを見て貴也は目を細めた。
憲貞はひかれていると思い、何も言えなくなり唇をワナワナと振るわせた。
「コレ、明らかに人為的な傷だ」
「そういう事もあるよ」
大事件と言わんばかりの和也に、貴也は寂しそうな顔した。
「え……、江本くんも?」
憲貞が恐る恐る聞くと、貴也はゆっくりとふった。
「俺のは、自分でやったんだよ」
「はぁ?」
理解できないと言わんばかりの声を和也はあげた。それに貴也は「静かに」と自分の口に人差し指を当てた。
「眠気覚ましに刺激しただけだから」
「眠きゃ寝りゃいいだろ。学校で寝るじゃねぇーか」
声を荒げる和也に、貴也は静かに笑みを浮かべた。
「その学校がないからだよ。日中は塾だから寝られないでしょ。だから眠気に負けそうになるんだよ」
「だから、夜寝りゃいいじゃん」
「勉強が予定の所まで終わらないうちに眠くなるから。俺の身体は少し甘えすぎなんだよね」
貴也のセリフに和也は目を点にしていが、憲貞は大して驚かなかった。
「はぁ? 自分痛めつけてまで勉強してんのか? お前、勉強しなくてもできんじゃねぇのかよ」
和也の声が階段に響き、貴也は目を細めて「うるさいよ」と言った。和也は慌てて口を抑えて謝った。
「勉強しなくても点数とれるとかありえない」
さっきまでオドオドしていた憲貞がはっきりと言った。その声に、和也はもちろん貴也も驚いた。
憲貞は和也に人に努力を無にするようなセリフを不快に思った。
「この傷は確かに、他者によるものだが私の不甲斐なさからだ」
憲貞が手をひくと、和也の力は抜けておりすんなりと自分のもとに戻ってした。
「私も勉強中眠くなり、コレで起きる」
憲貞は長袖をめくり、傷だらけの両腕を見せた。その数の多さに和也は眉を寄せた。
「私の勉強時間は平日朝1時間、塾以外で1時間、学校のない日は10時間以上だ。江本君も変わらないのだろう」
貴也を見ると、彼は頷いた。
「確かにね。俺は平日朝2時間、塾以外で2時間半くらいかな? 学校ない日は10時間を軽く超えるね」
「はぁ? なんだ、それご飯や風呂の時間は? 睡眠時間は?」
意味が分からないと首をふる和也に貴也は「あるよ」と笑顔で言った。
「食事はゼリーの栄養ドリンクだから1分くらいかなぁ、風呂はシャワーでまぁ10分。睡眠は22時半~5時位までは寝ているよ。学校でも寝ているし。睡眠時間もとってるよ」
笑いながら話す貴也を和也は異常に感じた。しかし、自分との違いがはっきりと理解できた。
「あはは、それでも志望校にはまだまだし努力不足を実感しているよ」
志望校……。
和也は考えた事がなかった。親が進めるからなんとなく受験する流れになった。
自分が遊んでいる間に身体を傷つてまで貴也は勉強していた。その彼を“天才”といい自分とは別の人間だと思っていた自分が恥ずかしくなった。
「さぁ、そろそろ授業だよ」
「あのさ、江本はなんで受験するの? なんでそこまで勉強するんだ? そこまでしてなんでその学校に行きたいんだよ?」
和也の言葉に貴也は頭をかいて首を傾げた。
しばらく沈黙が続いた。憲貞もそれが気になるようでじっと彼を見つめた。
「いや……。叶は? 勉強好きじゃないよね?」
「俺? そんなん、親に言われたから。俺、勉強しなくても学校の成績いいんだよ。だから……」
眉を下げる貴也と憲貞を見て言葉を止めると、ため息をついた。
「そんな、顔で見るなよ。授業聞いてればとれるよな。知ってるよ。お前らに言っても自慢にならねぇーこと」
和也は恥ずかしそうに頭をかいた。すると憲貞は首をふり和也をみた。
「そんな事ない。私は学校の授業についてけない」
「そんなわけ、ねぇーだろ。お前、下位クラスでもトップじゃん」
「それでもだ」
憲貞の真っ直ぐな瞳を見て彼が嘘を言っているようには見えなかった。
しかし、自分よりもはるかに出来て更に勉強も頑張っているのに授業についていけないなんて不思議で仕方なかった。
貴也も同じ事を思ったようで首を傾げていた。
「お前どこ小?」
「私は桜華学園だ」
「はぁ?」
「へー」
憲貞が言った学校名に2人は目を見開いて同時に声をあげた。
「なんで、塾にいんだよ。桜華といや御三家にはとどかねぇが上位校じゃねぇか」
「いやいや受験するのに、学校知っているんだね」
「あぁ? 母親が毎日楽しそうに偏差値表を眺めて話しかけてくんだよ」
和也は心底不満そうな顔して吐き捨てた。
貴也は眉を下げながら憲貞を見た。
「でも、桜華の中等部に上がるなら問題ないじゃないの?」
「あぁ、だが……、母に入れられた」
憲貞はまるで他人事のような話し方をした。
「なんだ、そりゃ。お前、自分のことだろ」
「そうなのだが……」
憲貞は自分の傷ついた腕を見ると暗い顔をした。
「うーん。天王寺君は何を勉強しているの?」
「“何を”って、塾の宿題と後は母が買ってきた桜華中等部の過去問だ」
「あ~」
貴也は頭を抑えて、首を振った。その意味が分からない憲貞も和也もキョトンとした顔をしている。
「あのさ、俺らはさ。塾では2月に6年になり受験生と言われているが学校ではまだ5年。受験までまだ1年ある。過去問をやるには早すぎる。そもそも桜華の過去問なんて手も足も出ないでしょ」
「そうだな」
憲貞は貴也の言葉に頷いた。はっきりと話す彼は先ほどとは別人のように貴也は感じた。
「なんか、お前、おかしくねぇ? さっきまでおびえてたじゃねぇーか」
憲貞の様子に和也も気づき言葉にした。貴也は、この変化を口にするつもりはなかっただから、平気で言葉にしてしまう和也に驚いた。
(あまり、プライベートなことに突っ込むのはなぁ一度頭で考える事ができないのかな)
そんな和也を貴也は軽蔑する訳ではなく、逆に凄いと思った。
「怯え……、そのように見えたか。確かに気持ちが不安定になることがあるとここで少し休憩をする」
「あー、せーしんとういつ? だっけ?」
和也は、納得したように何度も頷いた。
「そうだね。気持ちの切り替えは大切だよね。だけど、本当に授業に間に合わなくなるよ」
「へ?」
和也は慌てて、そばにいた憲貞の腕時計を見た。和也のふわふわとした髪が憲貞の顔の前にきて彼は顔をしかめた。
「自分の時計を見てくれるかな」
「だってねぇーもん」
じゃれあう2人を見て、貴也はため息をつくと「俺は行くから」とその場を去った。
「おう。俺らも行かねぇーと。天王寺……ってなげーな。お前名前は?」
「名前? 憲貞だが」
「しゃ、のりちゃん。うん、呼びやすい。俺の事はカズって呼べよ」
「……」
和也の軽い調子に憲貞は唖然とした。
「なんだよ? 嫌なのか? なんならいいんだ? 憲貞とかなげーじゃん」
「いや、そうではなく……」
何度もまばたきをして和也をみた。彼は「じゃ、いーじゃん」と言って憲貞の手を引いた。憲貞が立ち上がると、和也は笑いながら、手を離した。
「じゃ、行くか」
和也の明るい声に、憲貞は頷き教室に向かった。
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