第4話 苦戦する探索者たち

 こんなはずじゃなかった。こうしておけばよかった。

 迷宮に挑むことは初めてだとはいえ、彼らはひよっこではない。他の街を拠点にして5年以上に渡って経験を積んできたのだ。

 更に彼らは探索者を初めてからずっと同じメンバーでパーティを組んでいる。パーティの強さという面でみれば、なかなかのものだ。

 特にお互いの信頼感や連携は目を見張るものがある。

 きっかけは4階を探索していた時のことだった。ザ・ワンの特殊性については彼らもきっちり調べてきていたので、いつも以上に慎重に歩を進めていたところ……事件は起こる。

 ザ・ワンは「この世界とは異なる別世界に繋がっている」などまことしやかに囁かれていた。

 というのは、ザ・ワンの中は罠やモンスターが「生まれる」。罠を外そうが、モンスターを倒そうが、新たな罠がいつのまにか設置されているし、モンスターに至っては光と共に出現する始末。

 といっても罠もモンスターの出現には法則がある。階層ごとに罠とモンスターの数が「決まっている」のだ。

 何故なのか、に関しては誰も答えを出せていない。しかし、知られている限り、ザ・ワン以外にこのような迷宮や塔なぞ存在しなかった。

 故に「別世界」と言うわけである。

 彼らパーティにとって「罠」というものは初体験であった。だからこそ、慎重に固まって歩いていたのだが……それが、裏目に出てしまう。

 カチリと乾いた音がしたかと思うと、床がパカリと開き四人全員まとめて下層に落下した。

 その時に法衣の青年と赤毛の少女が足をくじいてしまう。他の二名も多少の傷を負ってしまった。

 怪我をしても法衣の青年がいる。すぐに彼の聖魔法で全員の傷は癒えた。

 4階を探索したら地上に戻ろうと思っていた彼らだったが、不意に5階へ落ちたため予定が狂う。

 怪我を回復させた聖魔法で法衣の青年の魔力がほぼ尽きてしまった。もう一人、彼らのパーティには魔法を使うローブの青年がいるのだが、彼もまた魔力が半分ほどまで減っている状況である。

 もっとも、ローブの青年は魔法を使えるものの聖魔法が使えないため、傷を癒すことはできなかったが……。

 

 初心者であれば、ここでまともに行動できぬほど取り乱していたかもしれない。しかし、彼らはそうではなかった。

 探索とはトラブルがつきものだと重々承知していたし、念のために食糧も多少は持ち込んでいる。

 こんな時こそ、一旦落ち着かねばならない。体力を十分に回復させ地上を目指そう。

 彼らが落ちた回廊にほど近い場所で小部屋を発見し、しっかりと扉を閉めた彼らはそこで休息に入る。

 しかし、彼らは疲労から思考力が落ちていたのか、「外での経験」が枷となったのか、扉を閉めたことで安心しきっていた。

 壁にもたれかかって携帯食糧をかじり、ゴクゴクと水を飲む。

 そこに、光と共にモンスターが出現した。慌てて立ち上がって、モンスターと戦うものの残った魔力の大半を使い、浅くない怪我まで負ってしまった。


「あの愛らしい少女に感謝ですね。魔法のリンゴが無ければ全滅していたかもしれません」

「だな。一度目の襲撃の後、(怪我を)回復できなかったらやばかった」


 法衣の青年の言葉に青色の軽鎧を着た青年が応じる。

 その時、弛緩した彼らの空気が一変した。

 

「来たわね」


 赤毛の少女が刀身が反った剣を構え、突如差し込んだ光を睨みつける。

 彼女の隣に軽鎧の青年が並び、同じく両手剣を上段に構えた。

 残る二人は後ろから彼らの様子を見守っている。

 

 光が強くなりパッと目を焼くほどの光量になったかと思うと光が消え、忽然とずんぐりした緑色の肌をした巨人が出現した。

 腰布を巻き、手には棍棒を持つこの巨人は、身長3メートルほどで目が一つで頭髪がない。

 緑の巨人が彼らを認識する前に、少女の剣と青年の両手剣が巨人を斬り伏せた。どおんと緑色の血を流し、巨人は倒れ伏し光となって消えた。

 少女が残った小さな青い宝石を拾い、懐へしまう。


「何度見ても信じられないわ。光と共にモンスターが出てきて、消えたら魔石が残るなんてね」

「聞いていたのと実際に見るのとじゃ違うってこったな。俺もだよ」


 少女の言葉に対し、軽鎧の青年が毒づく。

 冗談を交わしつつも、彼らはこれからどうすべきか悩み、動けないでいた。

 

「アーチボルト。どうする? このままじゃジリ貧だ」


 ずっと口を閉ざしていたローブの青年が座ったまま軽鎧の青年――アーチボルトへ顔を向ける。

 声をかけられた彼は渋い顔で少女と顔を見合わせた。


「グレイ、ゴードン。魔力の具合は?」

「お前さんたちが頑張ってくれたおかげで半分くらいにはなった」

「私は三分の一といったところです」


 アーチボルトの問いにローブの青年――グレイと法衣の青年――ゴードンがそれぞれ答えを返す。

 

「ここにいても、寝ることもできないし、水も食べ物もいずれ無くなっちゃうわ」

「といっても、扉の外にモンスターが溜まってやがる」


 少女の発言に合いの手を打つようにしてアーチボルトが言葉を重ねる。

 彼らは選択を迫られていた。

 部屋の中で助けが来る望みをかけて戦い続けるか、一か八か外へ出てモンスターの群れをくぐり抜け上層階へ向かうか。

 前者はしばらくの時間を稼げるもののゆるやかな死が待っている。後者は迫りくるモンスターに倒される。

 5階層のモンスターは一対一なら、彼らと互角くらいには強い。

 扉の外は気配からの推測にはなるが、少なくとも8匹以上のモンスターが彼らを今か今かと待ち構えていることが分かっていた。

 

 倒すのではなく逃げる。

 果たしてうまくいくのか、迷ったまま時だけが過ぎてしまった。

 いや、魔力を回復させたのだと思えば、無駄な時間ではなかったはず。

 アーチボルトはそう考え、気持ちを前へと持って行く。

 

「行こう。待っているのは性に合わねえ。だよな。みんな」

「そうね」

「そうですね」

「だな」


 アーチボルトが軽い調子で言うと、皆が口を揃える。

 皆に目くばせし、扉の取っ手を下に押し一息に外へ躍り出たアーチボルト。

 少女が彼に続き、残りの二人が先に出た彼らの様子を窺う。

 何かあればすぐに魔法を放つことができるように準備しながら。

 

「っち。多いな」


 今更引けない。戻ろうと思えば戻れるかもしれない。だが、先頭の二首の犬型のモンスター二匹が彼と少女に迫って来ていた。

 モンスターの数は10を越えている。


「突っ込もう!」

 

 少女が刀身が反った剣を振るい、二首の犬のモンスターを牽制し叫ぶ。

 絶体絶命。

 その時、場違いな落ち着いた音色が辺りに響き渡る。

 すぐにでもモンスターの牙が首元に届いてもおかしくない状況だというのに、アーチボルトはその音色に聞き入ってしまった。


「なんて、澄んだ音なんだ……」

「ダメ。私、戦えない……」


 アーチボルトが膝をつき、少女はその場でペタンとお尻を床につけた。

 絶望的な状況だというのに、彼らの心は安らぎを覚えている。暖かな布団の中でまどろんでいるような、心地よい柔らかな草原の中のような、戦闘とは程遠い感覚に彼らの戦う気持ちは完全に消し飛んでしまった。

 一方で、あれほど好戦的だったモンスターたちもアーチボルトらと同じように一様に座り込み目を閉じ音色に聞き入っているではないか。

 

「ターゲット発見。ピースメイキングを継続」


 この場にいる人間もモンスターも皆が座り込む中、大きな黒豹がのっしのっしとアーチボルトの元へ歩いてくる。

 黒豹の背にはフードを目深に被った小柄な子供……声からして幼い女の子が、リュートを奏でていた。小さな肩にカラスを乗せて。

 あまりに現実離れした光景にアーチボルトらはぽかんと口を開けたまま、何一つ言葉が出てこないでいる。

 

「ミッション、ターゲットを安全圏へ。実行します。ワタシについて来てください」

「あ、あんた。どこかで」

「ワタシへの質問はミッションに入っておりません。ワタシについて来てください」

「お、おう……」

 

 「ついて来てください」と繰り返す少女に対し、アーチボルトたちは狐につままれたような顔で踵を返した黒豹について行った。

 礼を述べる彼らに対し、彼女は何ら言葉を返さず代わりにカラスが「くああ」と囀るだけ。

 無事に外に導かれたところで、少女を乗せた黒豹は闇の中に消えて行った。

 

「何だったんだろう……」

「助かったからいいじゃない。迷宮の聖女様か女神様? なのかしら」


 茫然と闇の中を見つめるアーチボルトに仲間の赤毛の少女が大袈裟に肩を竦め片目を閉じる。


※あけましておめでとうございます。

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