第23話 お買い物

「チハルさん、天使っす。マジ天使っす!」

「ルチア……少し黙ってなさい」


 翌日、朝の魔法のリンゴ売りが完売した後、アマンダに服のことを相談したチハル。

 すると一緒にいたルチアもベルメールの店についてくることになった。彼女らは依頼を受けていたが、即キャンセルしたのは言うまでもない。

 チハルはローランの母親マリアッテに……ではなく、ルチアの求めに応じて着替えを済ませ彼女らの元に出てきたところ。

 

「これでいいのかな?」


 チハルの来ている服はワンピース型のスカートやオーバーオールと言えばいいのか。上と下が繋がっていて、下部がフレアスカートになっているものだ。

 上側に袖はなく、この服の下にブラウスなどを着て合わせるようになっている。

 桜色でスカートの裾にレースをあしらった服の下に、白色の襟ぐりが丸いブラウスを着たチハルにルチアはもうメロメロになっていた。


「よくお似合いよ。チハルさん。ね、ローラン」

「し、知らない」


 息子の背中をツンと突く母親に、息子はプイっと顔をそむけぴゅーっと店の奥に引っ込んで行く。

 ルチアは「ほうほう」とおっさんのように嫌らしく口元に手を当て、ニヤニヤする。

 そんな彼女にアマンダが「メッ」とすると、彼女がしゅんと小さくなった。

 

「チハルちゃん。どう? 動きやすい?」

「うん!」


 くるりとその場で回るチハルにアマンダが目を細める。

 彼女の足もとで嘴を上に向けてカラスが「くああ」とやる気のない鳴き声をあげた。

 

「どうかな? クラーロ」

『俺は服を着ねえから良い悪いが分からん。そこの人間が良いと言ってんなら良いと思うぜ』


 クラーロの意見を聞いたチハルは、今着ている桜色のフレアスカートに白のブラウスを選ぶ。

 せっかくなのでこのまま着て行こうと元々着ていたワンピースを袋に詰めて店を後にする。

 

 テイラーショップ「ベルメール」を後にしたチハルたちは、おしゃれなカフェへ……ではなくギルド隣の酒場でランチと取ることにした。

 

「ごめんね。アマンダさん、ルチアさん」

「チハルちゃんから誘ってくれるなんて、嬉しいに決まってるじゃない」


 アマンダがにこやかにそう言うと、ルチアは尻尾があれば千切れそうなほど振っているだろうくらいにぶんぶんと首を立てに振る。

 誘ったチハルの方は純粋に聞きたいことがあったからに他ならない。

 彼女の行動はとてもシンプルで、人と接するうちに多少は人の機微を理解するようにはなってきたものの、まだまだ見た目の年相応とまではいっていない。

 

 探索者が多いこの酒場はランチもやっているものの、昼どきにはまだ少し早いため閑散としている。

 といっても探索者は日中どこかへ出かけているため、昼の客は一般客ばかりだった。


 クラーロに魔法のリンゴを与えたチハルは、ウェイトレスが運んでくれた料理に黄金の瞳を輝かせる。

 料理は鴨肉とザパン周辺で食べられる青菜を挟んだサンドイッチと、特に珍しくもない料理だった。

 

「あら、チハルちゃん、鴨肉が好物なのかしら?」

「ううん。おんなじだったから。えへへ」


 普通なら何ていじらしいと思うかもしれない。現にルチアの反応がそれだ。

 しかし、アマンダの考えは少し違う。確かに、無邪気に目を輝かせる彼女は目尻が下がらずにはいられないほど愛らしい。

 チハルちゃんは、人間である私たちと同じだから嬉しいんじゃないかしら?

 ゴンザやルチアは彼女の事を精霊や天使と言ったことがあった。彼女らも本気で彼女が人間ではないとは考えてはいないだろう。

 マスターから聞いた話だと、彼女は「別大陸」から来た。向こうの大陸には人間以外の種族がいたはずだわ。

 有名どころでエルフね。エルフが人間社会に出て来ることは滅多にないと聞くわね。

 チハルちゃんが人間社会に出てきた特異なエルフだとしたら、「人間と同じ」だったことで喜んだのも不思議じゃない。

 彼女が人間社会に溶け込みたいとしたら、だけど。

 

「アマンダさん」

「ごめんなさいね。食べるのに夢中だったみたい」


 アマンダは食事に手をつけていないというのに夢中とは何? とチハルが突っ込むこともなく、彼女は「うんうん」と頷いている。

 世間知らず? うーん。ちょっと違う気がするわね。

 彼女は自分の考えを修正する。


「アマンダさん、教えて欲しいことがあるの」

「何かしら?」

「服のことなの」

「チハルちゃんは可愛いから何を着ても似合うと思うわよ」


 ん? と首を傾けるチハル。どうやら、アマンダの答えにピンと来ていない様子。


「あ!」


 唐突に奇声を発したルチアが、はいはい! と両手をあげる。

 彼女なりに何か気が付いたことがあるみたいだ。

 

「チハルさん、いつも同じ柄のワンピースだったっす。同じ柄のワンピースを何着も持っているんすか?」

「ううん。二着だよ」

「そうなんすか! 他に服はないんすか!?」

「二着だよ。あ、三着になったよ!」

「パジャマは持っていたりしますか?」

「ん?」


 ルチアとのやり取りにもチハルは首を傾けている。

 何を思ったのかルチアは涙目になり、ぐっと両の拳を握りしめた。

 

「自分がパジャマをプレゼントしてもいいっすか!」

「三着あるよ?」


 明らかに話が嚙み合っていないことにアマンダが指先を口元に当て「待って」と二人に仕草で伝える。

 ルチアはチハルちゃんが服を買うお金がないと考えているのね。彼女は小さいながら毎日お仕事をして稼いでいる。にも関わらず自分の服を揃えることができない。

 きっと彼女には深い事情があるのだろうと。

 チハルちゃんの方はどうなのかしら。アマンダは自分の考察をぶつけてみることにした。

 

「チハルちゃん。こうしてお食事をしたり、家を借りたりしてお金を使うのと同じように服を買ったり、アクセサリーを買ったり、はしないのかしら?」

「服は着なきゃいけないんだよ」

「そうね。クラーロやソルと違ってチハルちゃんは服を着た方がいいわね」

「うん!」

「お金の事情は人それぞれだけど、多くの女の子はたまには自分のご褒美に可愛い服やアクセサリーに興味があるものなのよ。買えないにしても見にいって楽しんだり」

「そうなの? アマンダさん、教えてくれてありがとう」

「他にも習慣とか感性……そうね、たとえば、何故、絵を描くかなんてことで不思議に思ったら他の人に聞く前に私やルチア、ゴンザ、ギルドマスターに聞いてくれると嬉しいわ」

「ありがとう。アマンダさん、ルチアさん!」


 食事の手を止め、ペコリとお辞儀をするチハルに裏があるようには見受けられない。

 彼女は心から自分の助言を助言として受け取っている。

 アマンダはそのことに多少の衝撃を受けたものの、彼女には悪意ある人間を近づけてはいけないと再度強く願う。

 チハルには欲という感情が欠落している。同じく感性も。

 魔曲は彼女の能力の一端に過ぎないとアマンダは見ている。きっと彼女に秘められた力は自分の想像の遥か上をいくのではないだろうか。

 一方で彼女は真っ白なキャンパスだ。

 この先、良くも悪くも周囲の人との関わり合いが彼女を変えていく。今のまま真っ直ぐに少しづつ人らしさを身に着けていってくれれば、何ら問題はない。


「チハルちゃん、明日は……依頼に行かないといけないのだけど、明後日のお昼から、ショッピングでも行きましょうか。チハルちゃんのお仕事が空いてればね」

「いいの? やったー」

「やったー」


 チハルの真似をしてルチアもバンザイをするのだった。

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