第27話 お散歩もきゃ

 人の姿は小指の先より小さく、確認できないほどの上空から見下ろすと広大な森であっても端から端まで見渡すことができた。

 迷いの森上空まで来て、カラスがフクロモモンガに尋ねる。


『フクロモモンガは足が遅い。つっても、奴の方向感覚は信頼できる』

『褒めてもなにもでないもきゃっきゃ』

『事実を述べたに過ぎねえ。んで、ルルは真っ直ぐ進んだんだよな?』

『そうもきゃー。オレサマ、ジャングルは得意なのもきゃ』


 眼下に見えるのが森なのかジャングルなのかはおいておいて、上空から見下ろす限り二日も歩けば一番長いところでも確実に森を抜けるだろう。

 フクロモモンガは地上を歩くと遅いが、樹上なら人間が走るくらいの速度で移動できた。

 ルルるんの自己申告によると、10日ほど森をさまよったそうだ。2日も移動しないうちに元の場所に戻って来るもきゃ、とのこと。

 

「クラーロ。どこに降りればいいの?」

『ちと待ってくれ。ここからじゃ高すぎて『起点』が読めねえ。チハルは分かるか?』

「ううん。わたしは魔力は見えるけど術式? は分からないの」

『そうだった。俺が分かることだとチハルは分からないんだったな。逆も然り』


 納得したカラスはレッドアイの背から離れ、自力で空を飛ぶ。

 最も高い木より更に上空10メートル辺りを滑空するカラスの頭にピコーンと電球が浮かんだ。

 

『こいつは……また、嫌らしい位置に起点があるな』


 一言呟いたカラスはチハルたちの待つレッドアイの元に戻る。

 戻るなり彼はすぐに彼女へ報告を行う。

 

『起点は一番高い木の上だ』

「森の中に入ると迷っちゃうんだよね?」

『ああ。しかし、迷いの森の範囲は空中にまで及ばない。正確には一番高い木より低い位置ところまでが範囲だな』

「わかった! クラーロみたいに飛べないと起点まで行けないんだ」

『そそ。嫌らしいだろ。俺にとっちゃあ問題ねえんだがな』

「うん! レッドアイも大丈夫だよ!」

「グルガアアアア」


 任せろとレッドアイが吠える。

 カラスの導きで森で一番高い木の上空まで来たレッドアイはそこで停止した。空中で停止できるのは飛竜をはじめとした一部の種族のみである。

 空を飛ぶ生物には二種類あって、魔力を使わないグループと使うグループだ。魔力を使わないグループの代表は鳥で、彼らは自分の翼と筋力、風をうまく利用して飛行する。

 もう一方の魔力を使うグループは飛竜を始めとした大型の生物で、翼と魔力を使って「浮き上がる」のだ。

 浮き上がって魔力と翼で移動するわけだから、空中で停止することもできるというわけである。

 

『ちと待ってろ。見えるようにする』


 カラスが脳内で魔法術式を構築すると、光となって彼の頭上に魔法陣が浮かび上がった。


『マジックアイ』


 カラスが呪文を紡ぐ。

 すると、チハルの金色の瞳に違った景色が見えるようになった。

 

「魔法陣かな?」 

 

 彼女の目に森に張り巡らされた複雑怪奇な文様が映る。文様は白い光の線で描かれていた。

 これがカラスの見ていた景色。


『迷いの森の術式だな。こいつを破るには起点を破壊すればいい』

「ん。んん。そこだよね?」


 チハルが木の頂点を指さす。木の頂点は葉ではなく、突き出た枝だった。


『そう、その枝だ』

「そこに、魔晶石があるよ」

『マジかよ。枝の中か?』

「うん。枝を折れるかな?」

『やってみるか』


 カラスがビーバーを両足で掴み、翼をはためかせる。

 突然掴まれたビーバーは特に抵抗をせず、されるがままに前脚、後ろ脚をだらーんと伸ばしていた。

 

 枝をガリガリやって切り取ったビーバーがそのまま枝を咥えて、カラスと共にレッドアイの元まで戻って来る。

 

『行けたな。上手く迷いの森に巻き込まれずに済んだらしい。あ、いや、入ってから進んでないからか』

「難しいことは分からないや……。でも、枝があれば大丈夫だよ!」

『だな』

「うん!」


 枝をビーバーに削ってもらうと、中からラブラトライトに似た色を放つ石――魔晶石が露出する。

 魔晶石を手のひらに乗せたチハルは「うんうん」と頷く。

 彼女の小さな手にルルるんが平らな鼻先をつけ、すんすんと鼻をひくつかせた。

 

『喚ぶもきゃ?』

「ううん。ルルるんが言ったよ。魔晶石のことも考えなきゃって」

『そうもきゃー! オレサマの助言は最高もきゃー』

「もう一つも見に行かないと、だね。地底湖? だよね」

『もきゃー。すぐ行くもきゃ』

「うん!」


 時刻はまだお昼前。レッドアイの速度なら地底湖まで行って戻っても夜までには自宅に到着できるだろう。

 

 ところ変わって地底湖。

 山の中腹に洞窟があり、そこをてくてく進んで行くと崖があった。

 崖は数百メートルの深さがあり、底部は水面になっていたのだ。これが地底湖だろうと、すぐにチハルたちは察しがついた。


『降りることはできるもきゃ。息が続かないもきゃ』

「わたしは降りるのもできないよ。すごいね、ルルるん!」

『もきゃっきゃ!』

『フクロモモンガなら垂直の崖でも昇り降りできるわな』


 喜ぶルルるんに対し、冷静に事実だけを述べるカラスである。

 続いてカラスはチハルに嘴を向ける。


『俺とビーバーで行くしかねえと思うが、どうだ、チハル?』

「わたしじゃ降りれないから。ごめんね」

『レッドアイは洞窟の外だし。ここは狭い。問題は俺じゃ魔晶石の位置が分からんことだな』

「これを使おう!」


 チハルが取り出したるは魔法のリンゴとセットで売っていた護符だった。


『なるほどな。そいつをビーバーに忍ばせて、俺がビーバーとチハルを中継すればいい』

「うん!」


 クラーロは顔見知りならば離れたところにいても会話を行う能力がある。正確にはある種の魔法であるが。

 作戦が決まったチハルたちはさっそく行動に移す。

 ビーバーを前脚で掴んだカラスが崖の底まで飛んでいき、そこでビーバーを離す。

 

 ちゃぽんと水の中に入ったビーバーは地底湖探索に向かう。

 1時間も経たないうちにビーバーが魔晶石を発見し、カラスに連れられて元の位置に戻って来た。

 

 こうして一日で二個の魔晶石を回収したチハルたちは意気揚々と帰路につく。

 道中もトラブルがなく、到着した時刻がちょうどいつもギルドに向かう時間だったので、チハルはカラスと共にギルドへ向かうのだった。

 残りのメンバーはお食事と睡眠タイムになる。

 特にレッドアイは日中ずっと飛行していたので、疲れが溜まっていたのか、ソルが狩ってくれていた獲物をもしゃもしゃした後すぐに眠ってしまった。

 

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