第五話 最強の陰陽師、約束する
晩餐が終わり、その日の夜。
久しぶりに屋敷の自室に戻ったぼくは、一息ついた。
室内には埃もない。帰ってくる前に、使用人たちが掃除してくれていたようだ。
「ふい~……それにしても、この国の
ユキがぼくの髪から顔を出し、なんだか疲れたように言う。
フィオナはあの後もちょくちょく不思議さを発揮しては、食卓をなんとも言えない空気にしていた。
ユキが少々不機嫌そうにぼやく。
「ユキは、あのような女は嫌いです」
「お前はそうだろうなぁ」
「セイカさまは、あんな
「誰も拾わない方が気まずいだろ」
「それはそうでございますが……なんだか慣れている感じがあったと言いますか……」
「ん……そうだな」
言うかどうか一瞬迷い、結局言う。
「昔の妻が、ああいう感じだったから」
「えっ……えええええ!? 奥さま、あんな風だったのでございますか!?」
「見た目じゃないぞ。性格がな」
「そ、それはわかっておりますが……なんといいますか……セイカさまも苦労されたのでございますね……」
同情するような口調のユキに、ぼくは苦笑する。
「それがな、意外と間が合ったんだよ」
あの頃は、あれのおかげでいくらか救われたところもあった。
「それに、ぼくも若い頃は人のことを言えたような性格してなかったからな……むしろ、謝りたいくらいさ」
「……なるほど。セイカさま……その辺りのこと、もう少し詳しく……!」
「さて。明日に備えてそろそろ寝るかな」
「もーッ!!」
その時。
部屋のドアが突然、がちゃりと開いた。
「セイカ?」
ぼくは思わず跳び上がりかける。
ドアが完全に開いたのは、同じく驚いたユキがぼくの髪にあわてて潜り込んだ直後だった。
ぼくはドアを開けた少女に言う。
「ア、アミュ……せめてノックくらいしてくれ……」
「驚きすぎでしょ。なにしてたのよ」
少々呆れたように言って、アミュが部屋に入ってきた。
そしてそのまま、ぼくのベッドに倒れ込む。
「はーあ」
と言って、枕に顔を埋めた。着ている私室用の貫頭衣の裾が、ばさっとめくれ上がって落ちる。
いつもは制服姿しか見ていないから、なんだか新鮮だ。
しかしながら、ぼくは苦言を呈する。
「君なぁ……夜更けに男の部屋に一人で来たりして……」
「なによ。もっと慎みを持てー、とか言うわけ?」
アミュが、枕の隙間から横目で睨んでくる。
「いいじゃない、別に。今さらでしょ? あんたには一度、裸も見られてるし」
「んなっ、あ、あれはやむをえず……というか、あの時のことをこれまであえて触れないようにしてきたぼくの気遣いを無にするなよ」
「あははっ。なんてね」
アミュが快活に笑い、横向きに寝返りを打ってこちらに顔を向けた。
「それで、急になんなんだよ」
「別に? なんだか気疲れしたなー、と思って、遊びに来ただけ」
「……悪かったな。皇女のこと、黙って連れてきて」
「気にしなくていいわよ。いるって聞いてても、たぶん来てたと思うから」
それから、アミュがしみじみと言う。
「お貴族様も、いろいろと大変そうね」
「やっとわかってくれたか」
「あんたはそういうのとは無縁だったでしょ」
「まあそうだけどさ……」
「来てよかったわ。学園に貴族の子は多いけど、話を聞くだけじゃ、やっぱりピンと来ないことも多かったし」
「知らないまま卒業しなくてよかったな」
「なによその、偉そうなの」
アミュが投げてきた枕を、ぼくはあわてて掴んだ。
こら、灯りに当たったら危ないでしょ。
「……ねえ」
そこで、アミュが少し声の調子を落とした。
「初等部を卒業したら、どうするか決めてる?」
「え……」
「官吏はたしか嫌なのよね。あんたは勉強が好きみたいだし、やっぱり高等部に進学するの? それともここの領地に戻って、経営を手伝ったりする? アスティリアでの功績があるから、名の通った博物学者に弟子入りして、違うところで学生続けることもできそうだけど」
「……アミュは、どうするんだ?」
「あたし? あたしは……やっぱり家に帰って、冒険者を続けるわ」
アミュは笑って言う。
「同級生の友達は、官吏になるとか、学者になるとか、お貴族様と結婚していい暮らしをしたいとか言ってるけど……あたしは、自分が将来そんな風になっているところなんて、全然想像つかないのよね」
「……」
「パパとママにはもったいないって言われそうだけど、でもいいの。そういうのが自分に向いてなさそうってわかっただけでも、学園に来た価値はあったと思うわ! 魔法も上手くなったしね。今は自信を持って、あたしは冒険者になるんだ、って言えるから」
「……そうか」
と、ぼくは小さく呟いた。
この子も成長している。二年前、入学試験で会った時の殺伐とした様子からは、こんなに迷いなく自分の将来を語る姿など想像できなかった。
なんとなく、前世で弟子と過ごした日々のことを思い出す。
「それで……あんたはどうするのよ」
おそるおそる訊くアミュに、ぼくはふっと笑って言う。
「君がいきなり服を脱ぎだしたあの地下ダンジョンで……」
「なによ、それもういいでしょ」
「約束しただろ。また一緒に冒険に行こうって」
「……!」
「ぼくも冒険者になるつもりだよ」
「べっ、別に……」
ベッドの上のアミュが、目を逸らしながら言う。
「あんな約束、あたしも本気にしてないわよ……あんたにはあんたの人生があるんだし……」
「ぼくは本気だったけどな」
「……」
「それに……学者や領地経営をしている自分が想像できないのは、ぼくも一緒だ。ぼくにはやっぱり、荒事の方が性に合っている。これは本当だよ」
「あんた全然、そんな風には見えないわよ」
「どうしてだろうね。自分でも不思議なんだ」
「ふ、ふーん……」
「でも、君がお貴族様のことをよくわかっていなかったのと同じように、ぼくも冒険者のことはよく知らないんだ。だから……卒業したら、いろいろと教えてくれないか?」
「しょ……しょうがないわね!」
にまにまとした笑みを浮かべたアミュが、突然ベッドの上で立ち上がった。
「じゃ、もう一回約束」
腰に手を当てて、堂々とした調子で言う。
「また一緒に、冒険に行きましょう」
ぼくも笑って答える。
「ああ、約束だ」
「ふふっ」
上機嫌にベッドから飛び降りたアミュが、脱いでいた靴をはき直してドアノブに手をかける。
「じゃあね、セイカ。おやすみ」
「寝るのか?」
「ううん。メイベルかイーファのところに行くわ」
「あ、そう」
元気だな。
部屋を出たアミュの気配が廊下を遠ざかっていった頃、頭の上からユキが顔を出す。
「セイカさま。セイカさまは……まだ、覚えていらっしゃいますか」
ユキが静かに言う。
「セイカさまがあの娘のそばにいるのは……あの娘が、勇者だからだということを。セイカさまのお力を隠す、傘とするためだということを」
「ああ」
ぼくは、先ほどと変わらぬ調子で、ユキに答える。
「忘れるわけがないだろう」
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