1/3 サードプレイスと人間の行動域の狭さ

国連の無力を感じてしまうのは共同体が大き過ぎて認識のキャパを越えたのかも。家庭、会社、サードプレイス(パブリックハウスとパブのことを言うように、居酒屋とかの人々の気休め場)、この三ヶ所が基本的に人の行動域になる。

 その外側に国があって、ここに属するのは民族的特徴が同じで、何より同言語だから意思疎通しあえる人たちがその身の回りより外にいるから分かる。ただ、国益なんて、考えるキャパはもうすでになさそう。(サードプレイスがNPOとかになったら担いうるけど)

 その外側の世界は、日本人だからまだ本格的に忌避を覚えていないけれど、意思疎通に障害がある外国人。基本的に、見えないから存在してるとも考えにくい。

 アフリカのかわいそうな子どもたちの話はステレオタイプではあるけど、あれがある種日常でできる認識ではは限界。


補:世界が人間にとってあまりにも大きくなってしまった。

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