第25話 火山に猫ぱんち

 溶岩が流れ込む湖はもうもうと白煙があがっており、深い霧の中にいるかのようだった。

 霧と白煙の違いは温度である。白煙の正体は水蒸気で、触れれば火傷、吸い込めば肺がただれたちまち命を失ってしまう。


「すごいね! スレイプニル!」

「にゃーん」


 スレイプニルの青白いオーラの中にいるチハルたちは快適そのもの。

 迫る水蒸気も青白いオーラに触れれば凍り付き、オーラの外に落ちる。外の気温が高いため、氷はすぐに水になる。


『魔晶石はどこにあるもきゃ?』

「湖の底に沈んでいるよ」


 スレイプニルが右前脚で猫パンチをすると湖面に幅二メートルの氷の道が出来上がった。

 氷の道をソルが進む。彼の爪がスパイクのように氷に引っかかるため滑ることもない。

 

 湖の中央辺りにきたところで、チハルが声をあげる。

 

「この下だよ」

「にゃーん」

『三歩さがれと言っているもきゃ』


 ソルがみんなを乗せたまま、ずりずりと後ずさった。

 頃合いになったらしく、スレイプニルがぴょんとソルの背から飛び降りて後ろ脚だけで立ち上がる。

 体勢を変えぬまま右前脚をブンと振るう。

 ザバアアアアア!

 轟音とともにスポーンと氷柱が宙に浮く。

 続いて、白猫は左前脚で猫パンチの仕草をした。

 すると、浮き上がった氷柱が後方へ冗談のように飛んでいく。

 

 ズシイイイイイイン!

 地面に激突した氷柱が粉々に砕け散る。

 

「ほええ。スレイプニルは力持ちなんだね」

『力持ちってレベルじゃねえぞ……』

 

 感嘆の声をあげるチハルに対し、カラスは呆れたように翼をばさりと震わせた。

 細かくなった氷は外の熱気ですぐに溶け、水とマグマの固まった岩石に分離し始める。

 今度はチハルの番だ。

 

「スレイプニルが飛ばした中に魔晶石があったよ」


 青白いオーラに護られながら、チハルは躊躇せず泥の中に手を突っ込む。

 「ん」と声が漏れ彼女はぎゅっと握った手を引っ張り上げる。

 びちゃっと泥が跳ね、彼女の膝と服の裾が汚れてしまった。

 大丈夫。マリアッテさんに仕立ててもらった服じゃないもの。

 彼女は「うんうん」と頷き、握った手を開く。泥だらけになっているが、そこにあるのは確かに魔晶石だった。

 

『お、見つかったな』

「うん! スレイプニル、ルルるん。ありがとう!」

「にゃーん」

『もきゃっきゃ』


 ご機嫌そうに鼻をヒクヒクさせるルルるんは相棒のスレイプニルを手放しに褒める。

 目的を果たした彼女たちは、寄り道をしつつ自宅まで戻った。

 あれもこれもとフルーツや野草を採取していたら、すっかり遅くなり到着する頃に夕日がちょうど沈む。

 

 ◇◇◇

 

 ビーバーの作ってくれた新居には一通りの家具が備え付けられていた。

 ベッド、クローゼット、キッチン、食器棚……全て木製で作成されている。

 さすがに布製品はなかったものの、どうやったのか真新しい包丁や蝶番までビーバーが作成していたのだ。

 鉄は……あるにはある。ここは元鉱山で小さい精錬施設まであった。探せば鉄の塊も落ちている。

 ビーバーの歯は木だけじゃなく、鉄をも加工できるらしい。

 

 なので、旧家から新居へ移す必要があったものはカーテンや布団、衣類に石鹸や食材といったものだった。

 これらも全員が協力して運ぶことで一時間もかからず完了する。

 

 椅子に座ったチハルは足をブラブラさせ紅茶を飲んでいた。

 ダイニングテーブルにはルルるんとカラスが陣取っている。他は厩舎でお休み中だ。


「ルルるん。おはなしって?」

『チハルは誰を喚ぶか決めてるのかもきゃ?』

「ううん。ルルるんはあるの?」

『スレイプニルを喚んでくれたから、もきゃにはないもきゃ』


 大きな真ん丸の目をぱちくりさせるルルるんと首を傾けるチハルの睨めっこにカラスが割って入る。

 

『チハル。要は魔晶石を取れそうな能力を持った奴を喚ぼうってことじゃねえか? フクロモモンガの奴はチハルの教えた魔晶石の場所を見に行ったんだろ?』

『カラスの癖に生意気もきゃー。魔王様のオレサマならどの魔晶石でも取って来れるもきゃ』

『分かった、分かった。んで、どんなところだったんだ?』

『お前じゃなく、チハルのために説明するもきゃ』


 もきゃもきゃと鼻息荒く両腕を広げたルルるんが自信満々に語り始めた。

 要領を得ない話であったが、カラスが分かりやすく彼の言葉を翻訳する。

 この大陸の各地に散らばっている魔晶石は全部で7個あった。

 大迷宮の中に3個あり、魔道具屋のクレアが一つ所持している。残り三個がルルるんが調査してきたものとなるわけだ。

 一つは地下深くにあり、彼の「耳」によると地底湖の中じゃないかとのこと。

 もう一つは森の中にあるが、進むと何故か元来た道に来てしまうから諦めたもきゃとのこと。

 残り一つは今チハルの手元にある。

 

「地下の魔晶石は少し遠いね。森のはどうなんだろう?」

『迷いの森かもしれねえな。魔力を打ち破ればいけるが、試してみるか?』

「クラーロは平気?」

『無理のない程度にな。全員の魔力を集めりゃ何とかなるかもしれねえが、日帰りできそうな距離なのか?』

「ソルでも一日じゃ戻ってこれないかな?」

『魔法のリンゴ売りはどうする? 他にも誰かと約束してたりしねえのか?』

「迷子の人がいたら、困っちゃうよね」

『んだな。となると地下も時間的に厳しいか』


 チハルとの問答でカラスは取る取れない以前に時間的制約が大きな枷になっていることが分かった。

 ならばどうするか……。

 

『不本意もきゃ。だけど、カラスとオレサマとスレイプニルで森に行くのはどうもきゃ?』

『それも一つの手だな。三人で魔力が足りれば。俺一人じゃ確実に無理だ。魔法の森を形成するに最低限必要な魔力でも俺じゃ足らん』


 意見を述べるルルるんとクラーロをじっと見ていたチハルが「あ」と声をあげる。

 

「そうだ。クラーロみたいに移動できれば速いんだ」

『俺一人なら、そら速いが。……なるほどな。いるんだな?』

「えへへ。その子を喚ぼう!」


 チハルの腹が決まったらしい。

 月が照らす野原に足を揃えて背筋を伸ばした彼女は両手を開き、魔晶石を天に掲げる。

 ――ワタシの記録を呼び出します。

 チハルが心の中で念じる。

 

「魔晶石のコードを実行します。対象は覇王の朋友『レッドアイ』」


 チハルの黄金の瞳が光を失い、彼女は抑揚のない声で呟く。


「実行中。完了まであと10秒」


 魔晶石が強い七色の輝きを放ち、粒子となって溶け始める。

 10を数える頃、魔晶石は全て光の粒子となって消失した。

 光と共に姿を現したのは胴体だけで5メートル以上、尻尾を入れると8メートルにも及ぶ大きな翼とくすんだ赤色の鱗を持つ飛竜だった。

 鱗と異なり、彼の目は真紅で怪しい光を放っている。

 

「グギャアア」

「おかえりなさい。レッドアイ」


 レッドアイと呼ばれた飛竜は長い首を伸ばしてチハルの目と鼻の先に顔を持ってきた。

 対する彼女は愛おしそうに彼の鼻頭を撫でる。

 

『こいつなら、ソル以外なら乗れそうだな』

「うん。クラーロと同じ、空を飛べるよ」


 こうして飛竜のレッドアイが新たなおともだちとなったのだった。

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