第六話 最強の陰陽師、暖をとる


 ヒトガタで囲んだ森の一角は、まるで暖炉の前のように暖まっていた。

 ぼくたちのパーティーに件の二人組を加えた六人が、その中に円座で腰を下ろしている。


「ふわぁ、あったかい……」

「眠くなってきた」

「あんたがいると便利ねー」


 女性陣が脱力しきった声で言っている。

 寒くないと言っていたはずのアミュとメイベルも、やっぱり本当は寒かったようで、幸せそうな顔をしていた。


「……不思議な魔法」


 二人組のうち、女が言った。

 外套のフードは被ったままだが、黒髪黒目に驚くほど白い肌、その怜悧な顔立ちがここからでもわかる。見た目は十七、八ほどだが……実際の年齢は推し量れない。

 女は、先ほど作ってやった白湯の杯を両手で持ちながら、ぽつぽつと呟く。


「炎も日の光もないのに暖かい。これは何なの?」

「これも光だ。周りに浮かべている呪符から放っている。炎にも、日の光にも混じっているものだが、目には見えない」

「目に見えないのに、どうしてあなたはそれがあることを知っているの?」

「いい質問だな」


 なかなか答え甲斐がある問いだった。


「大昔、虹の外側にも見えない色があるんじゃないかと考えた人間がいた。そこで虹の赤の外側に雪の塊を置いてみたところ、そうでない場所に置いた時と比べ、わずかに早く溶けることがわかった。この赤の外側にある、熱を運ぶ光が赤外線だ。他にも蛇が持つ第三の眼を通して見るという方法もあるな」

「……空に物は置けないし、人は蛇の眼を持っていないわ」

「そこは工夫次第だ」

「…………」


 ぼくがそう答えると、女は何やら考え込むようにして黙り込んでしまった。


 男の方をちらと見るが、会話に入る気はないのか、顔を伏せたまま沈黙を保っている。

 こちらは大柄で、女よりも四、五歳ばかり年上に見えるが、やはり実年齢は不明だ。


 どういう関係だろう、と考える。

 恋人や夫婦には見えない。おそらくは同じところから来たのだろうが、血縁とも思えない。

 しいて言うならば――――主従、だろうか。


 弓を持つ女は冒険者にしては立ち居振る舞いに品があり、一方で武闘家の男は口数が少なく、無骨な印象を受ける。

 どこか、立場の違いを感じさせるところがあった。


「で、でも……よかったですね。怪我がなくて」


 イーファが愛想笑いと共に恐る恐る言うが、二人組は沈黙を保ったまま。

 微妙に気まずい空気になるも、アミュは構わず話しかける。


「それにしてもあんたたち、フロストレイスなんてどこから引っ張ってきたのよ。この森ってあんなのが出るの?」

「……この森のずっと奥に、ダンジョンになっている洞窟がある」


 女が答えないのを見計らったように、男が口を開いた。

 容貌に見合う、低い声だ。


「比較的、手強いモンスターが棲んでいる。そこで遭遇し、追われた」


 最低限の事実だけを伝えるような話し方だった。

 アミュは足を投げ出し、気を抜いたように言う。


「ふうん、災難だったわね。依頼? それとも、素材やダンジョンドロップ狙い?」

「……後者だ」

「そう。あたしたちは依頼でアルミラージを追ってたところだったんだけど、これが全然見つからないのよね。まんまと面倒な依頼掴まされちゃったわ」

「……」

「で、どうする? あたしたちはもう少し続ける予定だったけど、せっかくだから一緒にケルツへ戻る? あんたたちも消耗してるみたいだし、途中で野盗に出くわさないとも限らないわ。もしそれで荷でも奪われたら……」

「見くびらないでちょうだい」


 その時、女がアミュを遮るように、睨んで言った。


「人間の野盗ごときに、私たちは後れを取らない」

「……あっそ」


 そっけなくそう言うと、アミュは立ち上がる。


「じゃ、ここでお別れね。行きましょ、みんな」

「えっ、アミュちゃん、もう行くの……?」

「ええ」


 アミュは鼻を鳴らして言う。


「冒険者は深入りしないものよ。たった二人で、ろくに下調べもせずダンジョンに潜るような訳ありの、それも礼の言葉も知らないような連中に、これ以上関わる理由はないわ」

「ん……わかった」


 メイベルが、少し迷った後に立ち上がった。続いてイーファも、仕方ないといった風に腰を上げる。


「ほら、セイカも。呪符片付けなさいよ」

「……ああ、そうだな」


 確かに、アミュの言うことにも一理ある。

 こちらから積極的に関わる理由はない。


 そう思って立ち上がろうとした時――――、


「待って」


 女が、そんな言葉を放った。

 やや不本意そうではあるものの、ぽつぽつと話す。


「そんなつもりではなかったの。気分を悪くしたのなら謝るわ……ごめんなさい」


 そしてぼくの方を向き、小さく付け加える。


「それから、助けてくれてありがとう」

「……」


 仏頂面をしたアミュが、無言で腰を下ろした。

 それを見たイーファとメイベルは顔を見合わせると、二人で再び座り直す。


 沈黙の中、ぼくは口を開く。


「アミュはまだ続けるつもりだったようだけど……ぼくはもう、正直アルミラージ狩りにはうんざりしていたところだ。そろそろ街へ戻りたい。もしまだぼくらに用があるなら、早くしてくれないか」

「……あなたに頼みがあるの」


 女はぼくを真っ直ぐ見据え、告げる。


「私たちの仲間を、助けてほしい」

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