第十四話 最強の陰陽師、わがままを言う


「なあ。ぼくにもいい加減、何かやらせてくれ」


 ギルドの掲示板の前でそう言うと、全員が、えっ? みたいな顔でぼくを見た。


 朱金草を納品し、達成報酬を受け取ったぼくたちは、またすぐに次の依頼を受けることにしたのだが……いざ依頼を選ぶ段階になって、ちょっと思うところがあってついつい口を挟んでしまった。


 アミュが戸惑ったように言う。


「あんた……急にどうしたのよ」

「どうしたもこうしたもない」


 ぼくは答える。


「けっこう依頼をこなしたけど……ぼくだけまだ何もしてなくないか? やったことと言えばモンスターの死骸運びだけだぞ。君ら、誰も怪我しないし」

「いいじゃない、別に。今まで通りでしょ」

「いいや違う。ダンジョン探索はまだ気をつけることが多かった。視界を確保するとか、モンスターが潜んでいないか確かめるとか……。でも依頼は、目標にまっすぐ行って、達成したらそれで終わりじゃないか。ぼく、本当にただ歩いてるだけだぞ」

「えー、うーん……」


 アミュが面倒くさそうな顔をするが、ぼくはぐちぐちと続ける。


「酒場で君らは盛り上がっても、こっちは何もしてないからほとんど喋ることもないし……」

「そうですそうです! セイカさまはこう見えて、意外とさみしがり屋なんですからねっ!」


 髪の中でユキが小声で煽ってくるが、それを無視してぼくはなおも続ける。


「次の依頼はぼくに任せてくれ」

「じゃあ、セイカが選んだらいい」


 メイベルが言うと、周りの面々も同調する。


「そ……そうね。いつも受注してくれるのはあなたなのだし、たまにはいいんじゃないかしら……」

「助力してもらえる以上、我々に文句などあるはずもない」

「そ、そうだね! どれがいい? セイカくん」


 なんだか過剰に気を使われている感じがしたが……あまり気にしないことにした。

 ぼくは言う。


「実は、前から目を付けていた依頼があったんだ」


 不敵に笑い、ぼくは掲示板の隅に留めてあった羊皮紙へと手を伸ばす。


「次はこれにしよう」



****



 そうしてやって来たのが、この地下ダンジョンだった。


 廃村の井戸から入らなければならないちょっと変わったこのダンジョンは、どうやら大昔にあった地下水脈の跡のようで、広大な横穴がずっと続いている。

 大したモンスターは出ないものの、近くにある村の冒険者が小銭を稼ぐ場になっていて、以前までは定期的に人が訪れていたようだ。


 もっとも最近はその限りでないようで、ここまで来る道も荒れ果てていたが。


「……本当に、この依頼でよかったの?」


 隣で歩みを進めるルルムが、おもむろにそう問いかけてきた。

 ぼくは笑って答える。


「心配するな。確かに報酬はそこまで高くないが、時間を無駄にしないようなるべくすぐに済ませるさ。ダンジョンも迷うような構造じゃなくて助かった。明日にはケルツへ戻れるようにするから、少し付き合ってくれ」

「そうではなくて」


 ルルムは、首を横に振って言う。


「依頼の討伐対象……ちょっと、厄介なモンスターよ。私やノズロでも勝てるかわからない。あなたの実力はわかっているけど……」

「そうか、厄介なのか。なら、ますます興味が出てきたな」


 そう、冗談めかして答える。


 今回の依頼の内容は、いつの間にかこのダンジョンに棲み着いていたという、とある強大なモンスターの討伐だ。

 なんでも他のモンスターを食い荒らすうえ、危険で誰も討伐できないため、ここで小銭を稼いでいた冒険者たちが困っているのだとか。

 小さなダンジョンとはいえ、貴重な資源の源であることには変わりない。もしも核を破壊されでもしたら、決して安くない損失になるだろう。


 とはいえ、ぼくがこの依頼を選んだのは、人助けのためなどではなく、純粋にそのモンスターに興味があったからだった。


 と、その時――――ヒトガタの放つ光が、何か銀色の表面に反射した。


 ぼくは足を止め、周りのヒトガタを前方へと飛ばす。


 灯りの中に浮かび上がったのは……巨大な、銀色の球体だった。


 高さは一丈半(※約四・五メートル)ほどもあろうか。

 球体には、四肢も顔もない。接地面は扁平に歪んでおり、まるで葉についた水滴のような形だったが、その天辺には鋭い突起が王冠のように円く並んでいる。

 そして銀色の表面は、微かに揺らいでいた。

 生きている。


「っ!」

「あ、あれが……」

「マーキュリースライムキングか。はは、なかなか迫力のある見た目だな」


 金属の体を持つと言われる、スライム系モンスターの上位種。

 文献で見て以来、興味があったモンスターの一つだった。


 ぼくは、固まっているパーティーメンバーを振り返って言う。


「じゃあ、ちょっとそこで待っていてくれ」


 巨大な金属のスライムへと歩み寄っていく。

 近くで見ると、よくこんな存在があったものだと思う。まるで生きた水銀だ。

 冒険者の間でも、マーキュリースライム系のモンスターはよく水銀にたとえられるらしい。

 ただ……こいつの性質は、おそらく水銀よりも鉄に近いはずだ。


 その時、マーキュリースライムキングの体が蠢いた。

 水滴のような体が、ずりずりと這いずる。

 その下でコロンと転がったのは、何やら黒ずんだ兜。その形状や色合いを見るに、リビングメイル系モンスターの上位種、カースドメイルの頭部であるようだった。

 ただし、胴より下は存在しない。武器である剣や盾も含め、すべて食べられてしまったようだ。


 ぼくは一人うなずいて呟く。


「なるほど。やっぱり鉄を取り込むんだな」


 その時。巨大なスライムの体から、触手のような偽足がにゅっと伸びた。

 それは瞬く間に太くなり、ぼくの頭上へと振り上げられる。


 その様子を見て、ぼくはまた一人うなずく。


「へぇ、そういう風に攻撃するのか」


 呟いている間に、もう印は組み終えている。

 やるべきことはもう済んだ。ぼくは考え事を続ける。


 このモンスターの体は、おそらく水銀ではない。

 鉄や小鬼銅ニッケルのような金属粒子を含んだ、磁力に反応する液体だろう。


 ミツバチは、腹部に磁気に反応する鉱物を持つ。他にも渡り鳥や鯨など、磁気を感じ取る器官を持つ生き物は数多くいる。

 このスライムの体も、そういった類のものではないだろうか。


 根拠もある。

 頭頂にある王冠のような突起。あれは磁場の形に沿ってできるものだ。磁石に砂鉄を吸い付けた時にも、あれとよく似た形のものが現れる。

 いや、これはもう間違いない。


 まるで蝿を潰そうとするように、太い偽足がぼくへと振り下ろされる。だが、まったく問題はない。


《陽の相――――磁流雲の術》


 マーキュリースライムキングの真上に浮遊していたヒトガタが、術の解放と共に強力な磁場を生み出した。

 磁気に反応する体なら、《磁流雲》の磁場には抗えまい。


 金属のスライムは、磁力によって為す術なくヒトガタに吸い寄せられ、球体の全身にあの王冠のような突起を作って動きを止める――――はずだった。


 だが。


「…………あれ?」


 凄まじい磁場のただ中にあってなお……マーキュリースライムキングが、動きを鈍らせる様子はなかった。

 太い偽足が、そのままぼくへと振り下ろされる。


「セイカくんっ!?」


 水塊が落ちたような音と共に、イーファの叫び声がダンジョンの中に響き渡る。


 マーキュリースライムキングは、振り下ろした偽足を再び取り込むようにずりずりと這いずった。ただ……潰したはずの相手がいなくなっていたせいか、どこか不思議そうに見える。


 直前に転移で躱したぼくは、ダンジョンの壁際で頭を掻く。


「おかしいなぁ……」


 磁場に反応しない……ということは、あれはもしかすると、本当に水銀なのかもしれない。

 水銀ならば磁力にも反応しない。磁石に吸い寄せられる金属は、鉄や小鬼銅ニッケルなど、実は一部に限られる。


「ということは……あの金属の体は単に重さを確保するためで、王冠もただの飾り……なのか?」


 どうやら予想はすっかり外れたようだった。


「ちょっと、大丈夫!?」

「加勢が必要なら言え!!」

「あー、平気だよ。ちょっと誤算があっただけだから」


 後方で大声を上げる魔族二人へ叫び返す。


 その時、どうやらぼくを見つけたらしい金属スライムが、再び偽足を伸ばした。

 今度は、まるで鞭のように横薙ぎに振られる。


 水銀の豪腕が迫る中……ぼくは片手で印を組み、そして溜息をつきながら浮遊するヒトガタを向けた。


「それなら、これでいいか」

《金の相――――混凝汞こんぎょうこうの術》


 その体色とよく似た銀の波濤が、マーキュリースライムキングへと襲いかかった。

 まじないで生み出された銀色の液体は、巨大スライムにまとわりついた状態で硬化し始める。《混凝汞こんぎょうこう》は、本来拘束のための術だ。


 しかしこのスライムには、あまり意味を為していないようだった。

 浴びた液体を、そのまま体の中へずぶずぶと取り込んでいく。動きが妨げられている様子はまったくない。


 やがて周囲の液体すべて吸収したマーキュリースライムキングは、突然何本もの偽足を伸ばし、大きく広げた。

 いい加減に業を煮やしたのか、そのすべてをぼくへと強襲させる。


 変化は、その時起きた。


 偽足の一つが、自重に耐えかねたかのように突然ぼとりと落ちた。

 一つ、また一つと、偽足が次々に折れていく。その断面からは、かさぶたのようなものが湧き上がっては剥がれ落ちる。


 その変化は、マーキュリースライムキングの本体にもおよんだ。


 銀色の球体の表面から、同色のかさぶたがどんどん湧き上がり、剥がれていく。

 マーキュリースライムキングは悶え苦しむように全身を波打たせるが、硬化し、ぼろぼろと剥がれ落ちていく自身の体の変化を止めることができない。

 かさぶた化は次第に、球体の奥へ奥へと浸食していき――――そしてついには、巨大な銀色の体すべてが、乾ききった土のようなひび割れた塊と化してしまった。


 どこか神秘的でもあった液体金属の体は、もはや見る影もない。


 ぼくは剥がれ落ちたスライムの体の一部を拾うと、呆気にとられている仲間たちのところへと普通に歩いて戻る。


「討伐完了だ。誤算があったせいで少し手こずったが、約束通り明日にはケルツへ戻れるぞ」

「え、ええと……とりあえず、無事でよかったわ」


 ルルムが、どこか戸惑ったように言う。


「でも……あれは何? マーキュリースライムが、なんであんな……」

「説明が難しいな」


 水銀などの常温で液体となる金属に、銅や銀などの粉末をよく混ぜると、合金を形成し短い時間で硬化する性質がある。

 《混凝汞こんぎょうこう》はこれを利用し、敵を拘束したり、壊れた建造物を直したりする術なのだが……今回は金属粉を多めに混ぜて取り込ませることで、相手の体ごと硬化させることにしたのだ。


 マーキュリースライムキングの体は、やはり水銀かガリアの汞ガリウムあたりからできていたようで、予想通り固まってくれた。

 しかし、説明するとなるとちょっとややこしい。


「後で落ち着いたら言うよ。ひとまずはダンジョンを出よう。余計なモンスターに出くわしても面倒だ」

「セイカくん……大丈夫? 怪我しなかった?」


 心配そうな顔のイーファに、ぼくは笑って答える。


「なんともないよ。ぼくが怪我なんてするわけないだろ」

「うん……」

「ねえそれ、大丈夫なの?」

「だから平気だって。なんだよ、アミュ。君まで心配してくれるのか?」

「違うわよ」


 と、アミュは顔をしかめて言う。


「あんたがあの程度のモンスター相手にどうにかなるなんて思ってないわよ。あたしが心配してるのは、それ」

「ん?」


 アミュが指さしたのは、ぼくが持つマーキュリースライムキングだったものの一部だった。


「これがどうかしたのか? 確かに気味が悪いかもしれないが、これを納品しないと報酬が……」

「依頼の達成要件は、マーキュリースライムキングの一部を持って帰ることでしょ?」


 アミュが微妙な表情で言う。


「その金属の塊をギルドに出したとして……スライムの一部だったなんて信じてもらえるかしら」

「え……? あっ」


 その後。

 なんとか元に戻そうとがんばってみたものの、結局ダメだったので……仕方なく、まじないで作った水銀を小瓶に詰めて代わりに納品することにした。


 報酬は無事もらえたものの、提出した時はバレないかとヒヤヒヤした。

 これからはもうちょっと考えて倒すことにしよう。




――――――――――――――――――

※混凝汞の術

アマルガムによって相手を固める術。水銀などの液体金属に、銀や銅、亜鉛や錫などの金属粉末を混合すると、合金を形成し短い時間で硬化する性質がある。本来は拘束や建物修復のための術だが、今回セイカは金属粉末を過剰に混合することで、敵の体に含まれる液体金属を硬化させた。

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