第22話 幼女は言った「しゃけ!」

 

 課外活動が翌日に迫るなか、優斗と日和はアイを連れて地元のスーパーを訪れていた。


 冷蔵庫の中身が寂しくなるたび、こうして買い出しに向かうのだが、アイは一種のイベントとして捉えているらしい。


「ねえママ、お菓子コーナー行ってきていい?」

「いいけど、一つまでだからね」

「はーい!」


 入店するやいなや駆け出すアイに、「走らない」と注意が飛ぶ。


「今日はなに持ってくるんだろうな」

「どうせまたプイキュア関係でしょ」


 呆れたように笑って、日和は買い物かごを手に取った。それを優斗が持ってきたショッピングカートに乗せ、二人は並んで店内を回る。

 日和は買い足す必要がある食材や調味料をあらかじめメモしており、時々スマホで確認しながら右へ左へ歩いていた。優斗はまだ二回しかこのスーパーを利用したことがないが、日和にとっては行きつけなので商品の配置やお得な時間帯をしっかり把握している。

 タイムセールで値下げされた品を中心に、朝ご飯用の食パン、アイが好んで飲む牛乳、産地直送の新鮮な野菜などを買い足していった。


「明日の食材って学校側が用意するんだっけ」

 

 ずらりと並ぶにんじんを眺めながら、日和は課外活動を話題にする。


「そう聞いてる。野菜持って山登りたくないし」

「誰か忘れても困るもんね」

「透とか透とか、あと透とかな」

「藤ヶ谷さんだけじゃん。あの人、しっかりしてそうなのに」

「ああ見えて意外と抜けてるんだよ」

 

 容姿、性格ともに非の打ち所がない透だが、良くも悪くもマイペース。ピッチでチームの指揮を執る姿は凛々しく頼もしい反面、私生活は天然でのんびりしていた。去年の体育祭で大きな期待を寄せられてたのにもかかわらず、肝心の体操着を忘れたエピソードは強く印象に残っている。

 そのくせ空気をよく読み、気配りができるゆえに人から好かれやすい。

 体育祭も結局はを借りることができ、スウェーデンリレーのアンカーとして見事一番にゴールテープを走り抜けていた。


「八雲さんのほうが忘れ物しそうなイメージあるけど」

「これが逆なんだよな。あいつは意外としっかりしてる」

「意外も意外ね。人は見かけによらないわ」


 話をしながらも買い物かごは着々と埋まっていく。


「……誘って迷惑だったか?」

 

 それはここ数日、優斗が気にしていたことだった。

 

 成り行きで日和を行動班に誘ったが、学校では他人同士と決めたばかりだ。

 面倒事を避けたい、と考えての配慮を優斗自ら破ってしまった。

 事実、最近は日和の周りに美羅、時々透がいる。二人とも課外活動までに少しでも親しくなろうと交流を図っているわけだ。


 思いのほか美羅は日和によく懐き、正反対ともいえる二人の絡みにクラスメイトは驚きの目を送る。

 どこにきっかけがあったのかは知らないが、班決めの日に漂っていた不穏な空気はいつの間にか消えていた。


 そういった新たな人間関係を日和がどう捉えるのか。

 

「全然、迷惑とは思ってないよ」


 カートを押す優斗の前を歩く少女が首を横に振る。


「ただ距離感が近いから少し戸惑ってるだけ」

「美羅とか休み時間のたびに天瀬のとこ行くもんな」

「相良さんのこと、色々話してたよ」

「……俺の話?」

「うん。リアクション薄いとか、一言多いとか」

「文句ばっかりじゃねえか」


 優斗が嫌な顔をすると、日和はおかしそうに微笑む。


「でもちょっとは褒めてた」

「ちょっとね、はいはい……で、なんて?」

「それは本人に聞いて」

「あいつ絶対言わねえぞ」


 美羅にからかわれた覚えは数あれど、褒められた記憶は少ない。


「てかなんで俺の話に……」

「行動班のメンバーについて教えてくれたの。藤ヶ谷さんについても聞いた」

「ああ、そういうね」


 ただ会話のネタにされただけかと思いきや、それなりに実のある話をしていたらしい。 

 透に関しても印象は悪くないようで、今のところは順調に距離を縮めているようだ。


「上手くやれそうならよかった」

「いい人だと思うよ。八雲さんも藤ヶ谷さんも」


 日和はそう言いながら、同意を求めるように目を合わせた。


「それにほら、八雲さんってなんとなくアイっぽいとこあるし」

「言われてみれば確かに」


 どちらも天真爛漫で明朗快活、元気いっぱいな女の子だ。

 言ってしまえば美羅の言動が子供寄りなのだが。そういう点では、日和は扱いに慣れているのかもしれない。

 

「最終確認。私たちのことは秘密だからね」

「わかってる」

「ならよし」


 日和は頷いてお総菜コーナーを後にした。

 重量が増してきたショッピングカートと一緒に優斗も続く。 

 移動した先は生臭い匂いが漂っており、海鮮コーナーだとすぐ気付いた。


「……魚が安い」

「今日は和食にするか? ちょっと手間かかるけど」


 優斗が提案すると、日和は黙り込む。

 今晩の献立はもちろん、翌日の作り置き、時間や予算まで考えてから結論を出した。


さけさば、どっちか選んで」

「俺? そういうのはアイに聞こうぜ」

「……確かに。まだお菓子コーナーいるでしょ。聞いてきてよ」

「りょーかい」


 日和にカートを託して、優斗はアイのもとへと向かった。

 お菓子コーナーは二列に分かれていて、一方はスナック菓子やファミリーパックが中心に陳列されている。もう一方は百円前後の単体で売られているお菓子が並ぶ。中にはキャラクターとコラボした商品もあり、決まってシールやカードなどのグッズが同封されていた。


「……どっちにしよ」


 日和の予想通り、アイは大量のお菓子の前に立ち尽くしていた。

 右手にはチョコレート、左手にはチューイングキャンディ。どちらのパッケージにも描かれた大人気アニメの登場人物と真剣な表情で睨めっこしている。


「アイ」


 名前を呼ぶと、アイは顔を見る前に笑顔を浮かべた。

 声で誰かを認識し、急いで両手のお菓子を元あった場所に戻す。


「パパ!」


 アイは走り寄ろうとして、一歩二歩と進んだところでゆっくりと減速した。

 日和の声が脳内で再生されたのか。ロボットのようにぎこちなく歩行に切り替えたので、優斗は思わず吹き出しそうになった。


「お菓子は決まったか?」

「ううん、まだなやんでる」

「そっか」

「もうかえるじかん?」

「まだ大丈夫。俺はアイの様子見に来ただけ」


 そう言うと、アイは嬉しそうに頬を緩めた。


「しんぱいしてくれた?」

「それは……まあ、迷子になったら困るしな」

「アイもう五さいだよ」

「迷子にはならないって?」

「うん。道もわかるもん」


 アイは腰に手を当てて、自信満々に胸を張る。


「じゃあ今度おつかいしてもらうかな」

「おつかい!?」

「……やっぱママが怒るかも」

「アイ、おつかいやりたい!」


 何気ない思いつきだったのだが、食い気味に反応されてしまった。

 すっかりのその気になったアイは早くもイメージトレーニングに精を出している。


「まずお家を出るでしょ?」

「うん」

「そしたら右にまがって、ずーっとまっすぐあるくの」

「そうだな」

「ずっーとあるくと道がふたつあるから、左にすすめばスーパーあるよ」


 どう? と確認するアイに正解を伝えてやると、にんまり笑って得意顔になる。

 実際、ほぼ直線の道順なので迷いはしないはずだ。こうしてお菓子を選べもするので、頼んだ商品を買うくらいは問題ないだろう。

 ひとまず日和に判断を委ねることにして、おつかいの件は保留にしておく。


 そうしてようやく優斗は忘れかけていた本題を思い出した。

 

「アイ。今日の夜ご飯、鮭と鯖どっちがいい?」

「しゃけ!」


 こちらの二択は悩む暇すらない。


「それじゃ、俺はママのとこ戻るな」


 そう言って、お菓子コーナーを離れる前に髪を撫でると、アイは自ら頭をすり寄せてくる。

 優斗なりの愛情表現を理解しているのか、余すことなく受け取ろうとする姿はなんとも愛らしかった。


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